反出生主義。 反出生主義:這些信仰者如何解釋人生

『ブッダのことば スッタニパータ』と反出生主義

反出生主義

人口過剰 [ ] 反出生主義がやの問題の解決に繋がると支持者の多くが考えている。 また、の減少も回避できる。 インドや中国などのいくつかの国は家庭内の子供の数を減らす政策を採用している。 これらの政策はすべての出産を否定的に捉えているわけではないが、深刻な人口過剰の懸念や国の資源への重い負担を抑制するのに役立っている。 道義的責任 [ ] ショーペンハウアーは、人生は嫌なことの方が多いと主張し、最も合理的な立場は子供をこの世界に生みださないことだと主張する。 子供は、親・出生地・時代を選べない点から、ノルウェーの哲学者は、子供が同意なしに世界に生み出されることにも留意している。 幸福 [ ] 親になって子供を育てることは、幸福をもたらすとは限らない。 子供の立場から見ても、子供は親を選べない点から、を知らなかったり、子供を奴隷扱いするなど育児に不適格な親のもとに生まれたら、必然的に子供は不幸になる。 子供を持つ親は、子供のいない家庭と比較して統計的に有意に幸福のレベルが低く、生活満足度、結婚満足度、および精神的健康状態が悪いことをヨーロッパやアメリカの多くの学者が報告し、いくつかの証拠を発見している。 ブッダ [ ] 仏教の開祖ブッダ は出家前に子供()をもっていたが、原始仏典のでは「子を持つなかれ」等と説いている。 ブルノ・コンテスタビリー は の "オメラスから歩み去る人々" を例として挙げている。 この短編では、隔離され、虐げられ、救うことができない一人の子供の苦しみにより、住民の繁栄と都市の存続がもたらされるユートピア都市オメラスが描かれている。 大半の住民はこの状態を認めて暮らしているが、この状態を良しとしない者もおり、彼らはこの都市に住むことを嫌って"オメラスから歩み去る"。 コンテスタビリーはこの短編と現実世界を対比する: オメラスの存続のためには、その子供は虐げられなければいけない。 同様に、社会の存続にも、虐げられる者は常に存在するという事実が付随する。 コンテスタビリーは、反出生主義者は、そのような社会を受け入れず、関与することを拒む "オメラスから歩み去る人々"と同一視できると述べた。 また、「万人の幸福はただ一人の甚大な苦しみを相殺できうるのか」という疑問を投げかけた。 ベネターの主張 [ ] は、生まれてくることはその本人にとって常に災難であり、それゆえに子供を生むことは反道徳的な行為であり、子供は生むべきではない、と主張する。 子供を生むことは、多くの動物がそうしているように単に何も考えずに性的欲求を満たすための行動であるの結果として引き起こされている現象であるか、または生む側の欲求を満たすために引き起こされている現象であるか(例えば子育てしてみたいといった欲求を満たすため、自分の老後の世話をしてもらおうという計算の為)、または判断するさいに生の質()を不当に高く誤評価していること()から起きている現象である、とする。 ベネターはのような立場と自身の立場をはっきりと区別する。 チャイルド・フリーのような考え方は、自分のライフスタイルを維持することを考えて子供を持たないという立場を取るが、ベネターは親の都合ではなく、生まれてくる人間の観点に立って、その上で生むべきではない、と主張する。 つまり生まないことは、多くの人に取ってはある種の我慢が必要な事ではあるが、生まれてくる人間のことを少しでも真剣に考えるのならば、子供は生まずに我慢すべきだ、とする。 ベネターはの問題について言及している。 ベネターは地球上の理想のはであるとしている。 つまり人間はした方がよい、と主張している。 とはいえ即座に人類絶滅を目指すのは生まれてきてしまった人たちにとって大きい苦痛を伴うものとなるであろうから、少しずつ段階的に人口を減らしていき、最終的に絶滅する、つまりゆるやかに絶滅していくのが良いだろう、としている。 ちなみにヒトに限らず、他の感覚を持った生物も、まったく生まれてこない方が良かった、つまり絶滅してしまった方が良い、としている。 ちなみにこの生の苦の問題に関し、こうした文章を読んでいる人間は「すでに手遅れである」とベネターは言う。 それはすでに生まれてきてしまっているからである。 彼の著書『Better Never to Have Been』は両親と兄弟に捧げられている。 両親に(私を生んでしまったけれども)、兄弟に(生まれてきてしまったけれども)、という形で献辞されている。 悪事としての魂の牢獄 [ ] 、 と は出産は魂を牢獄に入れる悪事であると信じていた。 彼らは出産は邪神またはの仕業と見なしていた。 ショーペンハウアーの倫理 [ ] の哲学では、世界は生きる意志によって支配されている。 盲目的で不合理な力、常に現れる本能的欲望が、それ自身によって懸命に生み出される。 しかし、その性質ゆえに決して満たされない事が苦しみの原因である。 存在は苦しみで満たされている。 世界には喜びより苦しみの方が多い。 数千人の幸福と喜びは、一人の人間の苦痛を補う事はできない。 そして全体的に考えると生命は生まれない方がより良いだろう。 倫理的な行動の本質は、同情と禁欲によって自分の欲望を克服することからなる生きる意志の否定である。 一度我々が生きる意志を否定したなら、この世界に人間を生み出すのは、余計で、無意味で、道徳的に非常に疑問のある行為である。 死の克服 [ ] Julius Cassianusとは誕生が死につながる事に気づいた。 死を克服するため、我々は出産をやめるべきであると言う。 反出生主義の政党 [ ] イギリスの反出生主義を公約に掲げた政党ANP The Anti Natalist Party は法学者の「10人の罪人を逃しても1人の無辜を罰することなかれ」の言葉を引用し、正義の原則的に(不必要な)喜びが存在するより(不必要な)苦しみを経験しない方が良いと主張している。 また、公約として「子供を作る意欲を減らす為」に子供の税控除の廃止や裕福な家族への課税などを掲げている。 生物学的逆理としての人間 [ ] の哲学によると、人間は生物学的な逆理である。 意識が過剰に発達してしまったため他の動物の様に正常に機能しなくなっている。 知覚は我々が抱えられる以上に与えられている。 我々はもっと生きたいと望む様に進化したが、人間は死が運命づけられている事を認識できる唯一の種である。 我々は幅広く過去から未来を予測する事が可能だ。 我々は正義と、世界の出来事に意味がある事を期待する。 これが意識を持った個体の人生が悲劇である事を保証している。 我々は満足させる事ができない欲望と精神的な要求を持っている。 人類がまだ存続しているのはこの現実の前に思考停止しているからに他ならない。 Zapffeによると人間はこの自己欺瞞をやめ、その帰結として出産を止めることによって存続を終わらせる必要がある。 同意なしに苦痛や死をもたらす [ ] は出産は人間を危険で痛みに満ちた場所に送り込む行為だと述べている。 生まれた瞬間から死に至るプロセスが開始される。 Cabreraは出産において我々は生まれてくる子供の同意を得ておらず、子供は痛みと死を避けるために生まれてくる事を望んでいないかも知れないと主張している。 同意の欠如については哲学者のGerald HarrisonとJulia Tannerも同様の事を書いている。 彼らは生まれてくる本人の同意なしに出産をつうじて他人の人生に影響を与える道徳的な権利を我々は持っていないと主張している。 環境への影響 [ ] への有志者、支持者達は人間の活動が環境悪化の主な原因であるため、生殖を控えるのが「人災への人道的代替」であると論じている。 他の動物を傷つける [ ] 、 Gerald HarrisonとJulia Tanner らは 人間が動物に危害を加えている事を懸念している。 我々の種によって毎年数十億の動物が動物製品の生産や動物実験、環境破壊の結果や残酷で嗜虐的な喜びの為に虐殺されている。 彼らは我々が動物を苦しめるのは非倫理的であるとするの思想家に賛同する傾向がある。 彼らは地球上で最も破壊的な種は人類だと考える。 そして新たに人間が生まれなければ人間によって新たに動物が苦しめられる事はなくなると主張する。 出産の代わりに養子 [ ] 現在、世界中に何百万人もの孤児がいる。 反出生主義者の一覧 [ ]• 岡林くみこ• 脚注 [ ] []• CNN "". 2014. Gour, The Spirit of Buddhism, Kessinger Publishing, Whitefish, Montana 2005, pp. 286-288. Narveson, Utilitarianism and New Generations, Mind 1967, LXXVI 301 , pp. 62-67. Vetter, The production of children as a problem for utilitarian ethics, Inquiry 12, 1969, pp. 445—447. Vetter, Utilitarianism and New Generations, Mind, 1971, LXXX 318 , pp. 301—302. Akerma, Soll eine Menschheit sein? Eine fundamentalethische Frage, Cuxhaven-Dartford: Traude Junghans, 1995. Akerma, Verebben der Menschheit? : Neganthropie und Anthropodizee, Freiburg im Breisgau: Verlag Karl Alber, 2000. Contestabile, The Denial of the World from an Impartial View, Contemporary Buddhism: An Interdisciplinary Journal, volume 17, issue 1, Taylor and Francis, 2016. Benatar, David 2006. Better Never to Have Been. Oxford University Press, USA. Jonas, The gnostic... , op. cit. , pp. 228 and 231. Obolensky, The Bogomils: A Study in Balkan Neo-Manichaeism, Cambridge University Press, Cambridge 2004, p. 114. Fromer, Ethical issues in sexuality and reproduction, The C. Mosby Company, St. Louis 1983, p. 110. Schopenhauer, Selected Essays of Schopenhauer, Contributions to the Doctrine of the Affirmation and Nega-tion of the Will-to-live, G. Bell and Sons, London 1926, p. 269. Brown, The Body and Society: Men, Women, and Sexual Renunciation in Early Christianity, Columbia University Press, Columbia 1988, p. Clement of Alexandria, Stromateis, op. cit. , pp. 295-296. Quispel, Gnostica, Judaica, Catholica: Collected Essays of Gilles Quispel, Brill, Danvers 2008, p. 228. — The Anti-Natalist Party• Manifesto — The Anti-Natalist Party• Zapffe, The Last Messiah,The Philosophy Now 2004, Number 45, pp. 35-39. Zapffe, Om det tragiske, Pax Forlag, Oslo 1996. Zapffe, H. Cabrera, T. Nascituri te salutant, LGE Editora, Brasilia 2009. Harrison, J. Tanner, Better Not To Have Children, Think 2011, Volume 10, Issue 27, pp. 113-121. Baird, "The No-nonsense Guide to World Population", New Internationalist, Oxford 2011, p. 119. An NBC interview with Les U. Knight. The official Voluntary Human Extinction Movement website. Benatar, Better... , op. cit. , pp. 109. de Giraud, L'art... cit. , p. 関連項目 [ ]•

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反出生主義オフ会に行ってみた感想とか色々・・

反出生主義

084 ID:hbGc8sGB0St. 221 ID:YKDPq0uL0St. 995 ID:7Fz6HxUQ0St. 126 ID:iJ1oyJQ8FSt. 194 ID:7Fz6HxUQ0St. 543 ID:hbGc8sGB0St. 827 ID:4dCFPYmFdSt. 450 ID:HnHmMSWvaSt. 969 ID:hbGc8sGB0St. 070 ID:7Fz6HxUQ0St. V だって人間は幸せなことより、不幸なことの方が記憶に残るようにできてるじゃん。 つまり人類が絶滅すると不幸そのものが消えるじゃん。 662 ID:g2aEAKy6dSt. 665 ID:OuMyeLY5rSt. 657 ID:HnHmMSWvaSt. 062 ID:YRguhoBi0St. 711 ID:W8UCXdEUrSt. 271 ID:q86qqa7o0St. 242 ID:W8UCXdEUrSt. 535 ID:9x6rN3aLaSt. 344 ID:7Fz6HxUQ0St. 121 ID:OuMyeLY5rSt. 820 ID:6K958UVJ0St. 894 ID:7Fz6HxUQ0St. 891 ID:7Fz6HxUQ0St. 878 ID:hbGc8sGB0St. 847 ID:NnYLicTlMSt. 895 ID:OuMyeLY5rSt. 858 ID:q86qqa7o0St. 449 ID:7Fz6HxUQ0St. 073 ID:q86qqa7o0St. 236 ID:g2aEAKy6dSt. 756 ID:hbGc8sGB0St. 999 ID:q86qqa7o0St. 164 ID:q86qqa7o0St. 408 ID:HnHmMSWvaSt. 502 ID:ifGqiou0MSt. V 反出生主義は独善的。 全ての人間が生まれた事を後悔していると考えている 完全に主観に閉じた喪らしい意見。 416 ID:XV609etBrSt. と言うことになる。 また種の保存が悪という人は独り首を吊ることだよ。 149 ID:3anj0ynh0St. 398 ID:ifGqiou0MSt. 132 ID:FosWWFN40St. 948 ID:q86qqa7o0St. V おかしいのが事実だとしても、 おかしな人を作り出したのは、この社会なんだよ。 123 ID:FosWWFN40St. 256 ID:TBTDxyhI0St. 620 ID:g2aEAKy6dSt. 165 ID:ifGqiou0MSt. 969 ID:g2aEAKy6dSt. 185 ID:ifGqiou0MSt. 442 ID:g2aEAKy6dSt. 515 ID:ifGqiou0MSt. 531 ID:hbGc8sGB0St. 537 ID:W8UCXdEUrSt. 269 ID:ifGqiou0MSt. 666 ID:W8UCXdEUrSt. 322 ID:HnHmMSWvaSt. V 国家単位で見ると人口減少しているから出生率の低下がさも社会問題のように取り沙汰されているが 世界の人口は増加の一歩で50億人を超えているわけだ。 地球単位で見れば、生物ピラミッドの頂点の人類、すなわちホモ。 605 ID:q86qqa7o0St. ある計算によると、日本の平野地域に住む人口密度は 同じような山国のドイツの3倍の人口密度なのだ。 つまり、日本の平野はドイツの平野の3倍の人口密度で人々ででごった返している 経済学者はこう言うだろう「今の日本のGDPを維持するためには1億2千万人必要」だと。 しかし、本当にそんなに日本人が必要なのだろうか?社会の問題の一つであるニートや 引きこもり、生活保護者などは、元々「必要のない生産性から弾かれた」人々ではないのかと。 根拠はないが、日本の適正人口は8千万人ではないのかと。 157 ID:q86qqa7o0St. 511 ID:csPPuReA0St. 013 ID:HnHmMSWvaSt. 158 ID:q86qqa7o0St. 420 ID:HnHmMSWvaSt. 168 ID:q86qqa7o0St. 897 ID:HnHmMSWvaSt. 148 ID:W8UCXdEUrSt. 317 ID:HnHmMSWvaSt. 211 ID:q86qqa7o0St. 276 ID:bMCPQKTO0St. 025 ID:XRux80AQMSt. 605 ID:fCymEYBgHSt. V 反出生主義者であるボクと似た思想をもった人たちが所々いるな。 V まぁそう遠くない未来には余計な機能そぎ落としたニンゲンは機械で製造されるようになるから 無駄なことは考えなくなるし生まれることに悩むことも少なくなるよ.

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反出生主義について、この際はっきり言ってやる

反出生主義

こういうノートは順序よく書いていったほうが読む人には分かりやすいだろうなと思うのだけど、とりあえず私の疑問に思ったことから書いていこうと思う。 すみません。 きょうは、「反出生主義の人はなぜ自殺しないのか」という疑問について調べたことを書く。 反出生主義者ではない人から見たときの問い まずは、"常識サイド"の考えから書いていきたい。 「産むことは良いこと」という"常識"を疑ったことのない人間が、 「生きることは確実に苦しみを伴うし、生まれなければ苦しみは生まれない。 人間は産むことをやめたほうがいいのではないか」というアイデアを与えられたときに、考えるであろうことを書く。 ----- まず、結論が飛躍しすぎているのでよく分からなかった。 「あらゆる人生は苦痛を伴うものである」というのは理解できるし、「生まれなければ苦しみは生まれない」というのも理解できる。 文章が短すぎるので文意が読み取りづらいが、これは、苦しみを親から押し付けられて生まれてくる罪なき子供がどんどん増えていくことを憂慮している、という意味ではないかと解釈する。 で、なぜ、「私が憂慮している」というのが、飛躍して「他の人は、私が苦しまないように、産むのをやめるべき」とまで言えるのかが分からない。 生き物にとって「産む」という行為はアプリオリに設定された人生の意味である。 所詮動物であるところの人間が、「産む」ことに無抵抗に憧れを覚えるのは当然であって、これを(結論から言えば)「私が嫌だからやめろ」と全く知らない赤の他人から言われても、「は?」としか思わない人のほうが多数派であろう、というのは理解いただけることと思う。 一言で言えば説得力に欠ける。 何言かで言えば、本当に説得したいのか、それとも、説得をしないことによって、産むことに憧れを持つ人間を見下せる状況を維持したいだけなのかすら分からない。 ツイッターフェミ界では「分からないことは自分で調べてください。 これだから男はゴミだし、脳みその9割がちんちん」と吐き捨てて優越感に浸る遊びが流行していたのだが(脳みその9割がちんちんというのは私が今考えた悪口である。 残りの1割使ってポテチでも買って一緒にイトヨで食べようね)、反出生主義者もおなじ遊戯をしているのかと思った次第である。 また、もしも本当に心から、苦しみを与えられて生まれてくる命が存在するということに耐えられないのであれば、むしろ耐える必要はないのではないか。 人間はいつでも死ねるし、死ねば一切の苦痛がなくなる。 私なら、そこまで耐えられないことがあれば死ぬ。 なぜ死なないのか分からない。 問いに対する反出生主義者からの答え ページを書くにあたっては、このサイトを参考にした。 参考っていうかこれはRedditだけど。 Redditというのはまあ平たく平たくいうとアメリカ版の2ちゃんねるという感じで、でも、Yahoo! 知恵袋みたいな感じで発言者の発言を追うことができるので、あんまり匿名感がなく、結構まじめっちゃまじめな話もされている。 スレッドのタイトルは 「人生がクソみたいなんだったら、なんで自殺をしないわけ?」というもの。 これは反出生主義の人が立てているスレッドで、こういうことをよく聞かれるんですよね、という趣旨。 以下はスレ主の発言。 人生というゲームからログアウトするのは、けして、立ち上がってバーから出ていく、みたいなものではないんですよ。 自殺というのは、ものすごく強い決心が必要な行為。 体は生物学的に死を恐れるようになっているのだから、ほとんどの人にとって自殺は現実的な選択肢にはなりえないわけです。 もちろん、ナイフもタイレノールも電車も、自殺に使えるものっていうのは身の回りのどこにでもあるわけなんですけどね。 Leaving the game of life isn't like getting up and walking out of a bar. Suicide requires immense mental fortitude and to most, it's not even a realistic option because of their biological wiring, despite knives, tylenol, and trains being available everywhere. タイレノールというのは、アメリカではどこでも売ってる、バファリンみたいな頭痛薬。 たくさん飲むと死ぬのでこれを使った自殺未遂が結構問題になっている。 こういう論の運びは、反論の余地が非常に残るのではないかな。 「子供を産まないというのは、ものすごく強い決心が必要な行為。 体は生物学的子孫を残そうとするようになっているのだから、ほとんどの人にとって出産しないのは現実的な選択肢にはなりえないわけです。 」とか言われたらハイしか言えなくないか? あと、「死ねない自分の弱さを許す」みたいな論の運びだと、「あなたが弱い人間であるなら、なぜ他者に強い人間であれと要求できるのか」みたいな反論もできてしまう。 スレ主ではない人の意見も見てみる。 出生主義者の人は「そもそも存在しないこと」と、「いつか死ぬけど今は生きてる」っていうことを同じように扱いがち。 そりゃ、死んだら存在しなくなる、というのは正しいけど、「生きて、それから死ぬ」というのと、「そもそも存在しない」というのにはめちゃくちゃ大きい差がある。 私の人生がいいとか悪いとかに関わらず、もし私がそもそも存在しなかったら、私は私が経験してきた辛かったことの全てを経験しなかったし、"人生を送りたかった"とかって嘆くこともありえなかった。 Natalists tend to equate not existing with death. While it's true that I don't exist after death, there's an enormous difference between living and then dying, and never existing. I'm AN because I can comprehend that regardless of how good or bad my life is, if I had never existed I would not have suffered anything I have suffered, and it would have been impossible for me to suffer or regret the absence of life. これはまあ分かる。 ちなみに出生主義者というのは、反出生主義者ではない「普通の人」ぐらいの意味で使われている。 マジョリティはマジョリティゆえに「主義者」とかの名前をつけるのは不思議な感じがするけど、普通の人とかっていうのも変だから、ナタリスト、というのがまあ適当ですね。 この人の意見の続きを見る。 あと、出生主義者は、生きて死ぬこと、それからそもそも存在しないことの違いが分かっている。 彼らは、赤の他人である若者が死んだというニュースを聞くと、老衰で死ぬ可能性が潰えてしまったことに対して同情の気持ちを感じて、一瞬悲しむことと思う。 でも、ティッシュに出した精子一つ一つに対して、同じような悲しみの念を覚える出生主義者にはついぞお目にかかったことがない。 少なくとも私の周りでは。 出生主義者は、生きていた人のことは認識できるけれども、そもそも存在しなかった人のことは認識ができない。 Natalists are also aware of this difference between living and dying, and never existing. They will feel a momentary sadness hearing about the death of a young person they did not even know, out of sympathy for the person's lost opportunity to live a full life. Yet I have never heard of a natalist looking at a kleenex and feeling the same measure of grief for every single sperm that never got a chance, individually. They can identify with those who lived, but not with those who never existed. 言いたいことは分かるんだけど、これがどう「なぜ自殺しないのか」と繋がるのかがピンとこない。 そもそも私が死ぬかどうかなんて関係ないでしょ、ということ? そうじゃなくて私は、そんなに人類が大変なことになっているのをみるのが辛いなら、人類をお説教するんじゃなくて、あなたが人生からログアウトしてくれ、と思っている。 もしかして私の反応ってものすごく「マイノリティを攻撃するマジョリティ」っぽいかな。 多分そうなんだろうな・・・。 このレスに対してさらにつけられたレスポンス。 そうなんですよ。 反出生主義というのは何も「私の」話をしているわけではないんですよ。 これは、毎年数百万人は存在する、人生がクソで自殺してしまう人の話、ご飯と飲める水と基本的な医療がなくて毎年何百万人と死んでいく子供達の話、もしくは、人生が嫌で死にたいと思っているけど、生き延びたいと思う本能には抗えなかったり、他の人のために耐え忍ぶことを選んでいる、統計の数に出ない人たちの話、それから、独裁政治に耐え忍ぶ何百万人もの人たちの話なんです。 これの特にひどい例が北朝鮮でしょうね。 反出生主義というのは、個人の話ではなくて、もっと大きな社会の話をしているわけなんです。 「なんで自殺しないの」みたいな馬鹿げた質問は、この世界に対する基本的な知識がないか、わざと何も知らないバカのふりをしておちょくったような態度を取ってるかのどっちかでしょうね。 Yep. Antinatalism isn't about me. It's about the millions of people each year who feel that their own lives are so shitty that they commit suicide. It's about the millions of children who die each year from lack of food, clean water, or basic medicine. It's about the untold number who hate their lives and want to die, but can't overcome their biological urge to survive, or choose to endure for the sake of others. It's about the millions being oppressed under tyrannical regimes; a particularly egregious example is North Korea. Antinatalism isn't about me, it's about a much bigger picture. The ridiculous "why don't you kill yourself" shows either a fundamental lack of understanding or an extreme display of willful ignorance. うーん。 これは無理筋。 まるで出生主義者が世界をいい方向に変えていく努力を一切していないかのような。 こういう言い方をされると、いや、人類は出産をやめて緩やかに絶滅に向かおうとかって呼びかけるよりかは、デモしたり寄付したりのほうが、はるかに世界に貢献してるよね・・・? とか思ってしまう。 それに、「あなたたちの人生は超惨め、あんたたちみたいな人生を再生産しないためにも出産はやめよう」なんて、例えば「北朝鮮の人」に言えんのかよ。 あと、関係ないことだけど、北朝鮮が困ってるのはアメリカのせいでもあるわけだけどこの人それについてはあまり深く考えていないのだろうか。 大きな社会の話をする前に自国の社会について理解しなさいよ。 アメリカ人って怖いわ〜。 っていうかこの、困ったら北朝鮮出しとく風潮、なんなの? 北朝鮮とかをいきなり出してしまう時点で、この人は貧困がなんなのかというのを実地調査とかしたことはないんだろうなと思わせるんですけど。 これではラチがあかんので、普通に日本語のページを見てみる。 このページの作者さんは常に筋が通っている感じなのでとても好き。 正しく理解されていないのが、博愛主義的なアンチナタリズムの根本にある動機である。 博愛主義的アンチナタリズムは、自分が生まれてきたことを嘆いているのではない。 そうではなく、他者に苦をもたらすべきでない、と言う極めて一般的な道徳原理に基づくものであり、では存在を与えることでもたらしうる快もあるではないか、という反論に対して示されるのが、快と苦の非対称性なのである。 うーむ。 なるほど。 つまり反出生主義者農地、博愛主義的な派閥の人は、言い換えていうなら、 「親が子供を殴るのは虐待だし、許されないことですよね。 じゃあ、生きることで確実に苦しい思いをすることが分かっているのに子供を産むのは、その子に対する虐待じゃないんですか、それはやめたほうがいいんじゃないですか」ということを言っているわけか。 まあ、確かにそうだ。 これならとても納得ができる。 私も妊娠したとき、全く同じようなことを考えた。 この時代に産む意味ってなに? 産まないほうがいいんじゃないの? と。 で、私が問題にしたかったのは、この問いが、自分に向けられているのか、それとも、他者に向けられているのか、ということだ。 この人は、別の記事で、 人類の歴史が過ちの繰り返しであることを述べたが、生物全体の歴史を見ても、それは生殖という過ちの繰り返しである。 AI の"foom"9が懸念されているが[19]、我々はそれ以上に苦しみの大爆発について懸念するべきなのだ。 そしてそれを考慮することができるのであれば、すでに大惨事となっている地球上の苦しみを今以上に悪化させるリスクを負うことではなく、静かな終焉を目指した片づけに取り掛からなければいけないのである。 ということを言っているので、この人個人的には、多分人類はみんな、出産を控えるべきだろう、と思っているのだと思う(もちろん、反出生主義者全員の統一された考えというものは存在しないと思うけど)。 確かに、子供が欲しいなら養子を取るなどの手段が取りうる。 私もいつか里親になりたいなと思っている。 でも、やっぱり、「産みたい」という欲望は甘美で、強烈だ。 日本は新生児の子育てをするのが大変な国ではないかと思うが、それでも毎年100万人近い子供が生まれてくる。 100万人近くの「産みたい」欲望に抗えなかった人間が存在するということだ。 多分、産みたい欲望に争うのは普通の人には難しい。 大人になってから身につけた思想のために生活を捧げ、禁欲的に生きることは、通常は無理ではないかと思う。 だからヴィーガンも増えないんだろうな〜と思う。 「なんだかんだ言っても肉はうまいし食べないなんて無理」と言われたら、そうですか、としか言えなくなってしまう。 人間は基本的にはとても愚かで、易きに流れてしまう生き物だ。 反出生主義のアイデアには同意するけれども、「なんでみんな産むのやめないんだろうねバカだね」みたいな態度を取って、実際に存在する悲劇になんの行動も取らないよりかは、 実際に存在する悲劇を食い止めようと、できる範囲で行動をする人のほうが、はるかに「思想を体現している」という感じがしてしまった。 今のところはね。 まとめ セルフディベートなのに殺伐としすぎており、ストレスであわや下痢をしてしまうかと思いましたが、昨日トウモロコシを食べていたので便通はすこぶるよく、ホッとしました。 便の話をした直後なので恐縮ですが、私のオススメするトウモロコシの炊き込みご飯のレシピはこちらです。 以上です。 ------- 参照したページは全て8月13日に閲覧。 和訳は間違っていたら教えて欲しいです。 和訳が拙いのは、ごめんしか言えないですね・・・ ------- そのうちこのマガジンで書くであろうことメモ アンチナタリズムの二つの流派 仏教とアンチナタリズムの関連性 「地球は生きていくのに全然安全な場所じゃないのに子供など産めるか」とバキャーンと言い放ったマイリー・サイラスのこと(ところでマイリー、離婚してしまった。 リアムと仲良しなのだと思っていたのでビックリ。 でもマイリーのイメージ的に結婚とかいう旧弊な制度で白人のドチャクソイケメンとハッピリーエバーアフターというのもまた違うなという感じはした).

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