芸能やらc。 ヒロミ 芸能界引退発表を考えた過去、木梨憲武の言葉で思いとどまる「ノリちゃんに言われて、そうかぁ」(スポニチアネックス)

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公演を再開した宝塚大劇場。 観劇に訪れたファンはマスク姿でコロナ対策に協力した=兵庫・宝塚市(撮影・南雲都) 新型コロナウイルス感染拡大防止のため2月29日から公演を中止していた宝塚歌劇団は9日、兵庫・宝塚大劇場で星組公演「眩耀の谷~舞い降りた新星~」「Ray-星の光線-」を上演し、10日ぶりに公演を再開させた。 劇場入り口ではスタッフが観客の手に消毒液を噴き付け、体温が37・5度以上の来場者がいた場合は観劇を断るため、赤外線サーモグラフィーを設置。 これにより、開場時間を通常の開演30分前から1時間前に繰り上げた。 立ち見券は販売せず、レストランはすべて休業。 グッズ売り場「キャトルレーヴ」も午前11時に急きょ閉店になった。 この日は午後1時開演。 礼真琴、舞空瞳の星組新トップコンビ本拠お披露目公演の千秋楽で、専科スターの華形ひかるの退団公演でもあった。 礼はカーテンコールのあいさつで「千秋楽をできたことがうれしい」などと話し、うがいの仕方もレクチャーしたという。 大の宝塚ファンで観劇した野球解説者、福本豊氏(72)は「見られるようになった喜びより、きょうはお披露目公演の千秋楽で、退団者にとっては一生に一度のサヨナラ公演。 再開がいいか悪いかは難しいが、やらせてあげたかった」とマスク姿で話した。

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『水ダウ』ギャグリレーを止めた芸人が炎上!?「やらないから売れない」

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俳優柄本明(71)が、1993年(平5)から上演を続けてきた、ひとり芝居「煙草の害について」を、オンライン型演劇場にリニューアルした東京・浅草九劇で6月5、6日に上演し、有料配信することが27日、分かった。 76年に劇団東京乾電池を結成し、座長を務める柄本にとって、オンラインでの舞台上演は初挑戦。 18年の主演舞台「誰もいない国」以来、2年ぶりの舞台出演となる。 柄本は「演劇人としてまた俳優として、何かやらなければと考えていたところ浅草九劇から声をかけていただきました。 よろしくお願いします」とコメントした。 新型コロナウイルスの猛威は演劇界、芸能界をも直撃し、演劇やライブが中止・延期を余儀なくされ、新たな公演を発表することも難しい状況だ。 柄本は、公演を配信で展開しようという製作者をサポートしようとリニューアルされた、浅草九劇の第1弾公演に選ばれたことに感謝した。 「煙草の害について」は、ロシアの劇作家アントン・チェーホフの戯曲で、柄本が93年に初めてのひとり芝居の試みとして自ら構成、演出、上演した。 劇団東京乾電池は、チェーホフの4大戯曲「かもめ」「ワーニャ伯父さん」「三人姉妹」「桜の園」を、柄本の演出で上演した経緯があり、柄本は上演時間20分程度の短編の「煙草の害について」に、他のチェーホフ作品のエッセンスや時事ネタを交えるなどして約1時間のひとり芝居を作り上げた。 柄本版「煙草の害について」は、ユーモアとナンセンスと人間味があふれる作風が各所で話題を呼び、全国で相次いで上演された。 03年6月には、チェーホフの母国ロシアでも首都モスクワ、サンクトペテルブルク、サマラ、オムスクで上演。 17年4月に劇団東京乾電池が「創立40周年+1公演」として東京・明治座で初めて公演を開いた際も演目の1つになった。 17年以来3年ぶりの上演となる今回は、オンライン上演の特性を生かした、カメラワークが見どころになりそうだ。 浅草九劇は、リニューアルに際して6台のカメラ、画面の切り替えなどを行うスイッチャー、ディスプレーなどの機材を新たに導入。 複数のカメラの中で最もふさわしい映像に切り替えることで、柄本自身の表情や動きなどを、実際に劇場に足を運んだような感覚を得られるような形で観客に届けるべく、準備が進められているという。 公演は動画プラットフォーム「Vimeo(ビメオ)」で、6月5日午後7時半、6日は午後2時開演で有料配信される。 料金は2000円で、28日午前6時から電子チケットの販売プラットフォーム「PassMarket(パスマーケット)」を通じて販売する。 【村上幸将】.

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米倉涼子 個人事務所設立後の近況報告「やらなきゃいけない打ち合わせが増えました」― スポニチ Sponichi Annex 芸能

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タレントのヒロミ(55)が10日放送のNHK「あさイチ」(月~金曜前8・15)のコーナー「プレミアムトーク」に出演し、芸能界引退を発表しようとした過去を告白。 その際、とんねるず・木梨憲武(58)からかけられた言葉で思いとどまったことを明かした。 テレビのレギュラー番組10本を抱え人気を博したが、30代後半に差し掛かると仕事が激減した。 当時について、「時代がずっとバブルからきて、世の中がテレビが変わった時代に入った」と前置き。 「製作費も含めて、スポンサーさんの力が強くなったりとか。 『もうちょっと柔らかくできない?』とか、そういうのに合わせられないっていうか、芸風とジレンマがあった」という。 その中で「仕事もなくなった」ため芸能活動を小休止し、10年ほど芸能界から身を引いた。 休止期間はジムの経営などを行っており、「社会ってこういうふうになっているんだ。 人を雇うってこうなんだとか、いろんな経験をして」。 事業を展開する中で、学ぶことも多かったと回顧した。 芸能界復帰は「これっぽっちもないな」と感じていたそうで、「その時、本当に引退とかって発表しようかなみたいな。 どうせだったら、やらないですっていうの言ったほうがいいかなって思って」。 親交の深い木梨に相談すると、「そういうことを言わなくていいんだよ、お前。 別にどっちだっていいんだから、やりたくなったらやればいいし」との助言を受けた。 ヒロミは「本当に(引退を)言おうと思っていた時にそんなことをノリちゃんに言われて。 『あぁ、そうかぁ』なんて言って」としみじみ。 その後、テレビ出演のオファーが「チラホラ」と来るようになり、「なんの変わり目か自分でも分からないんですけど。 頑なに出ないって言っているわけではなかったので、出たらこういう感じで、ありがたいことに」と、多数の番組に出演する現状になったと説明していた。

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