俺 が 決める こと に する よ。 今週のサムライ8さん、また一つ迷言が生まれてしまうwwwwwww

第61話 対価は俺が決める

俺 が 決める こと に する よ

こんにちは!はてなブログ「プロジェクトマネジメントの話とか」管理人のwiz7と申します。 普段はWebサービス関連の仕事をしています。 僕はプログラム開発から企画寄りの仕事まで、様々な工程を経験してきたのですが、今日は僕がいろいろ見てきた中で考えた、仕事の 「担当分担」と「組織のあり方」について書いてみようと思います。 これがないと、みんなが 「あ、やべ、このタスクは誰かがやると思っていた……」と、完全放置され宙に浮いてしまったり、逆に、必死に仕上げた仕事を、実は 他のメンバーが既にやっていた……「マジかーい!早く言ってよ!(あ、俺もか?)」などという状況に陥りかねません。 組織の統制が取れず、各メンバーもどこに向かって進めばよいかわからず、迷走することになります。 マネジメントする立場からしても、誰が何を担当しているかを把握できていなければ、指示やサポートをするのも困難ですよね。 逆に、自分の担当が明確であるが故、仕事を進める中で「それ俺の仕事じゃないし……」って考えること、よくありません? 極端な話、自分にアサインされた仕事さえしっかりこなせていれば、自分の責任は果たせているという認識のもと、 チームがどうなろうとも、自分の責任ではないのでスルー!面倒くさいし!という考え方です。 担当外の仕事だけれども、自分が少しサポートするだけで劇的に改善することを認識していながら「見て見ぬフリ」。 実はこの考え方、組織は元より 「あなた自身」にも大きな不利益がある、とっても怖い考え方なんです。 大きな問題として下記の2点、「スキル」と「人間関係」が挙げられます。 身につくスキルが浅く・狭くなる 自分の担当領域に閉じた形でしかスキルが身につかなくなってしまう、という弊害が生まれます。 一方、常に周囲を意識して仕事を進める人は、自分のタスクをあくまでも「全体の中の」1タスクとして捉えられるため、 周囲との繋がりを含めた血の通った経験として、自分のモノにすることができるのです。 人間関係が狭まり、ヘルプも受けられなくなる 詳しくは後述しますが、自分の仕事は自分が想像する以上に周囲から見られているため、日頃あなたが「見て見ぬフリをしている」ことは、誰もが知るところとなります。 よって、 いざ自分が困った際にも「本来得られたであろうはずのヘルプが得られない」という事態にもなりかねません。 タスクを自分で制限してしまっていることで、結果的に日頃の周囲とのコミュニケーションの幅も制限されるためです。 以上のことからも、 あなたは一人でこの世に存在しているのではなく、人とのつながりの中で存在している、という強い認識が必要なのです。 これは会社員に限らず、個人事業主・自営業者でも同様、いや、むしろそれらの方々の方が重要かもしれませんね。 日々、周囲で様々な問題が発生しているかと思いますが、 社内で起きていることで自分に無関係な話など1つもない、という認識を持つべきなのです。 あるのは、関連の程度が「強いのか、弱いのか」という違いのみとなります。 一見、自分の仕事と関係が弱そうなものであっても、意外なところで深く繋がっていたりすることが往々にしてあるので、常に全体を俯瞰しながら仕事を進める必要があるのです。 そこで一番必要となるのは、周囲とのコミュニケーションです。 どんなに些細な問題でも、随時会話を交わし、常に最新の情報を共有しておく必要があります。 そうしないと冒頭に述べたタスクの漏れや重複が発生してしまうためです。 この場合、朝会などの定例ミーティングだけでなく、 日中のコミュニケーションが生命線となります。 少しでも会話するのが億劫だ、と感じ 情報共有を怠ってしまうと、とたんに歯車が狂い始めてしまい、実現のハードルは高いものになります。 このようなフレキシブルな体制は、難易度が高くなる分、実現できた場合のリターンも大きなものとなると経験上、確信しています。 特殊な例にはなりますが、僕が実際に経験した、 技術と企画営業の混合型チームの話を紹介します。 当時、技術(兼プロジェクトリーダー)としてアサインされた僕は、幸いにも裁量を与えられていたため、まず「技術」と「企画」の垣根を外すところから始めました。 サービス開発は「どのようなサービスを作るか?」という営業・企画のフェーズから、実際に「ものづくり」である技術寄りのフェーズに移行していくのですが、どのようなサービスを実現させたいか?について検討する際には必ず技術的な観点が必要になるので、 サービスを作るのに企画も技術も本来関係ない、と考えていたためです。 技術メンバーは企画検討にもガンガン入るし、企画メンバーにも技術的な話を大まかなレベルで理解してもらう、といった形ですが、 あくまでもベースとなるのは自分の担当です。 担当領域を軸に、状況に応じて高速で役割をスイッチしていたのですが、ここで 痛感したのはやはりコミュニケーションの重要性と、その難しさでした。 タスクの量もそれなりにあったので、密に連携を取らないと「誰かがやると思っていた」「同じことをやってしまった」に陥ってしまうんですよね……。 役割をスイッチしていたメンバー自体は少人数だったということもあり、実際にはそのような事故はほぼ起きませんでしたが、それまで経験した中で最も情報共有に気を使ったプロジェクトでもありました。 ただその甲斐あって、この 柔軟なチームのおかげで規模の割に大した不具合もなく、サービスイン(=世の中に公開)させることができたのでした。 確かに、組織の中で生き残り評価を勝ち取るためには、戦略的に動く必要もあるでしょう。 しかしこの方法って、本当にあるべき姿なのでしょうか? もしあなたに 少しでも心当たりがあるのであらば、即刻止めることをオススメします。 理由は主に、下記の2点です。 上司や同僚たちは、自分が想像する「5~10倍」程度、自分の仕事・働き方を見ている 10倍って!? 少し大げさに感じるかもしれませんが、誇張しているわけではありません。 よく「他人は、自分が考えているほど自分のことを気にしない」と言われますが、それは日常生活に限った話で、仕事は別です。 厳密には、あなたのことを気にしている、というより「あなたが持つ仕事と、その回し方」を気にしている、ということなのですが。 なので、 「属人化作戦」は思いっきりバレてると思ってよいでしょう。 マネージャーからすると その作戦は「迷惑・妨害行為」でしかないのです。 評価が欲しいのに逆に評価が下がる、という皮肉な結果が待っています。 積極的な情報共有が、結果的に強力なアピールになる 自分の働き方が見られるのは、マイナス面だけでなくプラス面でも同様です。 情報を積極的に展開していれば、その姿勢がおのずと周囲から注目されることになるので、結果的に強力なアピールになるのです。 全体を俯瞰し、チームのことまで配慮する姿勢はチーム全員にダイレクトに伝わります。 これが健全な処世術です。 極端な例でしたが、情報共有をないがしろにして良いことは何もない、という話でした。 原因は2つあり、1つは「余裕のなさ」、もう1つは「減点評価に起因する保身」です。 自分の仕事で手一杯、他メンバーやチームのことまで気が回らない!というのは、もっともな話です。 しかし、周囲に注意を払って お互いにアドバイスし合う程度であれば、時間をかけずにできるのではないでしょうか?必ずしもタスクを引き受けて手を動かす必要はないのです。 例えば、自分の担当作業を進める過程で、ちょっとした気づきが得られた場合に、翌日の朝会で 「みなさん、これってどうでしたっけ?」などと発言し合うだけでも、チームの空気は全く違ってきます。 それがきっかけで新たなタスクがアサインされそうになれば、今は受けられない旨をハッキリと伝えればいいだけです。 難しく考える必要はありません。 とはいえ、「見て見ぬフリ」を加速させるもう1つの要因として、組織の行き過ぎた「減点評価」も、根底にあるかと思います。 こう考えたら恐ろしくて誰も動けませんよね。 ここで 必要になるのが、マネージャーによる「仕組み作り」です。 チーム・組織内への周知徹底と、文化の醸成。 口だけでなく、 実際にマネージャーがアクションを起こす必要があるわけです。 担当外の動きに全く興味を示さない態度には、能動的なアクションを促し、積極的に攻める姿勢に対しては、失敗を含め高く評価する姿勢を継続します。 そうすることで、文化を作り上げるのです。 「評価」と一言でいっても、給与だったりポジションだったり望む仕事だったりと、様々な形があり得ますが、次に具体的な「 日常での評価方法」について考えてみましょう。 世間一般のプロジェクトでは、問題が発生すれば、「何が起きた!原因は!いつ直る!類似の問題は他にはないか!『なぜなぜ分析』はやったのか!根本原因の解明!再発防止策は!」などと、怒涛の追求が始まったりします。 問題なくサービスインして当たり前という前提のもと、システムは動いているので、当然だと言えば当然なのですが、普段は何も言わないマネージャーが打ち上げの席でだけ「いやー、今回はよくがんばったね!よかった!」という光景を、よく見てきました。 成功して当たり前、問題が発生したらマイナスポイント。 これって典型的な減点評価に似てません? やはり「見て見ぬフリ」の話と同様、評価する文化を作る上で、 マネージャーには日常の中で「評価のフィードバック」を行う力が必要なのだと僕は考えます。 評価と言っても堅苦しいものではなく、端的に言えば、 良いものについて「イイネ!」と言い、「君が必要なんだ!」と伝える力です。 そこで一番必要となるのが「褒める力」です。 口で言うのは簡単ですが、これがまた難しいんですよね。 心にも思っていないものについて頭で計算して褒めたとしても、一瞬で見透かされてしまいますから、 心から「素晴らしい!イイネ!」と思ったもの限定で褒める必要があります。 個人差があるかもしれませんが、僕は比較的「コレ良いじゃん!」と思ってしまう単純なタイプなので、それほどは苦労しないのですが(メンバーがどう思っているかは、また別の話ですが……)、人によってはなかなか心から褒められない、難しい、という人も多いかもしれませんね。 そういった褒めることが苦手な人は、日頃から「人の良いポイント」に目を向ける習慣を持つと良いかもしれません。 とはいえ、 やたらめったら褒めてもウソっぽくて逆効果ですし、 褒められると天狗になってしまう、面倒クサイ人たちもいるので、簡単な話ではありませんが……。 「コミュニケーション」という言葉、至るところで見聞きしますよね。 この記事中でも何度か使用しているこの言葉、ありきたりのフレーズに聞こえてしまうので、あまり使いたくないのですが、やっぱり最終的には「コミュニケーション=人」が全てなのです。 人と人とのコミュニケーションが仕事の成果の9割を決めるのです。 これに職種・業種は関係ありません。 成果・報酬を得ることだけが仕事の目的ではないと、僕は思います。 自己実現、やりがい、それもあるでしょう。 ただ、それ以上に。 人生の最期に仕事を振り返ったとき、思い出されるのは結局そういうことなのかな、と、最近はそんなことを考えてます。 日々、やわらかい組織で、面白く、楽しく仕事ができたら最高ですね!.

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弟「嫁がウワキしてる」俺「話し合って。離婚するかはお前が決めること」→義妹『離婚して欲しいの!』俺「有責なのに言えた立場か!」義妹『違うの』俺「えっ」→結果…

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」が28巻分無料で読めるようになっている。 無料公開は2020年4月5日までなので、まだ読んだことがない人は時間があるときにまとめて読んでほしい。 「ハイキュー!! 」を一言で表現するなら、 「ど真ん中の青春スポーツ漫画」だ。 主人公の名前は日向翔陽。 幼い頃にテレビで見た「小さな巨人」に憧れてバレーを始めた。 190cm近い選手の上から次々とスパイクを決める身長170cmの「小さな巨人」の姿を見て、日向は心を震わせたのだ。 彼のようになりたいと思ってバレーを始めたが、中学校にバレー部はなかった。 助っ人をかき集めて出場した最後の大会では1回戦目で優勝候補の中学と当たってしまう。 誰よりもたくさん試合がしたいのに、負けてしまってコートに立てなかった。 『ハイキュー!! 』第1話より そして中学を卒業し、烏野(からすの)高校に進学した日向翔陽。 そこで出会ったのは中学最後の試合で自分をコテンパンにした憎きライバル、天才セッターの影山飛雄であった。 スラムダンクに例えるなら流川楓と桜木花道のように犬猿の仲とも言える二人だ。 でも日向は影山がいれば、壁(=ブロック)の向こうの景色が見える。 影山がドンピシャで最高のトスを上げてくれるから。 影山も同じで、日向だけは、自分の高速トスについてこれる。 仲は悪そうでも、コートの上ではお互いに信頼している。 それがスパイカーとセッターの関係だ。 後に彼らは言う。 「俺がいればお前は最強だ!」 俺がいればお前は最強だ! 日向と影山のコンビが全国の猛者共を驚かせるところまでも無料で読めてしまうので、「俺がいればお前は最強だ!」がどんな場面で発せられたのかもぜひ追いかけてみてほしい。 ここから先は『ハイキュー!! 』の何が面白いのかをさらに紹介していく。 名言が多くて泣ける 『ハイキュー!! 』には1話に1つは必ず「良いセリフ」が入ってくる。 当然全ての話が「泣かせてくる」わけではないが、作者の価値観が素晴らしいのか、自分に合っているからなのか、とにかくセリフが胸に響くのだ。 『ハイキュー!! 』は登場人物それぞれに個性がある。 個性がある登場人物がたくさんいて、それぞれのキャラが立っている。 だから『ハイキュー!! 』を読むと、読者が感情移入できるキャラが必ず一人は見つかるはずだ。 たとえば、烏野高校が全国に出場し、自らの凡庸さに気付いてしまった田中龍之介。 なかなかスパイクが決まらないときに、彼は考えた。 』は人生で大切なことを教えてくれる。 というと大げさかもしれないが、少なくとも人生を前向きに生きていくための勇気をくれる。 至るところに名言が溢れていて、そのセリフの「見せ方」もうまい。 だから『ハイキュー!! 』は読んでいて心に響くし、泣ける。 負けたときこそ『ハイキュー!! 』を読み返してほしい 『ハイキュー!! 』は負けたときのセリフもいい。 作者の古舘春一さんが中学・高校時代にバレーで良い成績を残せなかったことが影響しているのだろうか。 僕はいつも負けっぱなしで、時々とても悲しくなることがあるけれど、『ハイキュー!! 』を読むと元気になれる。 人生何度も何度も勝負に負ける。 失敗することもある。 ヘコむこともある。 絶望することもある。 目の前が暗くなって、悔しくて、どうしていいかわからなくことがある。 それでも、大げさかもしれないけれど、ハイキューを読めばきっと前向きな気持ちになれる。 明日からまた頑張れる。 何かに負けたときに読み返したい言葉がたくさんあるから。 負けは今の力の認識であっても 弱さの証明ではない 「負けは今の力の認識であっても 弱さの証明ではない 君たちの何も ここで終わらない これからも 何だってできる!!! 下を向いてくじけてしまいそうな場面がたくさんある。 そんなときは『ハイキュー!! 』読んで、元気だそう。 登場人物の人間関係が良い 『ハイキュー!! 』は登場人物同士の人間関係も良い。 日向と影山のライバル関係も見所だが、個人的にはリベロ・西谷夕とエースの東峰旭のやり取りが泣けた。 『ハイキュー!! 』ファンなら誰もが涙した伝説のワンシーンだ。 日向と影山がバレー部に入部する前、烏野高校にはエースがいた。 東峰旭だ。 しかしある試合で旭のスパイクは全く通用せず、何度も何度も敵にブロックされてしまい、自信を失ってしまったのだ。 ブロックされているうちにトスを呼ぶのが怖くなった。 トスを呼ぶのが怖くなった旭 「俺がいてもチームに迷惑かけるだけだから... 」 自信をなくした旭は部活に顔を出さなくなる。 そんな旭と揉めて、天才リベロの西谷も(一時的に)部活に来れなくなった。 リベロは攻撃に参加できない。 守備專門のスペシャリストだ。 天才リベロの西谷は言った。 部活に来なくなった旭だが、バレーへの愛が冷めたわけではない。 スパイクの感触はずっと覚えていた。 自信だけがなかった。 そんな旭は、良い意味で空気を読まない日向に呼ばれて、バレー部の練習試合に顔を出す。 「おれ、エースになりたいから本物のエース生で見たいです!」 日向に呼ばれて成り行きで部活に参加した東峰旭。 試合の中で自分の本音に気付く。 「何回ブロックにぶつかってももう一回打ちたいと思うよ」 何回ブロックにぶつかってももう一回打ちたいと思うよ 西谷は笑う。 ボールが床に落ちる。 部活に来れない間ずっと。 西谷はずっと、ブロックフォローの練習をしていたのだ。 エースを助けられるように。 もう一度トスに繋げられるように。 壁に跳ね返されたボールも 俺が繋いでみせるから だから、 だからもう一回トスを呼んでくれ!エース!! 「だからもう一回トスを呼んでくれ!! エース!! 」 ハイキュー屈指の名シーンだろう。 今、この記事を書きながら僕は泣いている。 西谷の名シーンが第20話。 昔スポーツやったことある人はきっと泣けるし、そうでなくても熱くなる。 「あとで読もうかな」と迷っている人も、せめて20話まで読んでみてほしい。 昔ジャンプで読んで話を忘れた人もこの機会にぜひ。 僕も久しぶりに読んだけど、やっぱり泣いた。 最高に熱くなって、外を走りたくなった。 外出を控えることが推奨されがちな今、『ハイキュー!! 』を引きこもりのお供にしてほしい。

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第61話 対価は俺が決める

俺 が 決める こと に する よ

スポンサーリンク こんにちは、黄色が好きなコウです。 この1年、ずーーーーーっと自分の人生について考えてきて、 やっと1つ決めることができました。 ・生きづらい ・なんで楽しくならないんだろう ・何して生きていけば良いんだろう ・・こうして悩み続けた1年でした。 「自由になりたい、海外に生きたい」 そう言って会社をやめ、 あいりん地区などでパソコンをしまくった2015年。 稼げるようになり、 セブ島で英語を勉強したりサイトを作ったりして、 全部叶えたのに死にたいと思った2016年。 そして自分の人生や、幸せについて考えた2017年。 色々あったけど、 「ありのままの自分を受け入れて、笑顔で生きること」 今この生き方が最高に楽しそうだなって思って、 そういう自分を発信していこうと決めました。 ・自分がしたいことをしている姿 ・着たい服を着ている姿 ・生きる上で考えている事 そういった、色々な面でコウらしい生き方を大切にして、 かっこつけずに我慢せずに、 楽しく発信できたらすごく楽しそう! 自分が好きなことをして生きていれば、 必然的に自分は楽しくて笑顔になるし、 そんな俺から元気をもらえた人は笑顔になっていく。 ・・・それって最高に楽しい人生じゃん! ということです。 今日は、 こう考えるに至った流れ等をまとめるために、 書いてみたいと思います。 自分の人生に悩んでいる人や、 生き方で困っている人は参考にしてみてくださいね。 俺が人生を楽しめていなかった理由 人生を楽しめていない人は、 「やりたいことができていないから楽しめていない」 という人がめっちゃ多いのではないでしょうか。 俺はずっとそうで、 何かをしたいと感じても、 「男なのにこんなことしてたらダサいかなあ・・」 「27歳やのにこんなんで良いんかなあ・・・」 とか周りの目を気にして、 自分がしたいことを我慢していました。 そして、 「将来的に、こうしていたほうが良さそう」 「あの人がしてるから、俺もしたほうが良いだろう」 とか、 自分の意見を持つこともあまりしてこなかった。 自分の人生の選択は、自分でする 例えば尊敬している人がいるとして、 その人が、 「〜したら良いんじゃないかな」って教えてくれたとする。 それをそのまますれば、 間違いの可能性が低いように感じるかもしれない。 だけど今俺は、他の人の意見も聞くけど、 何よりも「自分がしたいかどうか」という、 自分の気持ちを大切にして生きていきたい。 だからそれよりも、 「自分がやりたい」 という気持ちを感じて、その通りにする。 そうやって自分で決めるのは怖いし、 先ももちろん見えないけど、 自分がやりたいと感じる事を選んだ方が絶対に楽しい。 着たい服を着る。 食いたいものを食う 着たい服を着る。 食いたいものを食う。 こういう基本的なところについても、 自分がしたいと思うかどうかを意識する。 すごく当たり前ぽいけど、 特に「食いたいものを食う」は俺は全然できてなかった。 収入が全く無い頃ならわかるけど、 今はお金がしっかりとあるのに、 食べたいものを食べるという事をかなりおろそかにしていた。 「飯はお腹が膨れれば良いから、3食やよい軒でもいい」 ・・・さすがに飽きるっちゅうねん。 というか自炊する道具すらほぼ持ってなかったし、 冷蔵庫すらもなかった。 (やっと買いました) 自分が食いたいものを食いまくった 自分の本当の気持ちを大切にする事を目的として、 今年の8、9月くらいから、 食いたいものを食うってのをしてた。 「今日は何が食いたい?」 「肉!寿司!」 最初はこの2つがいつも頭に出ていた。 それで、 一人でだったら絶対に行かなかったであろう、 「ステーキ屋」に何回も行った。 やよい軒だったら一回の食事で600円〜800円くらいで済むところを、 1回2000〜3000円かかる。 ちょっと前なら、 「一人だけで、しかも1回お腹膨らせるためにいくとかお金もったいない!」 ってめっちゃ思ってただろうし、 そもそもいこうなんて思わなかっただろう。 だから、やよい軒ループから抜けて食べたいものを食べるのが、 はじめはかなり怖かった。 お金があるのに、すごく怖かった。 昔から節約は正しいという価値観がこびりついていたし、 起業当初は100円マックだけとかしてたから、 かなりこじらせていた。 そうやって不安に感じていたけど、 俺の中で大切なのは、 「俺の心が望むことをすること」 だし、そうするって決めたから、 ステーキを食べてみることにした。 ステーキ屋ではメニューも色々あるけど、 俺が食べたいと思ったのは、一番高いやつ。 もったいない気はしたし、 やっぱりお金が怖かったけど、それでも頼んだ。 そして実際にステーキを食べたら・・・ 嬉しすぎて美味しすぎて感動して、ちょびっと泣いちゃった・・。 😂 自分でも、まさか泣くとは!!ってびっくりしたけど、それだけ嬉しかった。 起業後は特に、我慢が当たり前になっていたから、 久しぶりに自由にできて、こんなにも嬉しかったんだろう。 我慢は良くない。 人生1回だけなのに、 もったいないからって食べたくないものを食べてたり、 節約ばっかりしてたらおもしろくないよね。 お金の使い方が分かった瞬間だった。 お金は、自分がしたいことに使うもの。 未来が不安で、失くすことが怖くて使って生きても何も楽しくない。 でもワクワクすることに使うって考えたら、想像するだけで楽しくなるってことがわかった。 モツ鍋大好き。 したいことを素直にする人生を生きる 「〜をしたい!」って感情はみんな持ってるよね。 だけどそれができないでいる時は、何らかの思いがそれを止めている。 ・お金がなくなったらどうしよう ・人にバカにされたらどうしよう ・失敗したらどうしよう ・・・エトセトりゃ。 そういう言い訳が出てきて、 やりたいことができない。 これはすごくもったいないし、 やりたいことをしてないから、もちろん生きていても楽しくない。 そんな人生を生きるのは俺はもう嫌だし、やめた。 新しいこと、やりたいことをするのって本当に楽しいし、 これからも意識して生きていく。 ご飯が大好きになった 他にも回らない寿司に一人でいくという経験も初めてしたり、 3ヶ月くらい毎日、 食べたい物を食べるっていう生活を送ったんだけど、 そしたら、 「ご飯を食べること」が大きな趣味になった! 美味しい料理を食べるって、ほんと最高だあああああ! って忘れてたというか、初めて腑に落ちた。 ご飯が好きじゃない自分が強いと思ってた 人生の中で、 ご飯への興味が薄い自分に疑問は全く持たなかった。 それに、高いものとか食べたいものを食べないでも生きられる俺が、 かっこいいって思ってた。 軟弱じゃない、ストイックな男だって。 (・・・原始時代でもあるまいし。 可愛いやつだなあ。 ) そんな自分の気持ちはすごくわかるけど、 好きなものが多い方が単純に人生がすごく楽しいから、 今の俺は好きなご飯を食べる人生の方が好きだ。 あとご飯が好きだと、 女の子と話す時のネタとしてもめっちゃ良い笑 ご飯回になってるけど、 ここで言いたいのは、 「俺は、自分がしたいと思うことを素直にするのが、一番楽しい」 ということ。 今の俺の価値観はこうなってる。 そして、高いものが良いって言ってるんじゃなくて、 その時食べたいものを食べるってことが好き。 もちろんやよい軒も大好き。 サバの塩焼き大好き。 ご飯が好きだと、毎日毎食が楽しみになる。 これはすごく大きな気付きだった。 自分がしたいことをするのは楽しいし、 必然的に笑顔で生きることができる。 って言うだけなら簡単だけど、 実際にやるとなったらけっこう難しい。 したいことをするのは時にすごく難しい 今までもずっと、 楽しく生きたい、自分のしたいことをして生きたいって思ってた。 だけど実際にそれをしようってなったら、 自分が気にしている事が頭に出てきて、すごく怖くなったりする。 そしてそれを気にしてやりたい事ができなかったら、 生きていても楽しくないってなる。 俺はそういうループになってたんだろうなって。 だから逆に言うと、 やりたいことをして生きれてるってことは、 すでに自分を認めて生きている事になる。 まとめ:やりたい事をして生きている事はすなわち、自分を認めている事 だからやりたい事をして、 笑顔で生きていきたい。 そしてそれは結果的に、 同じように生き方に悩んでいる人を笑顔にする事に繋がるんだろうって思ってる。 自分が笑顔で楽しく生きてたら、 なんか知らんけど周りのみんなも笑顔になる。 そんな人生、最高に楽しそうじゃん。 って思った! 俺はブログの更新数にすごくムラがあって、 それはつまり、すごく怖かったんだ。 俺は自分の性格に好きじゃないところがあったり、 嫌われるのが怖かったりしてた。 そして今の俺もまだ怖いけど、 自分の言葉を発信したいって思うし、 自分を受け入れて笑顔で生きるのが楽しそうだと思ってる。 だから、ブログを書く。 自分の人生哲学、してること、好きな服、笑顔などを発信していく。 できるだけかっこつけずに、我慢せずに。 これが俺に合ってるかどうかは、 このまま動いて色んな人と関わったり感じて、知っていけたらと思う。 最後に:自分を褒めてみよう 最近、自分の事をめっちゃ褒めてる。 「コウは今日もかっこいいねえ」 「かっこいいだけじゃなくて可愛いねえ」 「性格もすごくいいね!」 これしてたらほんとに楽しくなってくるよ! 俺は、俺の顔が好きだ。 俺は、俺の服装が好きだ。 俺は、俺の体型が好きだ。 俺は、俺の笑顔が好きだ。 そして俺は、俺の性格が好きだ。 これからは、 もう少しフットワーク軽く、どんどんやりたい事をする。 ) ではでは、 ここまで読んでいただいた方、ありがとうございました。 (現在チリにいます。 ・フィリピンのセブで語学学校に3ヶ月通学 ・バンクーバーにて1年間のワーホリ ・ヨーロッパ・アメリカを4〜5ヶ月一人旅 ・グアテマラにてスペイン語を1ヶ月ほど勉強 ・チリのホステルにてチリ人おばちゃんとマネージャーとバトル ・チリのエアビアパートにて別のチリ人おばちゃんとバトル ・チリの企業でインターン 英語+スペイン語 ・現在ほぼ何もしていない 外国人との交流・英語が好きです。 スペイン語も学んでいます。 チーズ カマンベールが一番 ・ハム・食パン・ヨーグルト・コーラがあればとりあえず満足します。 一応僕の.

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