モンパチ メンバー。 モンパチメンバー脱退!今振り返る懐かしい名曲10選【モンゴル800】|キテネブログ

モンゴル800(モンパチ)サポートメンバーは誰?儀間崇の代役の予想は?│Buzz Library

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儀間:でも、沖縄県民に観てもらいたい、フェスを体験してもらいたいっていう気持ちが、やっぱり一番強かったかもしれないですね。 ー参考にしたフェスなどあるんですか? 儀間:各地にいいフェスがたくさんあるので、全部のいいとこ取りですね(笑)。 沖縄にはキャンプができるイベントがそれまでなかったし、細かいところもじっくり考えました。 トイレの数なんかも自分たちで決めたんですよ。 あとは、楽屋のケータリングや翌日の予定なども含めて、アーティスト側のケアにも力を入れたり。 髙里:来てくれたアーティストが気持ちよく滞在してくれれば、お客さんにもそれが伝わるはずだからそこは重要ですね。 あと、運営は大変ですけど、自分たちも少しでも関わって手作り感を出したいという意識はありました。 —それまで沖縄でこういったフェスはなかったですもんね。 髙里:イベントはたくさんあるんですけど、いわゆるフェスって感じではないんですよね。 これだけのアーティストを呼ぶのは初めてだったんじゃないですかね。 普通にコンサートで沖縄に来ても、この値段で観られないでしょ。 小田(和正)さんなんて、通常のコンサートのチケットの方が高いくらいだし(笑)。 草刈りから始まったモンパチフェス!? —たしかに、1回目のインパクトは強かったですね。 髙里:あのときは1日だけだったんですけど、オールナイトなので不眠不休で頑張りました。 みんなで朝日を拝もう! って感じで。 でも、やっぱり1回目だから要領がつかめなくて大変でしたね。 お客さんにも行き届かないところがあっただろうし。 —このときのラインナップは、当時かなり話題になりましたね。 小田和正さんから、Dragon Ash、マキシマム ザ ホルモン、そして沖縄の古謝美佐子さんや与世山澄子さんまで並んでいましたから。 髙里:もともとは、キヨサクが「みんなで大きな飲み会しようぜ!」っていうイメージで始まったので、友達関係っていうのがポイントですね。 大御所アーティストもインディーズバンドも、沖縄のミュージシャンもみんな同じステージに立つことが重要だったんです。 —準備にはどれくらい時間をかけたんですか? 髙里:構想から入れると、相当時間がかかっています。 だって、草刈りからはじめましたから(笑)。 何もない土地だったから、手作り感たっぷりでしたね。 だから、終わった後は感動でした。 —簡単に出来たフェスではなかったんですね。 儀間:反省点ももちろんいろいろありました。 雨も降ったし、帰りのバスを何時間も待たせたし、道も相当渋滞していたし。 でも、来場者や会場周辺の民家からも大きな苦情が来なかったし、好評だったと聞いて嬉しかったです。 みんな楽しんでくれたのかなと。 いわゆるロックフェスをやっている訳ではない —「What a Wonderful World!! 」は、アーティスト側にも好評のようですね。 儀間:そうですね。 みんな次も出たいっていって、スケジュールを空けてくれているんですよ。 まだ頼んでもないのに(笑)。 髙里:嬉しいですよね。 それだけ楽しかったということだと思いますから。 でも、さすがにこれだけ大掛かりなフェスは毎年だときついので2年に一回というペースにすることにして、僕らが主催する「800だョ全員集合!! 」という野外イベントと、それぞれ隔年で交互にやることにしました。 —そして2011年の2回目は、2日間開催に拡大されましたね。 髙里:さすがに1日に詰め込むのは僕らホスト側も辛かったし、お客さんもちょっとしんどいかなと思って、2日間に増やしたんです。 あと、呼びたいアーティストも増えましたから。 —いわゆる縦ノリのバンドに混じって、小田(和正)さんやスターダスト・レビューなんかが入ってくるのがモンパチらしさですね。 高里:それが僕らの強みかもしれない。 自分たちの音楽自体、ひとつのジャンルに拘るというより、いろんなジャンルを取り込んでいきたいっていう気持ちがあるんです。 あと、「沖縄トラッド」と題して、照喜名朝一さん、登川誠仁さん、大城美佐子さんという民謡の大御所にも出てもらったんですけど、これは地元の若者にも観せたいし、県外の人たちにも観てもらいたかった。 あれは凄かったですね。 他のフェスでは絶対に観ることの出来ない沖縄ならではのキャスティングだったと思います。 —いわゆるロックフェスじゃないですもんね。 高里:そう、僕らは音楽フェスをやっているんです。 特に、この年は沖縄色が一番強かったですね、トップにオキナワンロックの大先輩である「紫」にも出てもらえたし。 Charさんや奥田民生さんが、舞台袖で熱心に観ていましたからね(笑)。 何が起こるかわからないのが、フェスの良さ —しかし、2013年の3回目には、台風直撃という事件が起こりました。 髙里:あのときは大変でしたね。 結局中止になりましたが、その場で次の年に開催することを決めたんです。 そしたら、アーティストの方々もスケジュールを調整してくれて、ありがたいことに翌年2014年ほぼ同じ出演アーティストでリベンジ開催をすることになるんですが……、なんとその時もまた台風が来たんですよね。 なんとか暴風圏内は抜けたのですが、会場が海側ということもあり、かなりの強風の中、初日は1つのステージのみでタイムテーブルを変更して。 それで2日目もアーティストの皆さんにも協力してもらって、いろいろ調整をして、なんとか全員に出演して頂くことができました。 —今年は第4回目となりますが、10月から11月にしたのは、やっぱり台風対策ですか? 髙里:そうですね。 1ヶ月ずらしてみました。 ただ天気だけはなんともいえないですね。 儀間:今回から場所も変わっているんですよ。 読谷村から豊見城市の美らSUNビーチに。 だから会場の規模観やサイズも変わるし、いろんなものを作り直していかないといけないですね。 髙里:他にもイベントをやっている場所だから、イメージがわきやすいのはありがたいです。 あと、交通の便がいいのがなにより。 ただ、今年はキャンプサイトが作れなかったから、それは次回以降の課題ですね。 —今年は新しいアーティストもたくさん出演しますね。 髙里:そこは毎年心掛けています。 常連組は当然いるんですけど、新しく呼びたいアーティストもまだまだいますから。 スチャダラパーも初めてだし、意外に10-FEETも初出場なんですよ。 あと、RIZEもWANIMAもそうですね。 WANIMAは沖縄自体初ライヴかも! —アーティストのラインナップの基準ってあるんですか? 儀間:基準って事ではないのですが、モンパチ主催のフェスという事もあり、当初はバンド活動を通して出会った素晴らしいアーティストやメンバーとの繋がりのあるバンドをメインで考えてました。 でも回を重ねるごとにいろんなアーティストから逆オファーを頂くようになって……、今は嬉しいと同時に皆さんに出演して頂けない状況が悩ましいですね。 そこはもっと自由にいろんなアーティストに出演して頂けるようなフェスにしたいと思います。 髙里:モンパチ自体、フェスを通してつながったアーティストとのコラボが実現したり……。 当日もいろんなサプライズがあるかもしれませんね! フェスはアーティスト同士の交流の場でもあるので、モンパチフェスでもいろいろ繋がってほしいですね。 モンパチメンバーも出店? 「What a Wonderful World!! 」 —ちょうどMONGOL800としてはニュー・アルバム『Pretty good!! 』も出たばかりですが、かなりストレートでライヴ感が溢れる作品ですね。 髙里:ファースト・アルバムのイメージで作ろうってことで、ハッピーで、ポジティヴな作品にしたくて……。 前作の『People People』が、メッセージ性のあるストイックな作品になったので。 キヨサク的にその反動もあったかもしれないですね。 もちろん、ライヴで楽しめる楽曲揃いです! —アーティストのラインナップ以外のこだわりはどこですか? 髙里:フードやケータリングにはこだわっていますね。 知り合いのお店にいっぱい出てもらって。 あと、僕も出店しますよ(笑)。 去年はそば屋をやったんですが、今年はまた違った食べ物に挑戦しようかなといろいろ考えています。 サッシ(髙里悟)プロデュース楽しみにしててください! 儀間:今年は今まで以上に呼びたいお店を呼べて、充実しているかもしれない。 フード村みたいになると思います。 —会場内のデコレーションも拘っているんですよね? 儀間:去年は大きめのフラッグをたくさん作ったんですよ。 「ハブ注意」っていう看板も自分で作りました(笑)。 今年はそういった手書きの看板をさらに充実させようかなって思っています。 毎回使い回せるものをしっかり作っていこうと思っています。 今年から、デコレーションのチームを作って準備しているんです。 きっと、自分も開催日ぎりぎりまでデコ製作をやってると思います。 会場内のデコレーションでも十分楽しめるようにしたいですね。 髙里:あと、沖縄ファミリーマート、沖縄ポッカとのコラボ商品で「モンぴん茶」を販売しています。 そのパッケージラベルも崇が描いているんですよ。 —本当にメンバー自身が手作りで作り上げているフェスなんですね。 最後に、今年の「What a Wonderful World!! 」について一言お願いします。 儀間:とにかく、フェスの隅から隅までメンバーの気持ちが入りまくっているので、ぜひじっくりと楽しんでもらいたいです。 髙里:あとは、沖縄ならではの空気感でしょうかね。 適度に涼しくていい時期だと思いますよ。 空港や那覇からの交通の便もいいし。 だから、音楽もそうだけど、沖縄自体を満喫してもらいたいですね。 1998年夏、高校在学中に現在のメンバーにより結成。 沖縄出身・在住。 2001年9月リリース2ndアルバム「MESSAGE」はインディーズアルバム史上初となるオリコンチャート1位を獲得。 生まれ育ち現在も生活の拠点である沖縄から発信する自然体の言葉、平和を願うメッセージが多くの人々の共感を呼びが、世代を超え熱い支持を得ている。 以来、アルバムリリース、全国ツアーや離島ツアー、数々の大型フェスへの出演などを勢力的に行うかたわら、世代・ジャンルを超えたアーティストとのコラボや楽曲提供、そして地元沖縄で自主企画の野外フェスを開催。 近年は海外、主にアジア諸国での音楽活動も視野に入れ、バンドシーンの中でも唯一無二のスタンスで、独自の音楽活動を展開している。 2016年9月28日通算8枚目となるオリジナルアルバム「Pretty good!! 」発売。 今年4回目となるMONGOL800主宰野外フェス『What a Wonderful World!!

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モンパチ儀間崇(ギタボ)どうして脱退?理由は体調不良?今後の活動

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スポンサードリンク モンパチキヨサクの再婚や嫁は? 実はこの激太りの理由は、昔から連れ添ってきた奥さん(前妻)との離婚が原因ではないかと言われています。 前妻との間に2人の子どもがいましたが、離婚後、親権はどうやら前妻が持ったようです。 離婚したら食事は自分で気を付けないといけないですからね。 他にもかなりストレスもあったと思います。 食生活が乱れたり、ストレス食いをしたりするとやはりダイレクトに体重が増えてしまいますね。 しかし、そんなキヨサクさんですが、2016年頃から再婚したのでは!?という噂が広がっています。 公式に再婚を発表されたわけではありませんが、キレイな女性が地元沖縄で、キヨサクさんと一緒に歩いていたという、目撃情報が出ています。 再婚相手はどんな人なのでしょうか。 調べてみましたが、詳しいことは分かりませんでした。 もしかしたら、前の奥さんや前の奥さんとの子どもへの影響を考えて、再婚したことや再婚相手のことは公に発表していないのかもしれませんね。 色んな大人の事情があるのだと思います。 でも、再婚してしあわせに過ごしているのであれば、いいですよね。 メンバー脱退で今後の活動はどうなる? 今回、儀間さんが脱退するということで、今後のモンゴル800の活動はどうなるのかが気になります。 儀間さんとは、メンバーでもあり、高校時代からの友人でもあるので、その人の代わりを探すとなると、なかなか見つけるのは大変なのではないでしょうか。 一番いいのは、儀間さんがしばらくして、またモンゴル800として再結成される形がいいのですが、すぐにとはいかないかもしれません。 現段階では、モンゴル800の公式サイトでは、今後どのように活動していくかについてはまだ発表がありません。 当面は2人で活動していくのではないでしょうか。 まだまだ波紋を呼びそうです。 まとめ モンゴル800のキヨサクさんの再婚相手について、調べてみましたが、再婚しているようだという噂レベルでしか分かりませんでした。 今回の儀間さんの脱退を受けて、モンゴル800がこれからどう活動していくのか、正式な発表はまだありません。 ファンにとってはとても気になるところですよね。 モンゴル800の今後の活動が決まらないと、フェスやイベント、ライブで見ることができなくなってしまうので、できるだけ早くに今後の活動を明確にして、発表してもらいたいです。 これからのモンゴル800の活躍に期待します。 最後までお読みいただきありがとうございました。

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儀間崇|妹や結婚の噂。脱退は体調不良や病気ではなく本当の理由は…

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儀間崇が脱退を発表 儀間崇さんがMONGOL800を脱退することが報じられました。 以下、儀間さんのコメント全文です。 いつもMONGOL800を応援してくれてありがとうございます。 この度、MONGOL800を脱退することに致しました。 突然のご報告になってしまい申し訳ございません。 4月からMONGOL800としての活動をお休みしていた事で、ファンの皆様、関係者の皆様を驚かせてしまい、ご心配と多大なるご迷惑をおかけした事を深くお詫び申し上げます。 自分は変わらず元気に過ごしております。 昨年バンド結成20周年を迎え、今後も25年、30年とMONGOL800を続けていくつもりでした。 しかし、いつの頃からかMONGOL800の活動を負担に感じる事が多くなってきました。 理由をひと言で表す事はとても難しいのですが・・・ 時間の経過の中で、人間性や音楽性、感覚や感性のズレが大きくなっていったのだと思います。 正直、10年以上前から「辞めたい」という思いが頭の片隅にあり、脱退したいと相談した事もありました。 そして説得される度に「何かが変わるかも」と信じて活動を続けました。 しかし状況は変わりませんでした。 「これは贅沢な悩みなんだ」「世の中に楽な仕事は無い」「どんなバンドだって悩みを抱えながら続けている」と言い聞かせ、お客さんの為に頑張ろうと決めて続けてきました。 実際ステージに立ち、お客さんの前で演奏している時は、心から楽しんでいました。 それはバンドを始めた高校生の頃から、最後となった武道館ライブまで全く変わらない気持ちのままです。 恵まれた環境で音楽が出来る状況。 それを自ら離れる事が正しいのか、今の自分には正直分かりませんが、これからは1人の人間として今までやってみたかった事を全て経験していくつもりです。 そう考えるととても楽になりました。 学生を終えて、すぐに音楽の道に突入し、ひたすら突っ走って来たモンパチは自分の全てでした。 沢山の奇跡を目の当たりにし、あり得ない経験を沢山させて貰いました。 、サッシには心から感謝しています。 そして、2人に1番申し訳なく思っています。 本当にごめんなさい。 2人はこれからも突っ走って行くと思うので、皆様変わらない応援をよろしくお願いします。 自分は別に音楽が嫌になった訳じゃないし、普通にギターは触り続けるし、音楽を辞めるつもりはありません。 この先、音楽以外の事も含め、何かしらの表現が出来たらいいなと思っています。 その時はモンパチ共々どうかよろしくお願いします。 そして 今まで関わってくれた全ての方々に感謝しています。 本当にありがとうございました。 2019年7月3日 儀間 崇 以前から体調不良でイベントなどを欠席していました。 今回、突然の脱退発表でとても驚きです。 儀間崇の脱退理由は? 儀間崇さんは脱退理由を説明しています。 理由をひと言で表す事はとても難しいのですが・・・ 時間の経過の中で、人間性や音楽性、感覚や感性のズレが大きくなっていったのだと思います。 正直、10年以上前から「辞めたい」という思いが頭の片隅にあり、脱退したいと相談した事もありました。 そして説得される度に「何かが変わるかも」と信じて活動を続けました。 しかし状況は変わりませんでした。 人間性、音楽性のなどのズレが大きくなっていったと説明しています。 そして驚きなのが、10年以上も前から辞めたいと考えていたということです。 長く続けていくといいうことは難しいことなのかもしれません。 儀間崇さんは長い間考えて、悩んで決断されたのだと思います。

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