石原プロ 解散。 石原プロ来年1月に“解散” 裕次郎さんの妻・まき子さんが発表「遺言を実行いたしました」(2020年7月17日)|BIGLOBEニュース

石原プロが解散へ!渡哲也や舘ひろしって現在は何してるの?

石原プロ 解散

7月17日に行われる「石原裕次郎三十三回忌」を目前にして、名門の石原プロモーションが揺れている。 「『石原軍団はもう解散する』と書かれていたのですが、事務所の今後については話し合いを続けている段階で、解散はまだ決定事項ではないんです」 石原プロモーションの関係者がこう憤りをぶつけるのは、4月16日に発売された「女性自身」の記事に対してだった。 所属事務所で相談取締役を務める渡哲也(77)が石原プロの解散を決断したという内容で、酸素吸入器をつけて外出している時の写真まで掲載されたのだ。 「記事について渡さんは、『ほうっておけ』と憤りを抑えていましたが、怒り心頭だったのは、渡さんを『親方』と慕う舘ひろしさん(69)や神田正輝さん(68)ら石原軍団のメンバー。 記事の内容もそうですが、自宅近くで、療養中の渡さんに取材したことも許せなかったのです」(石原プロ関係者) 舘らが体調面を心配するように、渡は15年6月に急性心筋梗塞で手術を行い、現在は呼吸器疾患などで闘病生活を送っている。 「現在は自宅で療養しながら定期健診で通院し、理学療法士の指導を受けながら体力回復のためにスクワットやエアロバイク、ストレッチによるリハビリを行っているそうです。 体の調子がいい日には石原プロの事務所にも出社していると聞きました」(スポーツ紙記者) 65年に日活映画「あばれ騎士道」でデビューして以来、スター街道を歩んできた渡だったが、映画は05年「男たちの大和/YAMATO」(東映)に出演したのを最後に、テレビドラマは13年9月放送の「十津川警部シリーズ」(TBS系)にゲスト出演して以降、俳優業は休業状態のままだった。 「肺炎を患って入退院を繰り返していた津川雅彦も、日常生活で酸素吸入器が欠かせなかった。 その津川が昨年8月に退院予定を目前にして心不全で亡くなった時は、自分と重なる部分があったのか、相当ショックを受けていたそうです」(芸能プロ関係者) そんな状況下でも、故・石原裕次郎が70年から87年まで出演し、そのバトンを受け取った宝酒造「松竹梅」のCM撮影は続けていた。 「毎年秋頃に新CMの収録を行っていますが、昨年は撮影前にちょっとピリついていて、マスコミの現場取材をシャットアウトしました。 春先に一部週刊誌に酸素吸入器など健康面について書かれたことで、周囲にその姿を見られたくなかったそうです。 撮影は体調を考慮して2日間に分けられ、舘も陣中見舞いに訪れていました」(スポーツ紙記者) 事務所の実質トップである渡の体調が思わしくないことから、マスコミの間では数年前から「解散」がささやかれることとなる。

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「石原プロ」が2021年の1月に解散へ 関連会社も清算済みと報道

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石原プロは1963年に設立され、裕次郎自身が社長に就任。 渡哲也や舘ひろしが合流し、所属タレントたちは「石原軍団」と呼ばれるようになったのは知られた通り。 裕次郎亡き後も事務所は存続となったが、これには異論もあったようだ。 石原プロ関係者はこう振り返る。 それでも、これまで女性誌などで幾度も「解散説」が報じられてきたが、今回、それが最終決定されたという。 「会社を完全に閉じるのは来年1月頃の予定。 その際、会見を開くことは今のところ考えていません」(同) そのきっかけの一つになったと目されるのが、昨年の裕次郎の「弔い上げ」だ。 「昨年、横浜の総持寺で裕次郎さんの三十三回忌の法要が営まれた際に、まき子さんから『今年をもって弔い上げとします』との話がありました」(同) 実際に石原プロの関連会社の登記簿謄本を確認しても、解散への準備が着々と進んでいることがうかがえる。 例えば、「石原音楽出版社」の登記簿の目的欄には、この7月3日付で「石原裕次郎の遺品の維持管理、展示及び賃貸」という一文が加わり、また「石原インターナショナル」の登記簿を見ると、同じく7月3日付で「清算結了」したことが分かる。 昨年には「石原ミュージック」の清算も行われ、現在も残っているのは石原プロと石原音楽出版のみ。 石原家のことを知る芸能関係者によると、 「石原プロを解散した後は、石原音楽出版に一本化して、版権収入やカラオケの歌唱印税の管理などをすることになるでしょう」 こうした動きの背景には、まき子夫人と養子縁組した甥っ子の存在も見え隠れする。 7月16日発売の週刊新潮では、残された内部留保金25億円の行方と共に詳しく報じる。 「週刊新潮」2020年7月23日号 掲載 新潮社.

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「石原プロ」解散へ 裕次郎の“弔い上げ”機に…関連会社も精算済み(デイリー新潮)

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故・石原裕次郎が設立し、個性豊かな「石原軍団」のエピソードに彩られた「石原プロモーション」が、その歴史に幕を下ろそうとしている。 いくつかの関連会社はすでに清算され、来年1月頃の「解散」に向けての準備が進められているという。 *** 石原プロは1963年に設立され、裕次郎自身が社長に就任。 渡哲也や舘ひろしが合流し、所属タレントたちは「石原軍団」と呼ばれるようになったのは知られた通り。 裕次郎亡き後も事務所は存続となったが、これには異論もあったようだ。 石原プロ関係者はこう振り返る。 それでも、これまで女性誌などで幾度も「解散説」が報じられてきたが、今回、それが最終決定されたという。 「会社を完全に閉じるのは来年1月頃の予定。 その際、会見を開くことは今のところ考えていません」(同) そのきっかけの一つになったと目されるのが、昨年の裕次郎の「弔い上げ」だ。 「昨年、横浜の総持寺で裕次郎さんの三十三回忌の法要が営まれた際に、まき子さんから『今年をもって弔い上げとします』との話がありました」(同) 実際に石原プロの関連会社の登記簿謄本を確認しても、解散への準備が着々と進んでいることがうかがえる。 例えば、「石原音楽出版社」の登記簿の目的欄には、この7月3日付で「石原裕次郎の遺品の維持管理、展示及び賃貸」という一文が加わり、また「石原インターナショナル」の登記簿を見ると、同じく7月3日付で「清算結了」したことが分かる。 昨年には「石原ミュージック」の清算も行われ、現在も残っているのは石原プロと石原音楽出版のみ。 石原家のことを知る芸能関係者によると、 「石原プロを解散した後は、石原音楽出版に一本化して、版権収入やカラオケの歌唱印税の管理などをすることになるでしょう」 こうした動きの背景には、まき子夫人と養子縁組した甥っ子の存在も見え隠れする。 7月16日発売の週刊新潮では、残された内部留保金25億円の行方と共に詳しく報じる。 「週刊新潮」2020年7月23日号 掲載•

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