統合失調症 ブログ。 【4】姉の自殺

統合失調症は治る病気です。

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Contents• 統合失調症は妄想を見る?家族は大変? 統合失調症とは、脳の働きがまとまらなくなる病気です。 この病気は表面には見えにくいため病気と気づかれにくく、脳の働きが正常ではないために1人で悩む方が多いようで。 大まかな分類をまとめてみました。 症状は慢性化することが多く、人柄が変わってしまうなど予後はあまりよくないとされてる。 極度の緊張や奇妙な行動が特徴 青年期に急に発病。 大声で叫んだり、奇妙な姿勢をとるなどの緊張病症候群や行動の異常などがみられる。 人柄が変わってしまうことは少なく、破瓜型よりは予後はよいとされる。 幻覚や妄想が中心 破瓜型や緊張型よりも発病年齢が遅く、多くは30歳前後に発病。 「テレビで自分のことが話題になっている」「ずっと監視されている」など、 実際にはないことを強く確信する。 聞こえるはずのない声や必要ない思い込みに襲われ、頭を抱えてしまう方も多いようです。 特に責任感が重くのしかかる中年代の場合、過労から発症することが多いようですが、病気の自覚に至ることも難しいとのこと。 統合失調症が疑われる場合、受診することも大切ですが 家族や身近な人のサポートも大切です。 ・ 批判的な感情表出 「何もしないでごろごろしている」「いい年をして仕事もしない」などと、患者さんに対して 不満や文句をいう。 ・ 敵意のある感情表出 「いっそ、この子がいなければいい」「一発殴ってやりたい」「この人のせいで私の人生はだいなしになった」などの 敵対的な感情をぶつける。 情緒的に巻き込まれている感情表出 「この子は病人だから私がいてあげないといけない」「この人の気持ちは私にしかわからない」など 過保護や過干渉になってしまう。 すこしのことで泣き崩れたり、冷静さを失うようなことも含まれます。 このように、精神的に悩んでいる患者に対して感情をぶつけるのは良くありません。 患者について一番に思い無理がないようにサポートをするのは、色んな事に気を使ってしまい普通の家庭としてはとても大変なことかもしれませんね。 統合失調症だと言われている芸能人 肉体的にも精神的にも苦労が多いと思われる芸能界ですが、実は多くの方が心の病を患っているようです。 その人物について、簡単に紹介していきたいと思います。 稲葉浩志 『B'z』の稲葉浩志さんは、作詞する歌詞の表現から統合失調症ではと噂されています。 しかし、2019年1月現在、実際に統合失調症とのコメントはないため、あくまで予想の範疇を超えることはありません。 堂本剛 堂本剛さんは、パニック障害を発症したと公言されています。 精神的な病気に関しては、似ている要素があり見分けがつきにくいのですが、 堂本剛さんの場合は統合失調症ではないとのこと。 皇太子妃・雅子さま 皇太子妃・雅子さまは適応障害を患っているようですが、症状が長く続いていることから統合失調症の疑いがあるようです。 厳しい家のしきたりや、一族を継ぐための男児を授かることができなかった罪悪感からのストレスで、精神的に病んでしまったと言われています。 岡村隆史 『ナインティナイン』の岡村隆史さんは、うつ病と統合失調症を発症していると公言されています。 2010年に体調不良を理由に休業していましたが、実は 真面目過ぎる性格故に不安感に襲われ、発病に至ったようです。 長嶋一茂 元プロ野球選手の長嶋一茂さんは、父の影響で期待されすぎたストレスから、パニック障害と統合失調症を発病。 選手としても監督としても注目された長嶋茂雄さんの息子という理由で、期待とプレッシャーに挟まれて発病に至りました。 中川剛 中川家・中川剛さんは、何度も休業と復帰を繰り返したことから、統合失調症の疑いがあると言われています。 休業と復帰を繰り返したのはパニック障害があっての出来事ですが、同じ精神的な病気として統合失調症ではないかと言われていました。 yui 歌手のyuiさんは、パニック障害を起こしたことを公言されていますが、症状から統合失調症ではと噂されています。 パニック障害以外の話は本人からされていないため、こちらも噂でしかありません。 鬼束ちひろ 歌手の鬼束ちひろさんは、パニック障害と診断を受けたようですが、統合失調症の可能性もあったとのこと。 過去に問題行動が目立った鬼束ちひろさんですが、パニック障害を患ってたための行いと言われています。 また、 発言からは統合失調症が疑わしいと言われています。 中島知子 洗脳騒動で芸能界を引退した元『オセロ』の中島知子さんですが、統合失調症ではないかと言われています。 中島知子さんが自分で物事の判断ができない様子から統合失調症と考える人が多いようです。 今井メロ 元オリンピック選手の今井メロさんは、史上最年少でプロに昇格したものの、オリンピック惨敗を機に落ち込んでしまい統合失調症を発病しました。 オリンピック後にホストに入れ込んだり、リストカットをしたことを告白しています。 また 結婚・離婚・流産など、波乱万丈な日々を過ごしてきたようです。 玉置浩二 『安全地帯』の玉置浩二さんは、ハードスケジュールにより統合失調症になったと言われています。 他にも 対人関係でのストレスで、いつも悪口を言われているような幻聴に襲われたとのこと。 ASKA CHAGE and ASKAのASKAさんは、統合失調症になり覚せい剤を使用してしまったと言われています。 また、 覚せい剤を使用したことで統合失調症になったとの噂もありました。 ハウス加賀谷 お笑い芸人『松本ハウス』のハウス加賀谷さんは、精神病に悩まされていて1999年には統合失調症の診断を受けます。 学生の頃に幻聴・自己臭恐怖症・幻覚が併発したようです。 現在は薬を服用しながら芸能活動を続けています。 マイケル・ジャクソン 歌手のマイケルジャクソンさんは、統合失調症で不眠症や幻聴に悩まされ死に至ったと言われています。 大物故に様々な虚偽報道をされ、 心身共に疲れ果ててしまったマイケルジャクソンさんは睡眠薬を大量摂取したとのこと。 公表している人はいる? ハウス加賀谷さんをはじめ、芸能界では様々な方が心の病気について公言されています。 統合失調病とは、様々な精神病に似た特徴を持ち特定されることが難しい病気です。 また、精神病自体、認識されにくいことから無自覚のまま悪化することも多いとのこと。 身近ながらも分かりにくい病気について、 芸能人の方が公言したことによって症状が知られるようになり、精神病を患った方を勇気づける結果となったようです。 芸能人が統合失調症を綴った本やブログは? 今井メロさんは、ブログによって統合失調症を匂わせていたようです。 ブログ更新おそくなってゴメンね。 実は…色々と忙しかったからか倒れてしまって…病院なの(泣) 心臓と脳の異常が原因で倒れたんだけど、病名はブログに書かない。 だって応援してくれている皆さんに心配させてしまうだけな気がしたから… ゴメンね…(泣) 現在ブログは削除されているようですが、後に発売された『泣いて、病んで、でも笑って』にて統合失調症だったと告白されています。 ハウス加賀谷さんは『統合失調症がやってきた』という本を出版し、精神病についての講演をされているようです。 10代の頃から精神病に苦しみ、薬を飲むことで精神を落ち着かせる生活をしてきたため、 病気について多くの方に理解してほしいと考えているようです。 また、相方である松本キックさんも『相方は、統合失調症』という本を出版されています。 まとめ いかがでしたでしょうか。 今回は、競争率が激しく多くの方から注目される芸能人だからこそ発症されやすいと考えられる精神病の『統合失調症』についてまとめてみました。 様々な状況の中で苦しみ精神を病んでしまった方たちの中には、身をもって苦しさを語ってくださる方もいます。 目に見えず自覚しにくいものだからこそ、病気について理解し合い助け合っていきましょう。

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これって変?「統合失調症」の当事者はなぜこだわりが強いのか?

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みなさん、こんばんは。 今日は「の長所」について考えてみようと思います。 みなさん、というと、「え? 精神病に長所あるの?」などと思うかもしれません。 ただ、僕が見る限り、この世界のものはすべて、長所と短所を両方持って動いており、長所だけのものや短所だけのものは、ひとつも見たことがありません。 が特別例外的に短所だけであったり、長所だけであったりする、ということはまず考えられないことでしょう。 は、100人に1人が罹患する症状であり、それほど例外的なものでも、特別なものでもありません。 したがって、必ず長所があるはずです。 今日は、その長所について考えてみましょう。 他人の悪いところはよく見えるものですが、長所というのはなかなかどうして見ることが難しいものです。 自分のよいところはよく見えるのに、他人のいいところが見えなくなってしまうというのも、人間おもしろいものですね。 人間はこうした「自己中心性」を必ず誰でも有しており、自分にまつわるものはすべてよく見え、他人にまつわるものはすべて悪く見える、という傾向があるようにも思われます。 なかなか自分に都合の悪い部分については、見えないものなのです。 ですので、基本的に、主観は絶え間ない批判により、少しでも客観的であり得るように、絶えず更新され続けなければなりません。 それは、精神医学もまた、例外ではないでしょう。 この世界に完璧なものは何一つ存在しません。 まず、では、どうすれば精神病が生じるかについて大きく考えてみましょう。 精神病は次のことにより生じます。 遺伝的に心が傷つきやすい 2. 環境的に心が傷付きやすい 3. その個体が堪えることのできるレベルを超えた心の損傷を受ける この三つの要因がそろう時、人は精神病になると考えられます。 とは精神病のひとつになります。 これだけ見ると、ただ自我が脆弱なだけの短所にも見えます。 しかし、これは本当に、純粋に短所と言えるものでしょうか? よくよく見てみましょう。 これは次のように言い換えることが出来ます。 遺伝的に感受性が豊か 2. 環境的に感受性が豊か 3. 繊細な心を持っている 一つずつ見ていきます。 まず、遺伝的に感受性が豊かなので、その個体は感受性豊かに行動します。 つまり、感受性豊かに行動することで、感受性豊かな環境を自分の周りに大なり小なり構築します。 また、感受性が豊かであるため、刺激に敏感であり、すこしの刺激から多くのことを感じとることが出来ると推理できます。 例えば、何の変哲もないようなものを見ても、通常の人よりも多くのことを感じとることができるので、多くの人には感じとれないことを感じとることができると推理できます。 この多くの人には感じることができないけれど、その人には感じ取ることのできるもののことを、「幻覚」と仮に呼びましょう。 これは認知面にマイナスたらしますが、プラスの作用も持ちます。 マイナスに作用した場合、幻覚をうまく現実に適応させることができなくなり、生活に不適合を起こします。 しかし、その多くの人に感じとることのできない情報を生活に適合的に活かすことができれば、それはプラスの素因に変わることになります。 つまり、同じものを見ても、使い方によって、それが長所であるか短所であるかは変わり得る、ということです。 さて、幻覚が生じるとすると、その後の思考はどうなるか。 思考も独創的なものになるでしょう。 多くの人とは違った独特のものになると推理できます。 この多くの人とは違う思考を、「妄想」と仮に呼びましょう。 妄想はそれ自体、独創的な発想であり、幻覚と同様、多くの人には感じとることのできない思考です。 これも幻覚と同様、マイナスにもプラスにもなり得ます。 生活に適合させることができれば、プラスの発想として活かすことができるし、それができなければ、マイナスとなります。 妄想も幻覚も一長一短です。 では、どのような時に、私たちはプラスの状態になり、どのような時に、マイナスの状態になるかを考えてみようと思います。 まず、わたしたちは、プラスな環境に置かれると、プラスな状態になります。 逆に、マイナスな環境に置かれると、マイナスな状態になります。 ここで、になり得る人とは、繊細で感受性が豊かであることを思い出してみてください。 この場合、になり得る人は、環境の影響を通常よりも強く受けると考えられます。 したがって、プラスの環境に置かれれば、よりプラスになりやすく、マイナスな環境に置かれれば、よりマイナスになりやすい、と考えることができます。 例えば、感受性が強く、一度に多くのことを感じ取り、情報処理することができると推理できるので、プラスな環境下では、非常に優れた処理能力を発揮できるであろうと推理できます。 ここに、プラスの幻覚や、プラスの妄想が加われば、それは多くの人に発想できないことが発想できる脳の状態が構築されているということになります。 従って、適切な環境を与えられれば、天才的な創造物や科学的発明をするのに比較的向いているであろうと推理することができます。 これが、マイナスのふうに出ると、マイナスの環境下において、その豊富な感受性がマイナスに刺激され、極めて強く心の損傷を受け、結果脳が損傷しやすいと考えることができます。 例えば、正常な人でも気が狂うような隔離環境下に閉じ込められたり、やる気のもととなるホルモンであるを極度に抑える薬を飲んだりした場合、これは、比較的マイナスの環境と判断することもできますので、なかなか病前の水準の知能レベルを回復することが難しくなるだろうと推理することもできます。 ここで、「傷」について考察します。 傷は、軽く済めば、すぐに治癒し、痕も残りません。 しかし、もしも、傷口を何度も何度も抉られ、傷が治癒するのにプラスになる環境を奪われ、不潔な状態に放置されたままならば、傷は化膿し、また治ったとしても、痕が残ることになるでしょう。 脳の損傷、脳の傷に、この推理を適用しますと…… ストレスも一過性のものであれば、脳の損傷は軽く済みます。 しかし、何度も何度も、罵詈雑言や傷付くことを言われたり、あるいは人の温かみのない冷たい寒い過酷な環境下におかれたり、寂しい一人ぼっちのままに、長期間隔離されたり、薬漬けにされたりした場合、脳の損傷は致命的に進行すると考えられます。 この場合、傷の「痕」が深く残ります。 この深く傷跡が残った状態、つまり、病理が不可逆的に脳に与える損傷のことを「不可逆的損傷」と呼びましょう。 逆に、まだ傷跡が比較的残らずに治癒し得る段階を「可逆的損傷」と呼びましょう。 の長所を活かすには、不可逆的損傷に陥る前に、つまり、可逆的損傷の内に、回復することが必要となると推理できます。 つまり、の人の能力を活かすためには、不可逆的損傷が起こる前に、マイナスの環境からプラスの環境へと迅速に移すことが必要となると推理できます。 では、具体的に、者にどのようなことが可能であると推理できるか。 まず、の長所とは、幻覚妄想であり、多くの人にはない独創的な発想を得ること、また類まれな感受性でした。 そのために、ストレスが適正量に保たれた状態、認知面や生活面においてプラスの環境下では、独創的に多くの仕事を処理することができると考えられます。 その「仕事」が具体的に何であるかは人によるでしょう。 芸術かもしれませんし、学問かもしれない。 あるいは接客業かもしれないし、すし屋の職人かもしれません。 なぜなら、彼らの能力は「独創性」という特徴を持っていると推理できるため、一概にこれということができないのです。 少なくとも、分野別に得意不得意の差はあるにせよ、高い演算能を所持している可能性が高いと推理することができます。 以上のことより、独創的な仕事を成し遂げるのには、比較的、的な素質を持っている人の方が向いている可能性があると考えることができます。 的な素質を持ち、なおかつ、それを発症させないプラスの環境を持つことができれば、優れた素質を開花させる可能性が高いと推理することができます。 ならば、おそらく、歴史上の偉人や何らかの業績を持った人などにも、的素因や、他の精神病的な素因をもった人がそれなりに多くいるであろうと推理することができます。 以上のことより、「になるのは低能だからだ」というテーゼは否定することができるであろうと考えられます。 むしろ、になるということは、ストレスに対し脆弱な繊細な心を持つ代わりに、高い認知力や対処能力を持っている可能性も高いであろう、と言い得ます。 簡潔に述べれば、 「は低能ではない」ということになります。 他人とは違う感性や思考を持つことは、必ずしも低能であることを意味しません。 むしろ、それがオリジナリティ豊かな個性となり、才能を発揮できる可能性も高いであろうと推理できます。 素因を持つ人たちは、芸術などの活動にも比較的向いているかもしれません。 さて、この高い感受性のことを、「過度激動」と呼びましょう。 過度な激動です。 つまり、感情の激しさを意味します。 感受性が強ければ、高い処理能力を担保するとも考えられますが、逆に損傷しやすく、感情の激しい起伏や不安、などを感じやすいとも推理できます。 そうした、過度激動という激しい感受性の資質が、プラスの環境下において、プラスに花開いた場合を、「積極的分離」と呼びましょう。 逆に、マイナスの環境下において、マイナスに作用してしまった場合を、「否定的分離」と呼びましょう。 積極的分離は、独創的なビジョンを発掘したり、展開したり、社会の矛盾を解きほぐしたりするのに有効な資質であり、過度激動がプラスに作用した結果であると言えます。 一方で、否定的分離は、マイナスの環境下における作用ですので、精神病や自殺などの悲劇的な事態を引き起こす可能性があります。 積極的分離も否定的分離も、どちらも過度激動によるものですが、現れ方は随分と異なっています。 このように同じひとつのものを見ても、見方や使い方によって、千変万化に姿を変えるのが、この世のすべてのものに共通して言えることであると思います。 なかなかどうして、それほどお手軽には、「真実」には、たどり着くことはできないのかもしれません。 だからこそ、僕たちは、自身のパターン認知や常識に安住しすぎることなく、常に、自分の認知を疑い、アップデートしていくことが必要なのかもしれません。 偏見や無知、思考停止は人を傷つけるからです。 社会からうまく分離し、社会よりも高くレベルアップして再度、適合し直すことができれば、積極的分離。 逆に、社会からうまく分離できず、破滅的になってしまった場合が、否定的分離です。 いずれの場合も、現存の社会に安住することなく、社会からひとまず分離するという点では共通しています。 しかし、その分離の仕方が適応的でないと、否定的分離となり、精神病や自殺の原因となると推理できます。 つまり、素因を持つ人たちは、積極的分離を果たすことが出来れば、良い予後と高いパフォーマンスを持つことができると推理できます。 正確にはには限りませんが、こうした素因、つまり精神病的素因を持った、感受性の強い過度激動を持ち、なおかつ、社会からの分離の危機を乗り越え、否定的分離に陥らず、積極的分離を果した人たちのことを、「ギフテッド」と仮に呼びましょう。 このように考えた場合、 の長所とは、「ギフテッドとなり得ること」ではないかと、推理することができます。 ギフテッドは繊細な感受性、過度激動によって、特殊な独創的知覚や思考と高い処理能力を持ちます。 したがって、さまざまな分野において有効に作用し得るであろうと考えることができます。 さて、では、はたして「すべての者がギフテッド」なのでしょうか? これについてはつぎのように推理できます。 まず、今回まだ、者の長所にしか触れていませんので、これでは意見に偏りが出るため、非者、あるいは非いわゆる「健常者」のメリットについても軽く触れます。 非は、感受性が、に比べて、確率的に、低く出る可能性があるであろうと推理できます。 感受性のメリットについて触れた後ですので、感受性が低いというとまるで、能力が低いかのような印象があるかもしれませんが、そうではありません。 感受性が低いということは、認知の独創性においては劣るかもしれませんが、その分傷つきづらく精神的に「タフ」であることを意味します。 これは厳しい会を生きる上では、きわめて有効で優れた資質とも言い得るでしょう。 今回は者の擁護を目的としていますので、詳しくは触れませんが、健常者にもたくさんの長所があることを一応指摘しておきます。 要は、人それぞれに、みんないいところがあるということです。 さて、。 ここで、では、健常者はに100%なり得ないのか? という問題を考えます。 なるほど、何事につけても、100%ということはあり得ません。 僕の理論も多分に不完全なことでしょう。 したがって、タフな人でも、になる可能性はあることになります。 つまり、いくらタフな人でも、過酷な環境下におかれれば、精神病様症状が出てもおかしくはない、ということです。 この場合、特別に感受性が強いわけではなくても、になり得ることになります。 この場合、その人は、感受性が強いわけではないので、ギフテッド的な資質からは外れるであろうと推理できます。 つまり、 「精神病になる因子というものは、ギフテッドになり得る確率をある程度高くはするが、すべての精神病の人がギフテッドだとは限らない」ということです。 ギフテッドの判別は、全体的な多彩な指標に基づくのが好ましいと考えられるため、非常に難しいです。 しかし、少なくとも、言えることは、 「精神病は無能の証ではない」、ということです。 精神病になった人でも優れた人はたくさんいることでしょう。 あるいは、明らかに高い能力を有しているにも関わらず、精神病の診断を受けている人などは、もしかすると、大なり小なり誤診で、その実ギフテッドであるという可能性もあるのかもしれません。 日本では、ギフテッドという概念はさほど普及しているわけではありませんが、この概念は、ある程度、傷付きやすい繊細な人たちの心を保護する役割があると、僕個人は期待しています。 世間では、精神病への悪口や偏見がしばしば散見されますが、それに比して、その長所や機能を積極的に見出していこうという動きは驚くほど小さいです。 自分の悪い面ばかりが暴き立てられては、さすがに精神病の人たちも参ってしまうのではないかと思うのです。 精神病の人たちの持っている特性や素質が、短所もあるにしても、長所になり得る部分もたくさんあるのだということを少しでも示唆できれば幸いです。 どんな人にも悪いところもありますが、必ず善いところもあると、僕は信じています。 ポイントは、「どんな人でも」です。 健常者も非健常者も、「みんな」です。 どんな人も一長一短。 だから、や精神病だけが、「悪いもの」であるとするのは、多少意見として偏りすぎているであろうと思います。 悪いように見える一つの物事でも、見方を変えることができれば、瞬く間に財宝へと変質するということが、世の中にはしばしばあるようです。 多視点化し、さまざまな視点から物事を見ることができる能力というのは非常に価値が高いと思います。 みなさんも、気が向いたら、色んな物事をいくつもの視点から多角的に考察してみる癖をつけると、なかなかにおもしろいかもしれません。 そして、いつものことですが、みなさんもこのブログの意見を 鵜呑みにすることはなく、御自分で多角的に論理や推理に穴がないかを検証してみてくださると、筆者としてはこれ以上の喜びはありません。 一緒に色々な物事の善い面を発見していくことができたらいいな、と思います。 まとめます。 者には才能を持った人もいる 2. は無能の証ではない 3. どんな人でも才能を活かすだけの適切な環境が必要 参考文献 KAZIMIERZ DABROWSKI,"PERSONALITY SHAPING Through Positive Disintegration" purupurutan.

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わたしの場合、母が50歳過ぎてから統合失調症を発症しました。 そのときわたしは高校生で大学受験勉強中で、3つ上の姉は大学生で下宿生活でした。 父は母と離婚していて、母とは交流がなくなっていました。 はじめは被害妄想から始まったと記憶しています。 母は、体調が悪くなり更年期障害と診断されて2ヶ月ほど寝込んでいた時期に、ある日突然、 「いろんな人間に見張られている」「刑務所に行かなくてはならない」「夜中に屋根めがけてエアガンを撃ってくる人間がいる」…などと言い始めました。 目が完全に据わっており、妄想の話をするときは別人のようになりました。 四六時中、透明人間が話しかけてくるといったことも言っていました。 随分驚き、ショックを受けましたが、誰にも相談できませんでした。 父や姉に話しても、「普通やで」としか言わない。 確かに、7-8割は普通の会話ができており、半年ほど家事をしない時期もありましたが、体調の方は徐々に回復してやがて妄想の話もしなくなりました。 その後、どうにかこうにか大学に合格したわたしは、逃げるようにして下宿生活に入りました。 ときどき帰ったときに、母が作る手料理の味がおかしくて、やっぱりおかしいな、とは思っていました。 わざと腐らせた食材を利用したり、塩を入れなかったり… 統合失調症の症状のひとつとして、味覚障害があります。 それが現れていたのだと思います。 | |.

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