住友 化学 大江 工場。 住友化学株式会社 愛媛工場 MES・PIMSソリューション

会社概要|住化ロジスティクス株式会社

住友 化学 大江 工場

01安全性を飛躍的に向上させる コーティング技術の発見 充電を行い、電気を蓄えることで繰り返し使用することが可能な二次電池。 その歴史は意外と長く、1859年にフランスの科学者であるガストン・プランテにより発明されたのが最初と言われている。 1990年代以降の小型電子機器の普及とともに、より高性能な二次電池の需要は急激に高まった。 そうした流れの中で登場し、21世紀に入って急速に普及したのが、リチウムイオン二次電池である。 リチウムイオン二次電池は、正極と負極の間をリチウムイオンが行き来することで充電と放電を繰り返すという原理だ。 従来の二次電池と比べて小型・軽量で、かつ長寿命である利点を生かし、小型・軽量化・高機能化の進むモバイル機器に瞬く間に搭載されるようになった。 しかし、課題もあった。 高性能の正極材を用いて高容量化すると発熱・発火のリスクも高まり、安全性の確保が困難になっていたのだ。 その課題を解決したのが、耐熱性のあるアラミド樹脂だ。 住友化学は、これをリチウムイオン二次電池の正極と負極の間に配置するセパレータにコーティングすることで、安全性を飛躍的に向上させることに成功したのだ。 電池メーカーの大きな注目を集め、電気自動車(EV)や電動工具などに広く用いられていった。 02綿密に行われた下準備 全ては順調に進んでいた 2016年初秋、住友化学の発表したプレスリリースが、業界関係者の耳目を集めた。 以前から生産していた大江工場の生産量と合わせて、生産量を4倍に引き上げると発表したのだ。 この発表を韓国で聞いた酒井は、決意を新たにした。 「さあ、いよいよ正念場だ」 酒井は発表に先立つ16年3月、新規工場の建設の立ち上げ全般を管理する副統括として、大江工場からSSLMに出向していた。 彼以外にも生産技術部、エンジニアリング部、品質保証室、そして実際の製造現場などから、精鋭20数名がSSLMに集められていた。 元々、SSLMはLED用のサファイア基板の製造が主な事業であり、セパレータ製造のノウハウはなかった。 このため、15年から同社の技術者数名が大江工場に2カ月間派遣され、必要な技術・知識を修得した。 今回、SSLMに出向した技術者たちの多くは、大江工場で彼らに技術・知識を教えた者たちだ。 酒井は当時をこう語る。 「顔もお互いに知っていたし、共に働くことに何の問題もありませんでした」 実際、言語が異なることによる行き違いや認識の相違は何度もあったものの、基本的には驚くほどスムーズに連携することができた。 そして、16年6月には建設したプラントでの試製造にまでこぎつけた。 ここまでは、全てが順調だった。 03突如、噴出する問題 共に流した悔し涙 しかし、2バッチ分の試製造を終え、いよいよ量産体制に移行し始めた16年冬、問題は突如発生した。 プラントではアラミドを製造し、それを溶解して、セパレータの基材にコーティングする塗布液にするまでの工程を行うが、その塗布液の粘度が製造バッチごとに変動し、品質が安定しなくなったのだ。 塗布液の品質のばらつきは、その後のコーティング~スリット加工の工程にも悪影響を及ぼす。 プロセスエンジニアであり、プラントの基本設計を行った杉山は青ざめ、他の技術スタッフと血眼になって、問題の原因がどこにあるかを調べ回った。 「しかし、原因を調べている最中もプラントは稼働し、量産体制が続いていました。 品質の悪い塗布液がどんどん生産されてしまい、大量の液を何度も廃棄することもありました」と、杉山は今でも悔しそうに振り返る。 廃棄の際、韓国のスタッフは泣きながら、こうつぶやいたという。 「数ヵ月の努力は何だったのか」。 その言葉を聞き、杉山の目にも涙が浮かんだ。 調べてみると、原因は一つだけではなく、いくつもの問題が複合的に積み重なっていた。 杉山たちは、文字どおり寝食を惜しんで問題の処理に奔走したが、ある問題を処理した直後に、別の問題が新たに見つかることもしばしばだった。 結局、粘度が安定するまでに半年以上の月日を要することとなった。 04収率向上を目指して 全員一丸となって取り組んだ原因究明 しかし、問題が生じていたのは塗布液の製造プラントだけではなかった。 塗布液を製造後、クリーンルーム内でセパレータの基材にコーティングし、スリット加工することで完成品となるが、生産初日のコーティングにおける収率(歩留まり)を見て驚愕した。 当初の想定と比べてはるかに悪かったのだ。 技術グループのリーダーで、プロセス技術を統括していた那須は危機感を抱き、技術メンバー全員を集め、製造現場で協議を行った。 急いで原因を探ると、問題は設備だけでなく、人為的な要因も大きいことが判明した。 那須は言う。 「製造メンバーたちが、まだ加工組立工程に慣れていなかったのが大きな要因でした。 クリーンルーム内の工程は、化学プラントと比べて人が介在する部分が圧倒的に多い。 そのため、製造メンバーの熟練度の差が収率を大きく左右してしまうのです」 那須は、設備内の原因を一つ一つ処理すると同時に、どこの作業で収率が悪化しているのかを逐一精査した。 そして、細かな点を含め、全項目の確認と改善を技術スタッフたちと共に進めていった。 那須はこう述懐する。 「自分だけでなく、韓国の製造メンバーたちも労を厭わず技術向上に励んでくれました。 そのおかげで、当初は想定より大幅に低い収率でスタートしましたが、今では目標以上の収率を実現できています」• 05技術者として同じ目標を目指して さらなる課題解決へ 目標収率になるまでにかなりの時間がかかったように思えるが、那須は「それは違いますよ」と、首を横に振る。 「準備万全で臨んでも、問題が発生する時はある。 大事なのは、それを受け止めて、乗り越えることが出来る目標意識の高さです。 韓国のスタッフたちはプロ意識が高く、国籍の違いによる壁は、全く感じませんでした」 杉山も、韓国のスタッフたちの技術者としてのプロ意識の高さを称賛する。 「昼夜を忘れて、ともに原因究明にあたってくれました。 技術者として『良い物をつくろう』とする姿勢は、むしろ私たちよりも高いかもしれません。 一技術者として、大いに触発されました」 リチウムイオン二次電池の需要が一層高まりつつある現在、競合他社も安価・高機能なセパレータの開発に着手しており、グローバルな競争は激化の一途をたどっている。 今回の増産計画が軌道に乗ったことで、SSLMではさらなる工場の増設を計画しているが、より一層のコスト競争力の向上は不可避だ。 「コスト面の徹底的な合理化はもちろん、新たな付加価値の開発も不可欠。 楽観視できない状況が続きます」と、酒井は現状を分析しつつも、微笑みながらこう付け加えた。 「でも、日本と韓国の技術者には、同じ『技術者としての熱い血』が流れています。 困難な課題があっても、共に助け合って乗り越えていけるはずです」。 その眼には、確かな自信が宿っていた。

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01安全性を飛躍的に向上させる コーティング技術の発見 充電を行い、電気を蓄えることで繰り返し使用することが可能な二次電池。 その歴史は意外と長く、1859年にフランスの科学者であるガストン・プランテにより発明されたのが最初と言われている。 1990年代以降の小型電子機器の普及とともに、より高性能な二次電池の需要は急激に高まった。 そうした流れの中で登場し、21世紀に入って急速に普及したのが、リチウムイオン二次電池である。 リチウムイオン二次電池は、正極と負極の間をリチウムイオンが行き来することで充電と放電を繰り返すという原理だ。 従来の二次電池と比べて小型・軽量で、かつ長寿命である利点を生かし、小型・軽量化・高機能化の進むモバイル機器に瞬く間に搭載されるようになった。 しかし、課題もあった。 高性能の正極材を用いて高容量化すると発熱・発火のリスクも高まり、安全性の確保が困難になっていたのだ。 その課題を解決したのが、耐熱性のあるアラミド樹脂だ。 住友化学は、これをリチウムイオン二次電池の正極と負極の間に配置するセパレータにコーティングすることで、安全性を飛躍的に向上させることに成功したのだ。 電池メーカーの大きな注目を集め、電気自動車(EV)や電動工具などに広く用いられていった。 02綿密に行われた下準備 全ては順調に進んでいた 2016年初秋、住友化学の発表したプレスリリースが、業界関係者の耳目を集めた。 以前から生産していた大江工場の生産量と合わせて、生産量を4倍に引き上げると発表したのだ。 この発表を韓国で聞いた酒井は、決意を新たにした。 「さあ、いよいよ正念場だ」 酒井は発表に先立つ16年3月、新規工場の建設の立ち上げ全般を管理する副統括として、大江工場からSSLMに出向していた。 彼以外にも生産技術部、エンジニアリング部、品質保証室、そして実際の製造現場などから、精鋭20数名がSSLMに集められていた。 元々、SSLMはLED用のサファイア基板の製造が主な事業であり、セパレータ製造のノウハウはなかった。 このため、15年から同社の技術者数名が大江工場に2カ月間派遣され、必要な技術・知識を修得した。 今回、SSLMに出向した技術者たちの多くは、大江工場で彼らに技術・知識を教えた者たちだ。 酒井は当時をこう語る。 「顔もお互いに知っていたし、共に働くことに何の問題もありませんでした」 実際、言語が異なることによる行き違いや認識の相違は何度もあったものの、基本的には驚くほどスムーズに連携することができた。 そして、16年6月には建設したプラントでの試製造にまでこぎつけた。 ここまでは、全てが順調だった。 03突如、噴出する問題 共に流した悔し涙 しかし、2バッチ分の試製造を終え、いよいよ量産体制に移行し始めた16年冬、問題は突如発生した。 プラントではアラミドを製造し、それを溶解して、セパレータの基材にコーティングする塗布液にするまでの工程を行うが、その塗布液の粘度が製造バッチごとに変動し、品質が安定しなくなったのだ。 塗布液の品質のばらつきは、その後のコーティング~スリット加工の工程にも悪影響を及ぼす。 プロセスエンジニアであり、プラントの基本設計を行った杉山は青ざめ、他の技術スタッフと血眼になって、問題の原因がどこにあるかを調べ回った。 「しかし、原因を調べている最中もプラントは稼働し、量産体制が続いていました。 品質の悪い塗布液がどんどん生産されてしまい、大量の液を何度も廃棄することもありました」と、杉山は今でも悔しそうに振り返る。 廃棄の際、韓国のスタッフは泣きながら、こうつぶやいたという。 「数ヵ月の努力は何だったのか」。 その言葉を聞き、杉山の目にも涙が浮かんだ。 調べてみると、原因は一つだけではなく、いくつもの問題が複合的に積み重なっていた。 杉山たちは、文字どおり寝食を惜しんで問題の処理に奔走したが、ある問題を処理した直後に、別の問題が新たに見つかることもしばしばだった。 結局、粘度が安定するまでに半年以上の月日を要することとなった。 04収率向上を目指して 全員一丸となって取り組んだ原因究明 しかし、問題が生じていたのは塗布液の製造プラントだけではなかった。 塗布液を製造後、クリーンルーム内でセパレータの基材にコーティングし、スリット加工することで完成品となるが、生産初日のコーティングにおける収率(歩留まり)を見て驚愕した。 当初の想定と比べてはるかに悪かったのだ。 技術グループのリーダーで、プロセス技術を統括していた那須は危機感を抱き、技術メンバー全員を集め、製造現場で協議を行った。 急いで原因を探ると、問題は設備だけでなく、人為的な要因も大きいことが判明した。 那須は言う。 「製造メンバーたちが、まだ加工組立工程に慣れていなかったのが大きな要因でした。 クリーンルーム内の工程は、化学プラントと比べて人が介在する部分が圧倒的に多い。 そのため、製造メンバーの熟練度の差が収率を大きく左右してしまうのです」 那須は、設備内の原因を一つ一つ処理すると同時に、どこの作業で収率が悪化しているのかを逐一精査した。 そして、細かな点を含め、全項目の確認と改善を技術スタッフたちと共に進めていった。 那須はこう述懐する。 「自分だけでなく、韓国の製造メンバーたちも労を厭わず技術向上に励んでくれました。 そのおかげで、当初は想定より大幅に低い収率でスタートしましたが、今では目標以上の収率を実現できています」• 05技術者として同じ目標を目指して さらなる課題解決へ 目標収率になるまでにかなりの時間がかかったように思えるが、那須は「それは違いますよ」と、首を横に振る。 「準備万全で臨んでも、問題が発生する時はある。 大事なのは、それを受け止めて、乗り越えることが出来る目標意識の高さです。 韓国のスタッフたちはプロ意識が高く、国籍の違いによる壁は、全く感じませんでした」 杉山も、韓国のスタッフたちの技術者としてのプロ意識の高さを称賛する。 「昼夜を忘れて、ともに原因究明にあたってくれました。 技術者として『良い物をつくろう』とする姿勢は、むしろ私たちよりも高いかもしれません。 一技術者として、大いに触発されました」 リチウムイオン二次電池の需要が一層高まりつつある現在、競合他社も安価・高機能なセパレータの開発に着手しており、グローバルな競争は激化の一途をたどっている。 今回の増産計画が軌道に乗ったことで、SSLMではさらなる工場の増設を計画しているが、より一層のコスト競争力の向上は不可避だ。 「コスト面の徹底的な合理化はもちろん、新たな付加価値の開発も不可欠。 楽観視できない状況が続きます」と、酒井は現状を分析しつつも、微笑みながらこう付け加えた。 「でも、日本と韓国の技術者には、同じ『技術者としての熱い血』が流れています。 困難な課題があっても、共に助け合って乗り越えていけるはずです」。 その眼には、確かな自信が宿っていた。

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住友化学の本社・支社 本社・支店 本社(東京) 東京都中央区新川2丁目27番1号 東京住友ツインビル(東館) 本社(大阪) 大阪市中央区北浜4丁目5番33号 住友ビル 名古屋支店 名古屋市東区東桜1丁目13番3号 NHK名古屋放送センタービル15階 福岡支店 福岡市中央区天神1丁目11番17号 福岡ビル 住友化学の工場は愛媛、千葉、大阪、大江、大分、青森三沢に工場にあり、歌島試製部、岡山プラント、岐阜プラントがあります。 また国内8ヶ所に研究所があります。 さらに住友化学の海外のグループ会社は60以上もあり、全大陸にあります。 住友化学の連結子会社は160社にも及び、30000人以上の人が働いています。 私たち住友化学は、17世紀から続く住友の事業精神を引き継ぎ、1913年、銅の製錬に伴い発生する排出ガスから肥料を製造し、環境問題克服と農産物増産をともにはかることから誕生しました。 創業から1世紀。 私たちは、自社の利益のみを追わず事業を通じて広く社会に貢献していくという凛とした理念のもと、安全・環境・品質に細心の注意を払いながら、時代とともに多様な事業を展開し、絶えざる技術革新で人々の豊かな暮らしを支えてきました。 これからも、様々な発想、価値観や技術を融合させて化学の枠にとどまらない新たな価値を生み出すことで、身のまわりの快適な衣食住の実現から、地球規模の食糧問題、環境問題、資源・エネルギー問題の解決まで、積極果敢にチャレンジし続けます。 そのために社員一人ひとりが、高い使命感と情熱を持って、切磋琢磨し、日々新しい可能性を追求しながら、課題を突破していきます。 世界中に信頼と感動の輪を 住友化学は4つの事業計画があります。 1 住友化学は「環境・エネルギー」「ICT」「ライフサイエンス」を中心とした、「技術」で勝負できる事業分野に経営資源を投入し、社会が抱える諸課題に対し、「技術」を基盤とした新しい価値を提供していきます。 スペシャリティケミカル分野での大型投資の機会を模索していきます。 2 住友化学の筋肉質な財務基盤の維持、キャッシュフローを安定して生み続ける体質を定着させ、大型投資を機動的に実施できる体制を構築します。 3 住友化学の重点3分野である「環境・エネルギー」「ICT」「ライフサイエンス」への投資を継続し、研究テーマの着実な事業化をはかり、重点3分野の「境界領域」でのソリューション提供に取り組みます。 4 住友化学は海外への事業を拡大させます。 1913年 9月 住友総本店の直営事業として愛媛県新居浜に肥料製造所を設置 1915年 10月 営業開始(過燐酸石灰初出荷) 1925年 6月 (株)住友肥料製造所として独立新発足(現在の愛媛工場) 1934年 2月 商号を住友化学工業株式会社に商号変更 1944年 7月 日本染料製造(株)を合併して、染料、医薬品部門に進出(現在の大阪・大分工場) 1946年 2月 日新化学工業株式会社に商号変更 1949年 12月 旧住友アルミニウム製錬(株)から全設備を譲り受け 1952年 8月 住友化学工業株式会社に商号復帰 1958年 5月 愛媛工場で、エチレンおよび誘導品の生産を開始し、石油化学部門へ進出 1965年 11月 中央研究所(高槻)を設置(2003年3月閉鎖) 11月 住友千葉化学工業(株)を設立(1975年同社を合併、現在の千葉工場) 住友千葉化学工業のエチレン工場 1971年 7月 宝塚総合研究所を設置、医薬・農薬部門の研究体制を強化 1976年 7月 住友アルミニウム製錬(株)を設立(同社にアルミニウム事業を譲渡、1986年同社解散) 1978年 1月 三沢工場の操業開始により、ピレスロイド系家庭用殺虫剤の生産体制を強化 1982年 2月 インドネシア・アサハン・アルミニウムが操業開始 インドネシア・アサハン・アルミニウム 1983年 1月 愛媛工場のエチレンプラントおよび誘導品の一部を休止し、千葉工場へ生産集中 1984年 2月 稲畑産業(株)との間で住友製薬(株)を設立(1984年営業開始) 3月 「シンガポール石油化学コンビナート」が操業開始 住友製薬(現大日本住友製薬)設立の記者会見/シンガポール石油化学コンビナート 1988年 6月 大阪工場内に安全性研究棟(現在の生物環境科学研究所)を設置 1989年 3月 筑波研究所を設置 1997年 4月 「シンガポール石油化学コンビナート」第2期設備が操業開始、第1期分と合わせエチレン生産能力約100万トン 1998年 10月 シンガポールでのMMA・アクリル酸プロジェクトの全設備が完成 2000年 10月 住友製薬(株)と共同運営のゲノム科学研究所を研究本部に設立 2001年 5月 アベンティス・クロップサイエンスから家庭用殺虫剤関連事業を買収 10月 情報電子化学部門を新設 2002年 11月 武田薬品工業(株)の農薬事業を同社との合弁子会社住化武田農薬(株)に譲り受けて営業開始(2007年吸収合併) 2003年 3月 韓国の子会社、東友STIで液晶ディスプレイ用カラーフィルター大型生産設備の操業開始 8月 韓国の子会社、東友光学フィルムで液晶ディスプレイ用偏光フィルム一貫生産設備の操業開始 東友ファインケム 2004年 3月 台湾の子会社、住華科技で液晶ディスプレイ用偏光フィルム一貫生産設備の操業開始 10月 商号を住友化学株式会社に商号変更 2005年 9月 サウジ・アラムコと折半出資の合弁会社ラービグ・リファイニング・アンド・ペトロケミカル・カンパニー(ペトロ・ラービグ)を設立 10月 住友製薬(株)と大日本製薬(株)が合併し、大日本住友製薬(株)となる 2007年 9月 高分子有機ELデバイス開発のパイオニアであるケンブリッジ・ディスプレイ・テクノロジーを完全子会社化 2009年 4月 ペトロ・ラービグの石油精製・石油化学統合コンプレックスの基幹プラントであるエタンクラッカーが操業開始 10月 大日本住友製薬(株)がアメリカの医薬品会社セプラコール(現 サノビオン)を買収 2011年 4月 精密化学部門を廃止・再編、農業化学部門を健康・農業関連事業部門へ改称 2015年 4月 基礎化学部門、石油化学部門を再編、石油化学部門とエネルギー・機能材料部門へ改組.

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