丹後へつかはしける人は参りにたりや。 小式部内侍が大江山の歌の事 現代語訳・品詞分解ひと目でわかる

日本古典文学摘集 古典を読む 古今著聞集 巻第五 第六 和歌 四十二 第一八三段 を読み解く

丹後へつかはしける人は参りにたりや

一 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 (宇治拾遺物語・夢買ふ人) 昔、備中国に群司ありけり。 それが子に、ひきのまき人といふ、ありけり。 国守の御子の太郎君のおはする アなりけり。 年は十七、八ばかりの男にておはしけり。 A心ばへは知らず、容貌は清げ イなり。 人 四、五人ばかり B具したり。 「これや夢解きの女のもと」と問へば、御供の侍、「これにて候ふ」と言ひて来れば、まき人は上の方の内に入りて部屋のあるに入りて、穴よりのぞきて見れば、この君入り給ひて、「夢をしかじか見つる ウなり。 いかなるぞ」とて語り聞かす。 女聞きて、「よにいみじき夢エなり。 返す返すめでたく御覧じて給ふ。 問二 波線部ア~オの「なり」のうち、他と文法的に異なるものを一つ選びなさい。 問三 二重傍線部A~Cの意味を答えなさい。 宇治拾遺物語・夢買う人(2) 二 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 さらば、おはしつる君のごとくにして入り給ひて、その語られつる夢を、つゆも違はず語り給へ」と言へば、まき人喜びて、かの君のありつるやうに入り来て、夢語りをしたれば、女同じやうに言ふ。 問二 波線部ア、イの敬語について、敬語の種類と、誰から誰への敬意かを答えなさい。 問三 二重傍線部の意味を答えなさい。 宇治拾遺物語・夢買う人(3) 三 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 されば、夢取ることは、げに イかしこきことなり。 A夢を取られざらましかば、大臣までもなりなまし。 されば B夢を人に聞かすまじきなりと言い伝へける。 問二 波線部ア、イの「かしこき」の意味を、それぞれ答えなさい。 問三 二重傍線部A、Bを現代語訳しなさい。 宇治拾遺物語・漁師、仏を射ること(1) 六 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 (宇治拾遺物語・猟師、仏を射ること) 昔、愛宕の山に、久しく ア行ふ聖ありけり。 イ年ごろ行ひて、坊を出づる事なし。 西の方に猟師あり。 この聖を貴みて、常にはまうでて、物奉りなどしけり。 久しく参りざりければ、餌袋に干飯など入れて、まうでたり。 聖悦びて、日ごろのおぼつかなさなどのたまふ。 その中に、居寄りてのたまふやうは、「この程いみじく貴き事あり。 この年ごろ、他念なく経をたもち奉りてある験やらん、この夜ごろ、普賢菩薩象に乗りて見え給ふ。 今宵とどまりて拝み給へ」と言ひければ、この猟師、「世に貴き事にこそ候ふなれ。 さて聖の使ふ童のあるに問ふ、「聖のたまふやう、いかなる事ぞや。 おのれも、この仏をば拝み参らせたりや」と問へば、童は、「五六度ぞ見奉りて候ふ」といふに、猟師、我も見奉る事もやあるとて、聖の後に、いねもせずして起き居たり。 九月二十日の事なれば、夜も長し。 問二 二重傍線部ア~ウの意味を答えなさい。 問三 波線部について、誰のどういうことを指して「おぼつかなさ」と言っているのか説明しなさい。 宇治拾遺物語・漁師、仏を射ること(2) 七 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 (宇治拾遺物語・猟師、仏を射ること) 聖泣く泣く拝みて、「いかに、ぬし殿は拝み奉るや」と言ひければ、「いかがは。 この童も拝み奉る。 谷へとどろめきて、逃げ行く音す。 聖、「これはいかにし給へるぞ」と言ひて、泣き惑ふこと限りなし。 男申しけるは、「 イ聖の目にこそ見え給はめ、我が罪深き者の目に見え給へば、試み奉らんと思ひて、射つるなり。 実の仏ならば、 ウよも矢は立ち給はじ。 されば怪しき物なり」といひけり。 夜明けて、血をとめて行きて見ければ、一町ばかり行きて、谷の底に大なる狸、胸より尖矢を射通されて、死して伏せりけり。 聖なれど、無知なれば、かやうに化されけるなり。 猟師なれども、おもんぱかりありければ、狸を射害し、その化をあらはしけるなり。 問二 二重傍線部ア~ウを現代語訳しなさい。 問三 波線部について、何が「罪深き」なのか説明しなさい。 宇治拾遺物語・藤大納言忠家もの言ふ女、放屁の事 八 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 (宇治拾遺物語・藤大納言忠家もの言ふ女、放屁の事) 今は昔、藤 とうの 大納言忠家 ただいへ といひける人、いまだ A殿上人に Bおはしけるとき、美々しき色好みなりける女房ともの言ひて、夜ふくるほどに、月は昼よりもあかかりけるに、堪へかねて、御簾 みす をうちかづきて、長押 なげし の上にのぼりて、肩をかきて、引き寄せ1られけるほどに、髪をふりかけて、「あな、さまあし」と言ひて、くるめきけるほどに、 Cいと高く鳴らしてけり。 女房はいふにも堪へず、くたくたとして、寄り臥し 2にけり。 この大納言、「心憂きことにもあひぬるものかな。 世にありても ア何にかはせん。 出家せ 3ん」とて、御簾の裾をすこしかきあげて、ぬき足をして、 イ疑ひなく、出家せんと思ひて、二間ばかりは行くほどに、そもそも、その女房過ちせ 4んからに、出家すべきやうやはあると思ふ心またつきて、ただただと、走り出で 5られにけり。 ウ女房はいかがなりけん、知らずとか。 設問 問一 傍線部1~5の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。 問二 二重傍線部Aについて、 (1)読みを平仮名・現代仮名遣いで答えなさい。 (2)「殿」とはどこか、答えなさい。 問三 二重傍線部Bについて、敬語の種類と、誰から誰への敬意なのかを答えなさい。 問四 二重傍線部Cはいくつの単語から成立しているか答えなさい。 問五 波線部ア~ウを現代語訳しなさい。 問六 本文中に、「 」がつけられていない大納言の心中描写が二箇所ある。 後者の最初と最後の5文字を答えなさい。 宇治拾遺物語・博打の子、聟入の事(1) 九 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 その夜になりて、裝束など人に借りて、月は明かかりけれど、顔見えぬやうにもてなして、 B博打ども集まりてありければ、人々しくおぼえて、心にくく思ふ。 いかがせんと思ひめぐらして、博打一人、長者の家の天井に上りて、二人寝たる上 3の天井を、ひしひしと踏みならして、いかめしく恐ろしげなる声にて、「天の下の顔よし」と呼ぶ。 家の内の者ども、いかなることぞと聞きまどふ。 聟、いみじくおぢて、「おのれをこそ、世の人、『天の下の顔よし』といふと聞け。 「これはいかにいらへつるぞ」と言へば、「 C心にもあらで、いらへつるなり」と言ふ。 鬼のいふやう、「 Dこの家のむすめは、わが領じて三年になりぬるを、汝、いかに思ひて、かくは通ふぞ」と言ふ。 ただ御助け候へ」と言へば、鬼、「いといと憎きことなり。 一言して帰らん。 汝、命とかたちと、いづれか惜しき」と言ふ。 聟、「いかがいらふべき」といふに、舅、姑、「 E何ぞの御かたちぞ。 命だにおはせば。 イ『ただかたちを』とのたまへ」と言へば、教へのごとくいふに、鬼「さらば吸ふ吸ふ」と言ふ時に、聟、顔をかかへて、「あらあら」と言ひて、臥しまろぶ。 鬼はあよび帰りぬ。 設問 問一 傍線部1~3の「の」の用法を答えなさい。 問三 二重傍線部A~Eを現代語訳しなさい。 問四 波線部アについて、「昼ゐるべきほど」とは具体的にはどういうことか、説明しなさい。 問五 波線部イについて、「ただかたちを」の後に省略されている言葉を補って現代語訳しなさい。 宇治拾遺物語・博打の子、聟入の事(2) 十 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 (宇治拾遺物語・博打の子、聟入の事) さて「顔はいかがなりたる、見ん」とて、紙燭をさして、人々見れば、目鼻ひとつ所にとり据ゑたるやうなり。 聟は泣きて、「ただ、命とこそ申すべかりけれ。 かかるかたちにて、世の中にありては何かせん。 1かからざりつるさきに、顔を一度見え奉らで、 2おほかたは、かく恐ろしきものに領ぜられたりける所に参りける、過ちなり」とかこちければ、舅、いとほしと思ひて、「このかはりには、我が持ちたる宝を奉らん」と言ひて、 3めでたくかしづきければ、嬉しくてぞありける。 「所の悪しきか」とて、別によき家を造りてすませければ、いみじくてぞありける。 設問 問一 傍線部1を、具体的な内容がわかるように現代語訳しなさい。 問二 傍線部2を現代語訳しなさい。 問三 傍線部3を現代語訳しなさい。 問四 この文章(その1も含む)の主題を、簡潔に説明しなさい。 宇治拾遺物語・保昌と袴垂 十一 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 (宇治拾遺物語・保昌と袴垂) 昔、袴垂とて、いみじき盗人の大将軍ありけり。 いよいよ笛を吹きて行けば、試みむと思ひて、足を高くして、走り寄りたるに、笛を吹きながら見返りたる気色、取りかかるべくも覚えざりければ、走りのきぬ。 かやうに、あまたたび、とざまかうざまにするに、 エつゆばかりも騒ぎたる気色なし。 希有の人かなと思ひて、十余町ばかり具して行く。 オさりとてあらむやはと思ひて、刀を抜きて、走りかかりたるときに、そのたび、笛を吹きやみて、たち帰りて、「こは、何者ぞ。 」と問ふに、心も失せて、われにもあらで、つい居られぬ。 また、「いかなる者ぞ。 」と問へば、 カ今は逃ぐとも、よも逃がさじと覚えければ、「ひはぎにさぶらふ。 」と言へば、「何者ぞ。 」と問へば、「字、袴垂となむ、言はれさぶらふ」と答ふれば、「さいふ者ありと聞くぞ。 あやふげに、希有のやつかな。 」と言ひて、「ともに、まうで来。 」とばかり、言ひかけて、また、同じやうに、笛吹きて行く。 いづこぞと思へば、摂津前司保昌といふ人なりけり。 家のうちに呼び入れて、綿厚き衣一つを賜りて、「衣の用あらむときは、参りて申せ。 心も知らざらむ人に取りかかりて、汝、過ちすな。 」とありしこそ、 キあさましく、むくつけく、恐ろしかりしか。 いみじかりし人のありさまなりと、捕らへられて後、語りける。 問二 二重傍線部ア~キを現代語訳しなさい。 宇治拾遺物語・秦兼久通俊卿の許に向かひて悪口の事 十二 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 (宇治拾遺物語・秦兼久通俊卿の許に向かひて悪口の事) 今は昔、治部卿通俊卿(ぢぶきゃうみちとしきゃう)、御拾遺を選ばれける時、秦兼久 はたのかねひさ 、行き向かひて、 アおのづから歌などや入ると思ひてうかがひけるに、治部卿、出でゐて物語して、「いかなる歌か詠みたる」といはれければ、「 イはかばかしき候はず。 ただし、けれ、けり、けるなどいふことは、いとしもなきことばなり。 かかる人の撰集承りておはするは、あさましきことかな。 その歌に、人もとひけるとあり、また、宿のあるじなりけれとあめるは。 花こそといひたるは、それには同じさまなるに、いかなれば、四条大納言のはめでたく、兼久がはわろかるべきぞ。 かかる人の撰集承りて選び給ふ、あさましき事なり」といひて出でにけり。 侍、通俊のもとへ行きて、兼久こそかうかう申して出でぬれ、と語りければ、治部卿うちうなづきて、「 クさりけり、さりけり。 問二 傍線部ア、イ、エ、オ、キを現代語に訳しなさい。 問三 傍線部ウとあるが、なぜそのように詠んだのか、説明しなさい。 問四 傍線部カとあるが、なぜそのように詠んだのか、説明しなさい。 問五 通俊によれば、兼久の和歌の欠点はどのようなところにあるのか。 二点にまとめて簡潔に説明しなさい。 問六 通俊が傍線部クのように言ったのはなぜか、説明しなさい。 発心集・侍従大納言成道 十三 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 (発心集・侍従大納言成道) 侍従大納言成道の卿、 アそのかみ九歳にて、瘧病 わらはやみ し給ひけり。 イ年ごろ祈りける某 なにがし 僧都とかやいふ人を呼びて祈らせけれど、 ウかひなく発 おこ りければ、父の民部卿 エことに嘆き給ひて、傍らに添ひゐて、見扱ひ給ふ間に、母君と言ひ合はせつつ、「さりとて、 オいかがはせん。 この度は、 カこと僧をこそ呼ば 1め。 「なほこの度は、僧都を呼び給へかしと思ふなり。 その故は、乳母 めのと などの申すを聞けば、まだ腹の内なりける時より、この人を祈りの師と頼みて、生まれて今九つになるまで、 キことゆゑなくて侍るは、ひとへにかの人の徳なり。 もしこと僧を呼び給ひたらば、たとひ落ちたりとも、なほ本意にあらず。 ク況 いはん や、必ず落ちんこともかたし。 さりとも、これにて死ぬる程のことは ケよも侍らじ。 つひには、さりとも止みな4ん」と、 コ苦しげなるをためらひつつ、聞こえ給ふに、民部卿も母上も、涙を流しつつ、「あはれに思ひよせたり、 A幼き思ひはかりには劣りてけり」とて、またの当り日、僧都を呼びて、ありのままにこの次第を語り給ふ。 「隠し奉る 5べきことに侍らず。 サ御ことをおろかに思ふにはあらねども、かれがなやみ煩ひ侍る気色を見るに、 シ心もほれて、思され 6んことも知らず、 Bしかじかのことを内々に申すを知りて、この幼き者のかく申し侍るなり」と涙をおし拭 のご ひつつ語り給ふに、 ス僧都おろかに思されんや。 その日、ことに信を致し、泣く泣く祈り給ひければ、際やかに落ち給ひにけり。 この君は、幼くよりかかる心を持ち給ひて、君に仕うまつり、人に交はるにつけても、ことに触れつつ情け深く、優なる名を止め給へるなり。 設問 問一 傍線部1~6の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。 問二 二重傍線部ア~スを現代語訳しなさい。 問四 波線部Aについて、何が何に劣ったというのか、簡潔に説明しなさい。 問五 波線部Bの具体的な内容を示す一文を、本文中から書き抜きなさい。 問六 『発心集』の筆者を漢字で書きなさい。 古今著聞集・大江山 十四 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 」と言ひ入れて、局の前を過ぎられけるを、小式部内侍、 B御簾よりなかば出でて、 C直衣の袖をアひかへて、 X 大江山いくのの道の遠ければまだふみもみず天橋立 とよみかけけり。 問二 波線部A~Cの漢字の読みを、平仮名、古典的仮名遣いで答えなさい。 問三 二重傍線部ア、イの意味を答えなさい。 問四 文中のXの和歌から、掛詞を二つ指摘し、それぞれ何と何がかかっているのか答えなさい。 超訳「古今著聞集・大江山」 古今著聞集を現代風にアレンジしたものです。 母がいないと彼女は文章を書けない。 そう噂されている。 母が夫の所用でメキシコに出向いているとき、彼女は雑誌社に急な執筆を依頼された。 恰幅の良い体を持て余したベテランの編集者が 「メキシコに送った依頼の手紙は返信されてきましたか?」 と書斎にいる彼女にチクリと言う。 彼女は書斎から半身乗り出し、編集者のスーツの袖を掴んで 「太平洋を渡る海路は遠いので、手紙を出したとしてもまだメキシコには着いてもいませんよ(編集者なのにメキシコの位置をお忘れですか?)」と反論する。 確かにそれもそうだと慌てた彼は、「それはそうだね」とだけ言って慌てて社に戻った。 彼女はこの一件から即興でものを言えるし文章も書ける才能があると評判になった。 過去と現在は表面的な差こそあれ、人の心は変わりません。 不思議なことに頭の中で話がピタッと決まります。 そのあたとに辞書だけを用いて、口語訳を書き添削してもらってみてください。 口語訳「古今著聞集・大江山」 和泉式部が保昌の妻として同行し(現在の京都府北部の)丹後の国へ下っていた時に、京都で(和歌による紅白戦である)歌合せがあった。 小式部内侍が歌人として選出されて詠むことになったのだが、 定頼の中納言(=偉い官僚)がからかって小式部内侍に、「丹後へ遣わせた使者は戻って参りましたか」と呼びかけて、内侍の部屋である局(つぼね)の前を過ぎて行かれたので、小式部内侍はすだれから半分外に出て、定頼の袖をつかんで、 (私の使者が)(京都のすぐ西の)大江山を越えて(丹後への道中にある)生野へとたどって行く野の道は遠いので、いまだ(丹後の国の名所である)天橋立の地を踏んだこともないので、(私は)母からの手紙を見ていません と詠みかけた。 予想外の秀逸な和歌に驚き「これはどう返したものか……」とだけ言って、返歌もできず、袖を振り払ってお逃げになってしまった。 小式部内侍はこれ以来、歌人としての世の評判が上がってきたという。 古今著聞集・たつみの権守、六波羅にて問注の事 十五 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 (古今著聞集・たつみの権守、六波羅にて問注の事) 松尾の神主頼安がもとに、たつみの権守といふ翁ありけり。 わづかに田を持ちたりけるに、相論のことありて、六波羅にて A問注すべきに定まり 1にけり。 その日になりて出で 2ぬ。 この主は B猛におこがましき者なりければ、いかなることかし出でんずらんと、神主思ひゐたるに、晩頭に、この権の守、神主が家の前を通りけり。 神主呼び入れて、「いかに問注はしなしたるぞ。 」と言ひければ、権守居直りて、過失なげなるけしきにて、「なじかはつかうまつり損じ候ふ 3べき。 これほど道理顕然のことなれば、一々につまびらかに申して候へば、敵口を閉ぢて申す旨なく候ふ。 これほどに心地よく詰め伏せたることこそ候は 4ね。 あはれ、 C聞かせ給ひて候はば、御感は被り候ひなまし。 人々も耳をすましてこそ候ひつれ。 」と、扇開き使ひてゆゆしげにいひければ、神主うちうなづきて、「 Dさては心やすく侍り。 今はこと定まりぬれば、いかなら 5む世までも、件の田は相違ある 6まじ」などいへば、権守 Eとりもあへず、「いや、田におきては早く取られぬ」と言ひたりけるおかしさこそ。 さては、さは何ごとをゆゆしく言ひたりける 7にか。 ふしぎのをこの者なり。 設問 問一 傍線部1~7の助動詞について、終止形と、ここでの活用形及び文法的意味を答えなさい。 問二 二重傍線部A~Eを現代語訳しなさい。 十六 次の古文を読んで、文法及び読解に関する設問に答えよ。 行成少しも騒がずして、 B主殿司を b召して、「冠取りて参れ。 」とて、冠して、 守刀より笄抜き出だして、鬢かいつくろひて、居直りて、「いかなることにて候ふやらん。 」と、ことうるはしく言はれけり。 折しも、 C小蔀より主上 c御覧じて、「行成はいみじき者なり。 」とて、そのたびD蔵人頭空きけるに、多くの人を越えて、なされにけり。 実方をば、中将を召して、「歌枕見て参れ。 」とて、陸奥守になしてぞつかはされける。 やがてかしこにて失せにけり。 実方、蔵人頭にならでやみにけるを恨みて、執とまりて、雀になりて、殿上のE小台盤を食ひけるよし、人言ひけり。 一人は忍に耐へざるによりて前途を失せ、一人は忍を信ずるによりて褒美にあへるたとへなり。 問二 波線部a~cの敬語について、敬語の種類と敬意の対象を答えなさい。 問三 二重波線部A~Eの漢字の読みを、平仮名、現代仮名遣いで答えなさい。 問四 二重傍線部を現代語訳しなさい。

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古文の、会話文中の敬意の対象について

丹後へつかはしける人は参りにたりや

こんにちは、文LABOの松村瞳です。 今回の古典解説は超有名な大江山。 百人一首にも選ばれた、若手女流歌人の物語なんですが、和歌だけだと「へ~、そう」ってだけで終わっちゃうのが、その背景のエピソードを知ると一発で彼女が好きになるというお話です。 レベルは高校一年生程度。 中学生は、高校受験で出た事もある古典です。 しかもこの話。 現代に通じるような問題解決のエッセンスが入りまくっているんですよね。 人間関係に悩んだら古典を学べと言った先人達の言葉は当たっています。 だって、今でもこう言う話、何処でも転がっていそうだもの。 出典は十訓抄。 「じっきんしょう」と読みます。 「じゅ」では無いので気を付けて。 じみ~に試験に出るかもです 十の教訓のお話。 どーしても毎日顔を合わせなきゃいけない、嫌味な先生や先輩、上司、目上の人達を黙らせてやりたい方。 平安時代も同じような苦しみで嫌な思いをした女の子が居ましたよ。 彼女は半端無く強かった。 その強さは、1000年ぐらい語り草になるほど。 そんな女の子の、デビュー戦です。 いかに心もとなくおぼすらん。 」といひて、局の前を過ぎられけるを、 訳 和泉式部が藤原保昌の妻として、夫の転勤に付きそい、京を離れて丹後の国に引っ越しを済ませていた時のお話である。 その頃、京の都で歌合があって、和泉式部の娘である小式部内侍が歌人として選ばれた。 それを聞いた定頼中納言はふざけて、小式部内侍がいる局 小さい部屋 の前に立たれ、「 お母さんが居る 丹後に行かせた召使は、戻ってまいりましたか? さぞ、今は不安で心配でしょうね」と言って、部屋の前を悠々と歩き去ろうとしたところ 解説 これ、さらっ……と読み飛ばしてしまえる簡単な部分なんですが、 背景を知っているととっても面白い。 このお話の主人公は小式部内侍。 若干十五歳前後の今で言うなら、中学校三年生。 一説によると、とっても美少女で世間でも人気だったとか。 しかも、この小式部。 美貌だけでなく、家柄も良いんです。 お母さんは、当時都で大人気の和歌の名手。 和泉式部です。 お母さんもお母さんでとっても美人で、恋多き人であったと同時に、歌が凄く上手かった。 「えっ? たかが、歌で?? 」 そう。 資格試験とか、就職試験とか、昇進試験とか、全部歌が必須。 下手だったら、他がどんなに上手くても出世できない世界です。 家柄が良くても、「あの人、歌が下手で出世したってことは、コネでずるしたのよね」「ああ……お父様、身分が高いから……」「あんなに歌が下手なのにねぇ」と噂になることは避けられません。 今より、地味に厳しいです。 逆に、歌が上手かったら? この世の春ですね。 それだけで天皇や身分の上の方々に気に入って貰えることが沢山あって、出世や給料も思いのままです。 恋愛でモテるのにも、うたのスキルが必須。 容姿よりも、歌です。 平安当時は、イケメン=歌の名手。 美女=歌が上手い、と同義語でした。 当時の美女の三大条件は、歌が上手い、漢詩が読める、髪が綺麗のみっつ。 だからみんな、歌をめちゃくちゃ勉強したんです。 女子力、と言ったら筆頭にくるのは、歌。 現代よりもよっぽど文章能力や表現能力が高いことに価値が置かれていた時代だったのです。 なので、親子で歌が上手かった和泉式部と小式部内侍。 宮中ではとっても目立っていたみたいで、評判の母と子どもだったんです。 で、そのお母さんの和泉式部が家庭の事情で京都に居ない。 そんな時に、京都で歌合のイベントがあったんです。 簡単に言うなら、紅白歌合戦。 チームに分かれて、題材に対して歌を出し合い、皆で優劣を決めるもの。 場合によっては、帝も同席した時もあったそうなので、平安貴族にとっては一大イベント。 もし、ここで良い歌が歌えたなら、出世は思いのまま。 でも、逆もしかりです。 下手な歌を歌ってしまったならば、その場で幻滅されてジ・エンド。 なので、皆必死です。 出来れば、良い歌を歌いたい。 皆に褒められたい。 目立ちたいっ!! そんなよこしまな下心たっぷりな人達にとって、人気女流歌人である和泉式部の娘って言うだけで選ばれた小式部内侍は、はっきり言ってムカつく存在。 「どーせ若いし、お母さんに全部代筆して貰ってるんじゃねーの? 」 って嫌みの一つも言いたくなる。 けど、そこでぐっ……と耐えたり、素直に若者の才能を称賛するのが大人な対応だったんですが、大人に成りきれていない人がここで一人登場します。 自身も有名な歌人である父・藤原公任を持つ、超エリート貴族。 藤原定頼です。 しかも、中納言の地位にもついているので、 今で言うのならば年収二千万~一億くらいの間に居る、高収入の国家公務員。 お父様の手前、歌では失敗出来ません。 歌合は大事なイベントです。 なのに、其処に邪魔ものが一人。 小式部内侍です。 ここで自分が歌で彼女に負けようものなら、立場が無い。 お父さんからも怒られるかも…… だから、つい嫌味を言っちゃったんですね。 わざわざ彼女の部屋の前まで行ってこれ見よがしに嫌味を言うんですよ。 どんだけ彼女が気になるんだよ、定頼中納言…… しっかも言う嫌味も心がせっまいせっまい。 「どーせお母さんの所に泣き付くための使者出したんでしょ? だって、君の歌なんて、全部お母さんの代筆だもんね。 でも、丹波は遠いし、どんなに急いでも間に合わないから今不安だろうねぇ。 ねぇ、どんな気持ちで居るの? 今までズルしてた報いだよねぇ。 いい気味だ」 心、狭すぎる……定頼さん、なんか嫌なことでも前日にあったのかな…… それこそお父さんにプレッシャーかけられたとか、なんとか…… 相手、中3の女の子ですよ……? で、言うだけ言ってすっきりした定頼さん。 悠々と彼女の部屋の前を通り過ぎようとします。 あんた、一体何しに来たんだ…… 嫌味言う為だけに来たんなら、大人として終わってますね そんな心せっまいエリート中納言の定頼さん。 その後訪れる悲劇を今はまだ知りません。 思わずにあさましくて、「こはいかに。 かかる様やはある。 」とばかりいひて、返歌にも及ばす、袖を引き放ちて逃げられけり。 訳 小式部内侍は御簾より半分身体を乗り出して定頼中納言の直衣の袖を掴んで引き寄せ、 大江山を越えて、生野地方 お母さんの居る丹波のこと に行く道は遠いので、私は天橋立 丹後にある名所 をこの足で踏んで渡ってみたこともありませんし、勿論母からの文も見ておりません。 と、即興で歌を詠んだ。 定頼中納言は驚き、余りに意外だったので「これは一体どうした事だ? こんな事があっていいのだろうか、いや、あるはずがないっ!! 」とだけ思わず口から本音が零れ、動揺のあまり返歌すらせずに、小式部内侍に掴まれていた袖をひっぱり、その場からそそくさと逃げて行った。 解説 さて。 小式部内侍の反撃です。 さっすがにこの嫌味には、カッチンっっ!! ときたんでしょうね。 「はっ? 私がカンニングしてるって言うの?? 」 これ、歌が好きで詠んでいる人間ほど、 カッチンとくるはずです。 多分、小式部もお母さんの和泉式部の名声が凄いから、親の七光りだって言われ続けてきたんじゃないかな。 だからこそ、そう言われないようにちゃんと勉強しよう。 ちゃんと頑張ろう。 私の歌は、私のものだって誇りをもって詠んできたんじゃないかなって思うんです。 此処で気の弱い子だったら、俯いて唇をかむんじゃないかな。 多分、定頼中納言が想像した態度も、そんな大人しいイメージだったのかもしれませんね。 でも、小式部内侍は違った。 部屋のカーテン 御簾 の隙間から、手を出して男性の服の裾を掴む。 おい、こら。 ちょっと待て。 勝手に行くなっ!! って、捕まえたシーンなんですが、これ、平安時代の女性の価値観や常識を知っていると、 「えええっっ!!?? 」って驚くシーンなんです。 当時、女性の身体の一部で男性に見せて良い部分は、髪の毛。 しかも、髪の先だけです。 だから、髪が綺麗な事が大事だった 肌や体の一部を見せるのは、旦那様になる男性にだけ。 素顔を見せるなんて、当時の感覚なら全裸で男性の前に立っているようなものです。 それぐらい、身体の一部を見せることは、とんでもないことだった。 ましてや、 日中に男性の服を掴むなんてこと、有り得ない行為です。 たとえるなら…… えーっと、エリートサラリーマン もしくは先生 がすっごい高いスーツ着て嫌味を言って通り過ぎようとしていたところに、制服姿の中高生の女の子 美少女 が、スカートの中が見えるのもお構いなしに、そのサラリーマンの背中目掛けて飛び蹴りくらわした、ぐらいのとんでもないことです。 で、物理的に攻撃をくらわしただけで済んだのなら、定頼さんもここまで狼狽しなかった。 その後が更に小式部は凄かった。 「あのね!! その耳かっぽじって、よーく聞きなさいよっ!! 今からあんたの嫌味を題材に、目の前で歌ってあげるからっ!! 」 で、当時流行りのテクニックだった掛け言葉 一つの言葉に二つの意味を乗せる手法 を二つも入れこんで、完璧に嫌味に対して切り替えす返答を和歌でしました。 彼女の実力が本物であることの、何よりも証拠ですね。 カンペなんか必要ない。 自分の力で、彼女は自分の歌を歌っていただけです。 だからこそ、この嫌味が何よりも腹が立った。 少しくらいはしたない事をしたとしても、どうしてもこの男を黙らせてやりたかった。 自分の得意な歌で。 で、なっさけなかったのが大人の定頼の方。 平安時代、和歌を貰ったら返歌は絶対です。 既読スルーは許されない。 返信が絶対なんです。 なのに、あんまりにも慌ててしまって まぁ、解らなくはないけど……中3の女の子に殴られたようなものだしね 「えっ?? こんなこと、あるはずが無いっ……」 って、動転しまくって返歌もせずに逃げ帰る。 情けないことこの上ないです。 これはうちまかせて、理運の事なれども、かの卿の心には、これほどの歌、ただ今よみ出だすべしとは、知られざりけるにや。 訳 小式部内侍は、この出来事が噂になって、その時から優れた歌人として世の中に評判になった。 このエピソードは、 優れた歌人の親から優れた子どもが産まれるという ごく自然の当たり前の事なのだけれども、定頼中納言の考えではこれほどの和歌を即座に読むことが出来るとは、思ってもみなかったことなのだろう。 解釈 で、後日談です。 このエピソードが宮中で噂になって、小式部の人気がとっても増したそう。 当然ですよね。 逆に株が下がったのは、定頼さん。 このお話は十訓抄の中でも、 『人を侮ってはいけない』という章でまとめられているお話の一つです。 見た目 年齢 や、噂 七光りで得をしている で、人を勝手に評価して侮ったら、後で痛い目みるよ~って教訓なのですが、私はこのお話に込められている教訓はそれだけでは無い気がします。 人から馬鹿にされたり、侮られたり、というのは昔も今も変わらない。 それが無くなることは、恐らくないのでしょう。 残念ながら。 でも、それを嘆くのではなく、小式部内侍は戦った。 自分の得意なもので。 お母さんなど関係ないと磨いてきた能力を、存分に発揮した。 この馬鹿にされた時、彼女が何も能力を持ってなかったならば、黙って俯くしかなかったでしょう。 けれど、そう成らなかったのは 彼女がその陰で膨大な努力をして能力を磨いてきたからです。 だから、馬鹿にされずに済み、その場で即興で自分の実力を示す事が出来た。 それが出来なければ、唯泣くだけだったに過ぎないでしょう。 馬鹿にされたくないのなら。 侮られたくないのなら、実力は必要。 そして、それが何時何どき必要になるか解らないのがこの世の常。 ならば、必要な時に使えるよう、 きちんと爪を磨いでおくべきです。 必要になったら、する。 のではなく、何時でも使えるように準備をしておく。 それが、侮られない為。 気に食わない上司や周囲の人を撃退する為に、人知れず能力を磨いておくことが大事だと、言っているように思えてしまいます。 女子の意地ですね。 そして、七光りで正当に評価されない人達へのエールでもある。 親が偉大ならば、その親を越えるべく努力する必要がある。 そこから逃げるのも、立ち向かうのも自由だけれども、逃げたら周囲から侮られる人生になってしまうよ。 戦う実力を付けようよと、小式部が言っているような気がしてならないのです。 今日は六月三十日。 一年の丁度半分の日です。 一年の半分の穢れを払う、夏越の祓の日。 自分実力を磨くために、悪い習慣 穢れ を見直し、小式部内侍を見習って七月を迎えてみませんか? ここまで読んで頂いてありがとうございました。

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日本古典文学摘集 古典を読む 古今著聞集 巻第五 第六 和歌 四十二 第一八三段 を読み解く

丹後へつかはしける人は参りにたりや

思はずにあさましくて、6「こはいかに。 」とばかり言ひて、7 返しにも及ばず、袖をひきはなちて8 逃げられにけり。 小式部、これより歌よみの世おぼえ出で来にけり。 平安時代中期の歌人。 一条天皇の中宮彰子に仕え、後、藤原保晶の妻となった。 958年〜1026年。 丹後国(現在の京都府北部)など、諸国の長官を歴任した。 武将としても有名である。 和泉式部とその前夫橘道貞との娘。 日本三景の一つ。 一次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。 1 和泉式部 2 丹後 3 歌合 4 小式部内侍 5 局 6 御簾 7 直衣 8 天橋立 二 次の語の意味を辞書で調べよ。 1 歌合 2 遣はす 3 心もとなし 4 おぼす 5 あさまし 三 登場人物を抜き出せ。 また、傍線部1〜12の問いに答えよ。 登場人物 和泉式部 小式部内侍 1 どの部分にどういう関係で続いているか。 2 「 」は誰の言葉か。 また、この言葉を聞いたのは誰でどのように感じたか。 3 「丹後へつかはしける人」とはどんな人か。 「参り」はどこへ参りなのか。 4、5 主語を記せ。 6 「 」は誰の言葉か。 また、どういう気持ちが分かるか。 7 どういうことか。 8 主語を記せ。 四 二重線部1,2の文法問題に答えよ。 1 活用の種類 基本形 活用形 2 結びの語 基本形 活用形 五 口語訳 和泉式部が、保昌の妻として丹後の国に下ったときに、京で歌合があったが、(その娘)小式部内侍が、歌合のよみ手として選ばれてよむことになったが、定頼の中納言が、からかって小式部内侍が局にいたときに、「丹後へおやりになったという使いは戻って参ったか(母上の和泉式部の助けがなくてお困りでしょう)。 」と(局の中へ)声をかけて、局の前を通り過ぎなさったところ、(小式部内侍は)御簾から半分ほど出て、(定頼の着ている)直衣の袖を引き止めて、 大江山・・・大江山、生野という所を通って行く、丹後への道が遠いので、まだ天橋立を訪れたことはございません。 (そのように、母のいる丹後は遠いので、まだ便りもございません。 ) と(定頼に歌を)よみかけた。 (定頼は)思いがけないことであきれて、「これはどういうこと。 」とだけ言って、(当然の作法である)返歌することもできず、(引き止められた)袖を振りきってお逃げになってしまった。 小式部は、このことにより歌人としての世の評判が出て来たそうだ。 袖を振りきり逃げる 定頼の中納言 主題 小式部内侍の歌人としての出発 小式部内侍が大江山の歌 解答 一 1 いずみしきぶ 2 たんご 3 うたあわせ 4 こしきぶのないし 5つぼね 6 みす 7 のうし 8 あまのはしだて 二 1 左右に分かれた両方から出された歌に勝負をつけること。 2 おやりになる 3 気がかりだ 4 おおもいになる 5 以外であきれる気持ちだ 三 登場人物 和泉式部 小式部内侍 定頼の中納言 1 くだりける 主語述語 2 定頼の中納言 誰 小式部内侍 感じ 使いを出していないのに失礼だ 3 小式部内侍が丹後の 和泉式部のもとに送った使者 都へ 4、5 小式部内侍 6 定頼の中納言 小式部内侍の返歌のすばらしさに信じられない気持ち 7 返歌もできない 8 定頼の中納言 文学史 成立 1254年 橘成季編 内容 700話.

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