糖尿病 力士。 大杉満・糖尿病情報センター長に聞く 力士のリスクは(1/2ページ)

相撲の力士はどうして糖尿病にならないのか

糖尿病 力士

北尾光司の短命過ぎる力士人生 三重県津市出身の彼は、父親の影響で元々は柔道を 始めますが、元々体格に恵まれた体形だったことから 小学生から相撲を始め、直ぐに頭角を現します。 地元の相撲大会では、直ぐに活躍して優勝するなど 当時から目立つ巨体で活躍していました。 中学生時には、既に180㎝越えの長身で体格の良かった 北尾光司に勝てる同年代がいなかったので高校生相手に 対戦していた程です。 1979年には高校に進学せずに、 立浪部屋の土俵を 踏みました。 この時、中卒で既に身長は 195㎝あったそうです。 中学時代から角界でも話題になる程の恵まれた巨体を 生かして、北尾光司はすぐに頭角を現します。 1979年の3月場所で初土俵入りしてから 1984年1月で 新十両に、同年9月には新入幕を果たします。 1985年には小結に昇進、2場所連続で10勝してそのまま 同年5月に新関脇に。 その後一度は怪我の為平幕に陥落するも、1985年7月場所は 東前頭筆頭の地位で当時の千代の富士らを下して12勝白星を 上げ、 優勝次点で殊勲・技能の三賞も獲得。 その次の場所11月場所でも関脇で12勝の勝ち星を 重ねて三場所連続35勝の好成績を評価され 1986年1月に大関に 昇進すると言う、まさに角界では異例の出世街道を駆け上がります。 その同年7月には幕内優勝経験が無い力士が横綱になるのは 可笑しいとされながらも当時の一人横綱、千代の富士だけの 状況打破を狙った横審の多数決で見事7月に 横綱に昇進決定 しています。 僅か22歳11ヶ月でまさにスピード出世の横綱街道と 言われ昭和以降の力士では4位のスピード出世だと 言われる程異例の昇進だったそうです。 このように相撲人生は順風満帆な相撲道を歩むも彼には やっぱり精神面での問題が最後まで、この相撲の才能の 足を引っ張る事になったようです。 恵まれた体格と相撲のセンスがあった北尾光司ですが ただ一つワガママな性格がマイナスでした。 横綱にはなったものの、横綱昇進後の彼の成績は怪我 からの休場が相次ぎ体調管理を問題視されつつも同年 9月には付け人の集団脱走など問題が相次いで結局 1987年12月27日意見の対立から破門となります。 その内容も散々な内容で、ちゃんこ鍋の味付けで師匠と ぶつかり、立浪部屋を出ていってしまったりとトラブルが 続いた事で、横綱になったのに相撲を廃業する結果に なってしまいました。 ワガママな一面だけ直せば、更に強い相撲選手に なっていました。 元千代の富士や九重親方も口を合わせて言っていた そうです。 「北尾光司が相撲界にいたら、ここまで自分たちが活躍出来なかったかも」 とコメントしています。 多くの力士の方達から 「もったいない」の 言葉が出ていました。 相撲界からの廃業後の北尾光司は、プロレス・格闘技と 思いつくままの流れに任せて様々な事に手を出すもどれも しっかり生計を立てられる状況にはなりませんでした。 本人的には相撲に対する後悔は残った ままだったかもしれません。 Sponsored Link 北尾光司の糖尿病と透析が壮絶 2019年2月10日に55歳の若さで、 慢性腎不全で 亡くなった北尾光司は、右足首擦り傷が中々治らない 事をキッカケに病院に行く様になりました。 何ヶ月たっても治らず病院に行くと、病名は重度の 糖尿病でした。 なったばかりの糖尿病では無く、手遅れのレベルまで 達した重度のレベルでした。 右足に出来た化膿は腐敗が凄くて左足にも 広がりました。 膝から下の 両足を切断するように医師から 伝えられました。 亡くなる1年前からは、腎臓が悪化して透析を 始めました。 北尾光司を襲った糖尿病の病気は恐ろしいです。 足の指が腐ってきたり、目が見えなくなったりします。 力士は体が大きいので、心臓や他の臓器に負担が かかってしまって、寿命は短いと言われています。 短命な事でも知られる角界ですが北尾光司は 55歳で1番早く亡くなっています。 そして亡くなった事よりも、その晩年が、一時は角界の 華であり頂点でもある横綱まで務めた人物とは思えない 転落ぶりだったことが、北尾亡き後に発覚します。 北尾光司を支えた嫁と娘 彼には、彼の現役時代からのファンだったことが きっかけで交際に到り結婚した精神科医の奥様と その二人の間に誕生した一人娘がいました。 娘と嫁 淑恵さん は、ほぼ寝たきり状態でトイレや 入浴も一人では行えない状態になっていた北尾を 懸命に支え介護しました。 当時既に相当弱っていて娘が高校1年の時には 寝たきり状態でした。 1人でトイレに行けない北尾光司を嫁と娘は 介護し続けました。 195㎝140kgもある北尾光司の介護となると 女性での介護は想像を絶する大変さだったはず です。 嫁は、精神科医の仕事を辞めて24時間体制で介護に 専念したせいか椎間板ヘルニアになっていました。 そんな中でも当時年頃だった娘さんには夢でもあった 芸能界に行く為に専門学校に通う事を決めていましたが 寝たきりの北尾と母親に相談するも、泣く泣く二人は 「行かせる事は出来ない」と娘さんに言います。 経済状態もギリギリの状態だったのでしょう。 娘さんも父がこんな状態で専門学校になんて 行けないと思い、行くのを諦めたそうです。 亡くなる5年前から千葉県内の病院に入院して いましたが、症状は日に日に悪化していきました。 最後は、目も見えなくなっていき、意識も朦朧と して遂には意識がない状態でした。 そのまま2019年2月10日に永眠されました。 僅か55歳の短命でこの世を去った元横綱双羽黒 の晩年は闘病生活との闘いで、この時やっと全ての 苦しみから解放されたのです。 とても苦しんで、闘病中には、既に歩けない身体を 引きづって這って家の外の雨に打たれて死のうとする など、北尾自身も相当苦しみぬいた晩年だったそうです。 「俺は生きていていいのか」 かつて角界でヤリタイ放題の我がままで破天荒だった 元横綱双羽黒がです・・・ そう涙ながらに嫁に言ったそうです。 北尾光司の短命で破天荒な生涯 中学卒業後に立浪部屋に入門し、北尾光司が 22歳11ヶ月のスピード出世で1986年には、横綱に 昇進しました。 優勝経験は、ありませんでした。 1987年には、立浪部屋とトラブルが起きたり、稽古が 嫌いでズル休みしたり、嫌な事があると親方と対立したり 付き人への暴行事件がありました。 これが理由となり、 北尾光司は引退しました。 最初に言い出したのは誰からの影響だったのか、冒険家 だったようです・・・冒険家って言われても当然上手く行く 訳がありません・・・ 引退後は、195cmで横にも体格の良い大きな体を武器に できるプロレスや格闘技の世界にも足を入れました。 1990年2月10日にデビューしたプロレス世界でも、練習を サボったり試合も欠場したりと、現場責任者だった長州力と 揉めた事により、契約解除となりました。 2003年に、立浪部屋と和解出来た事で、引退した相撲の 世界に相談役として復帰することになります。 幾度となくチャンスがありながら、それを手にしては 直ぐに離す、の繰り返し、彼の人生は短命な中でも 波乱に満ちた人生だったと言えるでしょう。 Sponsored Link まとめ 北尾光司、元横綱双羽黒の人生は、波乱万丈と言えばそうですが、わがまま放題な性格と行き当たりばったりな半生を振り返っても、やはり、生い立ちで相当甘やかされて育ったのではないでしょうか。 人生の頂点を恵まれた体形によってさほど努力せずとも手に入れた彼の相撲界からの引退と廃業後の半生はすさまじく転落の人生だったと思います。 そしてそれを最後まで支え続けた奥様と娘さんが本当に素晴らしい。 そうした家族に恵まれただけでも北尾光司さんは幸せな人生だったのかもしれません。 ご冥福をお祈りします。

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お相撲さんと糖尿病

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相撲取りは凄い肥満体です 糖尿病は生活習慣病だって、メタボは体重オーバーだからだって、、。 でも相撲力士は身長も高いけど、体重は凄いじゃないですか。 角界で身長、体重とも最も大きな力士はかつての横綱武蔵丸で225. 5kg、身長191. 0cm、BMI61. 8ですよ。 日本相撲協会の入門条件は、身長が171cm以上、体重が75kg以上で、BMIは 25. 7ですから、我々一般人でこの数字だと完全に肥満ですよね。 医者にいったら、「このままじゃ長生きできませんよ。 とにかく食べる量を減らして、運動して、減量してください!!」っていわれる数字ですよ、入門時から、、、。 そして、なんと、 力士が1日に摂取するカロリーは8,000kcalだそうで、女性の必要カロリー量の4倍を食べているのです。 いくら朝から激しい稽古があり、体力の消費も大きく、そして身体を大きくしなければ強くなれないからといっても、これじゃ絶対メタボでしょう。 どう考えても全員が糖尿病になっててもおかしくないはずなのです。 Sponsored Link 相撲取りも糖尿病になる 相撲取りでは糖尿病になるひとが非常に少ないのですが、 実際に糖尿病になる力士もいるんです。 糖尿病になった力士は、有名なところでは、 鳴戸親方(元横綱隆の里) 2011年11月に59歳の若さで、急性呼吸不全で死去した大相撲・鳴戸親方(元横綱・隆の里)は糖尿病で苦しんだことは有名です。 死亡の直前まで、週刊新潮で、弟子への暴力行為や弟子に体重を増やすために自分が処方されているインスリンを注射したとかの報道で騒がせたのですが、 何度も禁酒、食事の節制ができずに、失敗しながらも、精神力を鍛え、徹底的に自己管理して糖尿病を克服したことは有名です。 大関時代には糖尿病の克服体験を出版しています。 現役時代には、 糖尿病が治まると好成績を挙げて番付も上がるが、 糖尿病が出てくると番付が下がり、、をくり返したので、「エレベーター力士」といわれていたのですね。 なんとか糖尿病を克服しようと医学書を読み漁ったり、自分の糖尿病はなにが原因で、どうして治まったり発症したりを繰り返すのかを徹底的に勉強し、「糖尿病博士」とも呼ばれ、糖尿病の食事療法にも熱心で努力の人だったのだそうです。 千代大龍 現役力士で糖尿病で有名なのは、千代大龍です。 千代大龍は身長180cm、体重175kgだからそんなに肥満体ではないのですが、 急激に眼圧が上昇して直ぐに手術をしなければ失明に至るという急性緑内障で2013年の九州場所を休場したのだが、持病として糖尿病もあることから新生血管緑内障の可能性も有るようだ。 千代大龍はまだ24歳。 という若さで糖尿病が持病、昨年はせっかく小結まで昇進したというのに。 糖尿病を患う前には、 毎食、白米を丼で7杯食べ、カルピスが好物で 「原液:水が7:3」のカルピスを愛飲していたらしい。 他にも焼き肉が大好物で2013年11月場所中、夕食は「半分以上焼き肉」であったといいます。 自称、稽古大嫌い力士だそうです、、、。 相撲取りは内臓脂肪が少ない 日本相撲協会の入門条件は、身長が171cm以上、体重が75kg以上で、BMIは 25. 7ですから、相撲取りはデブだと思うのですが、あの巨漢にして意外と体脂肪率が低いのです。 お腹もお尻もだぶだぶ、まわしのワキから下腹の肉がはみ出ている力士もいたりして、ブヨブヨ、、、。 白鳳も日馬富士も、身長や体重だけで考えると、巨体だし、BMI値では「肥満」に属するのですが、この巨体で脂肪の占める割合が体重のたった20数%ってことは、ほとんど筋肉っていうことでしょうか? じつは、皮下脂肪はタップリでも内臓脂肪が少ないのだそうです。 NHKの調査によれば、 幕内力士の平均体脂肪率は23. 5%で、現代の若者の体脂肪率と比べるとずっと低い値だそうです。 ですから、相撲取りは太っていてもメタボなどの生活習慣病を引き起こす内臓脂肪型の肥満ではないのです。 これは、相撲取りの生活の関係しているのだそうです。 相撲取りの一日は、• 朝7時に起床• 朝食抜きで午前中に11時までびっしり稽古• 12時に朝食兼昼食のちゃんこ鍋で食事• 午後1時から2時まで昼寝• その後は各自の自主トレーニング(筋肉トレーニング)• 午後6時半から8時に夕食• 夜10時に就寝 と、毎日規則正しい生活です。 毎日のカロリー摂取量は8,000カロリーですが、運動量は半端ではありません、、。 Sponsored Link 相撲取りに糖尿病は少ない 昔の相撲取りには糖尿病が多かったのだそうですが、現在の力士に糖尿病は案外少ないのだそうです。 空腹時に十分稽古して、お腹を空かしてからチャンコを食べるこのやり方は、体重は増えるが、糖尿病になる率は一般人より低いんだそうです。 1日の食事回数は2回• 8,000kcalを摂取• 昼寝1時間 の毎日となると、直ちに糖尿病になると思われがちですが、意外と幕内力士になると糖尿病発症するものは少ないそうです。 どの相撲部屋でも入門した新弟子には、身体を大きくするために叱咤激励して食事をさせるのですが、脂肪が貯まるまもなく、稽古で脂肪を燃焼していることが糖尿病を防いでいるのですね。 2%だそうです。 この数字は 日本人40歳以上の糖尿病発症率15. 8%(厚生労働省 2002年調査)より少ないのです。 割合からみれば、幕内力士での糖尿病は数名ということになります。 規則正しい生活と運動 伝統の慣習に従って稽古に励み、規則正しい生活をしている相撲取りは糖尿病にならず、むしろ規制のない生活で過ごしている我々一般人の方が糖尿病になる率が高いのですね。 糖尿病にならないように、食事制限してダイエットをする人が少なくないのですが、これは逆効果だそうです。 食事量を減らすと筋肉量が減り、筋肉が少なくなると、糖の消費量も少なくなり、基礎代謝が減少して食事によって上昇した血糖値が下がらなくなってしまうのだそうです。 相撲取りが糖尿病になりにくいという事実を見る限りにおいては、食べても運動で消費すれば太らないし、メタボなど糖尿病にはならないということです。 しかし、茶碗1杯のごはんのカロリーは約240kcalほどですが、時速8km位で30間ランニングしたときの消費カロリーはおよそ240kcalだそうです。 食べ過ぎを運動でカバーするのは困難です。 糖尿病を防ぐには食べ過ぎの食生活を改めることが第一です。 関連記事 一部広告を含む•

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勝武士(28歳力士)持病や基礎疾患は?死因は糖尿病と『たらい回し』か

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幕内にいる強い力士は稽古を十分におこない運動で体内脂肪を消費しています。 ですから皮下脂肪がたっぷりついていても内臓脂肪は多くありません。 かっての大関小錦でさえ身長183cm、体重274kgと肥ってはいても内臓脂肪は常に20台と言われています。 幕内力士の体脂肪率をみると平均23. 5%といわれるから驚きです。 この数字を現代の若者の体脂肪率と比べるとずっと低いと言えます(NHK調査)。 これらのことから力士の肥満は生活習慣病を引き起こす内臓脂肪型ではないのです。 しかし力士の日常生活は7時起床し、朝食抜きで午前中に11時までびっしり稽古が続きます。 12時に朝食兼昼食のちゃんこ鍋をとり、午後1時から2時まで昼寝します。 その後は各自の自主トレーニング(筋肉トレーニング)に励み午後6時半から8時までに夕食をとります。 夕食は相撲部屋で取っても取らなくてもよくて、外食で好きものを食べてもよし、所帯持ちは家庭で食べてもよいことになりました。 そしてよる10時に就寝となります。 一日の食事摂取量は7000から8000カロリーといわれています。 これを2食でとりますから、一食で一般糖尿病患者さんの二日分をとることになります。 さらには昼1時間の睡眠をとりますからこれで太らないわけはないのです。 いずれの相撲部屋の親方も稽古すること、身体を大きくすることに叱咤激励しています。 しかし脂肪が貯まるまもなく、稽古で脂肪を盛んに燃焼していることが、お相撲さんの健康管理といえます。 筋肉質の力士ともなれば、大関魁皇とか元横綱千代の富士、元大関北天佑などは握力100Kgあり、リンゴを握りつぶしたといわれています。 力士の一日の食事回数二食と、途方もない飲食物の摂取量(かってのある横綱は一晩でビール50本、ウイスキー一本を飲みきった記録)、昼寝1時間の毎日となると、直ちに糖尿病になると思われがちですが、意外と幕内力士になると糖尿病発症するものは少ないそうです。 2%)でした。 この数字は驚くことに日本人40歳以上の糖尿病発症率15. 8%(厚生労働省 2002年調査)より小さいものです。 特に幕内力士に限ってみると糖尿病は数名ということです。 従ってお相撲さんも伝統の慣習に従って稽古に励み実力を伸ばしていく者には、糖尿病になり易いという俗説は関係ないといえます。 むしろ規制のない生活で過ごしている一般の人の方が糖尿病になる率は高いといえます 運動が健康の鍵ならば、運動選手はさぞ健康であろうと想像されやすい。 ところが、そうとも限らない。 運動選手は、一般に、がっちりした体格をしており、体力もある。 しかし、有名選手になるほど、無理を重ねている。 マラソンや駅伝選手は、競技に有利なために、厳しい減量をしている。 減量による栄養素摂取量の問題に加え、トレーニングに伴う酸素摂取量は著しく、赤血球の消耗も激しい。 女子の長距離選手は多くは貧血である。 限界を超えて練習する場合もあり、体は相当に痛んでいる。 スポーツ選手では、腰痛や手足の関節の故障も頻繁である。 相撲取りは、毎日激しい稽古をして、筋肉は隆々であるが、引退すると成人病に罹る人が多い。 明治時代の横綱の死亡年齢は、一般人よりもはるかに若いという統計がある(沢田芳男らの報告)。 囚人を使ったPollockらの研究は興味深い。 希望者を募り、運動継続時間が45分のグループと30分のグループを比較すると、前者は後者に比べ障害率が焼く2倍も高くなった。 特に足関節や前脛骨筋の障害が顕著であったという。 激しい運動が健康のための運動ではない。 健康のためにはどのような運動が好ましいか 健康のための運動としては、持久性の運動、言い換えれば有酸素運動が勧められる。 有酸素運動の最大の利点は、心肺機能を鍛え、脂肪分解を伴う点にある。 肥満は多くの生活習慣病の原因となるが、有酸素運動は体脂肪を効率よく燃焼させる。 したがって、有酸素運動は、多くの生活習慣病を予防する効果があるといえる。 有酸素運動と無酸素運動の境目は個人によって異なると先に述べた。 それぞれのヒトの有酸素運動範囲を正確に知るのは大がかりな装置や血液採取などが必要であるが、もっと簡便な方法として、心拍をモニターすることで推測できる。 米国スポーツ医学会のガイドラインによると、一般健常者に対しては、最高心拍数の55から90%の身体運動が勧められる。 最高心拍数は簡易的には220マイナス年齢が利用できる。 健康な50才のヒトならば、心拍が毎分70から150までの間が一応の目安になるが、あまりに幅が広くて判りにくい。 最大到達予想心拍数(220ー年齢)から平静時の心拍(60~70)を引いたものはDeVriesの心拍幅(HRR と呼ばれる。 この心拍幅の40%から60%の範囲を計算し、これを平静時の心拍数に足したものがより実際的な目安になる。 運動は75%を越えないように注意する。

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