庵野 秀明 ウルトラマン。 庵野秀明 個人履歴

庵野秀明×樋口真嗣『シン・ウルトラマン』デザイン解禁!斎藤工「自然な生命体」

庵野 秀明 ウルトラマン

参考文献:「DAICON FILMの世界」スタジオT&M/1983年発行 著者私物 円谷プロダクション、東宝、カラーによる劇場映画『シン・ウルトラマン』の製作が1日、公式に発表され、その直後から特撮ファン、映画ファンから大きな反響が巻き起こった。 2016年に公開され、空前の大ヒットとなった『シン・ゴジラ』で脚本・編集・総監督を務めた庵野秀明氏と、監督・特技監督の樋口真嗣氏がふたたびタッグを組んだ『シン・ウルトラマン』では、企画・脚本を庵野氏が、監督を樋口氏が手がけることが明らかとなっている。 怪獣ブームを巻き起こしたウルトラマン 庵野氏は1960年5月22日生まれ。 1966年7月17日に第1話を放送した『ウルトラマン』を6歳のときに観たことになる。 『ウルトラマン』およびその前身となった『ウルトラQ』 1966年 は、『ゴジラ』 1954年 『モスラ』 1961年 『三大怪獣 地球最大の決戦』 1964年 などの東宝怪獣映画で手腕をふるった世界に誇る特技監督・円谷英二氏が、来たるべき"テレビ時代"を見越して1963年に設立した「円谷特技プロダクション」とTBSで共同製作した"連続テレビ映画"である。 『ウルトラQ』が始まるまで、怪獣が大好きな子どもたちの興味は毎年夏と冬に公開される東宝の怪獣映画に集中していたそうだが、毎週テレビ放送され、しかも毎回異なるユニークな怪獣たちが登場する『ウルトラQ』が放送されてからは、怪獣がより子どもたちにとって身近な存在となり、これがきっかけとなって全国的な"怪獣ブーム"が巻き起こったという。 そして『ウルトラQ』の大好評を受けて始まった『ウルトラマン』は、前作以上に「怪獣の魅力」を強く打ち出す方針が定められ、バルタン星人、レッドキング、ゴモラ、ゼットンなど、50年以上もの歳月を経た現在においても子どもたちから愛され続ける驚異的な人気 怪獣 キャラクターが生まれている。 『ウルトラマン』および『ウルトラセブン』 1967年 、『帰ってきたウルトラマン』 1971年 といった「ウルトラマンシリーズ」と呼ばれる作品群は、70年代全般にわたって平日夕方、あるいは早朝に再放送が行われ、しかも人気作品ゆえにヘビーローテーションで放送されることが多く、オンエアで観た世代だけでなく、再放送でウルトラマンを初体験した幼い世代からの支持をも集めていった。 ウルトラマンに憧れて 雑誌やWEBでのインタビューで、庵野氏は少年時代に強い影響を受けた作品として『ウルトラマン』と後続の「ウルトラマンシリーズ」のタイトルを挙げることが多く、実際にも『新世紀エヴァンゲリオン』 1995年 をはじめとするいくつかの監督作品で、ウルトラマンとウルトラマンシリーズを連想させるかのような描写が見え隠れしていた。 もっとさかのぼれば、庵野氏のアマチュア時代の代表作のひとつとして『帰ってきたウルトラマン』 DAICON FILM製作/8mm映画 という、そのものズバリの作品が存在している。 1981年に大阪で開催された「第20回日本SF大会」=通称「DAICON 3」で、今なお伝説的に語り継がれている「オープニングアニメ」を作った青年たちが、SF大会から離れて独自の映像製作チームとして立ち上げたのがDAICON FILMであり、『帰ってきたウルトラマン』は1982年の東京開催「第21回日本SF大会」=「TOKON 8」での上映作品として『愛国戦隊大日本』『快傑のうてんき』と共に製作が行われた。 東映の特撮アクションドラマ『快傑ズバット』 1977年 のパロディである『のうてんき』、そして『太陽戦隊サンバルカン』 1981年 をはじめとする「スーパー戦隊シリーズ」全般のパロディ 撮影当時は『大戦隊ゴーグルファイブ』 1982年 が最新作だった の『大日本』と同様に、『帰ってきたウルトラマン』も8㎜フィルム撮影による"パロディ"作品として製作されたのだが、ストレートにパロディ元の作品を"笑い"の方向へ寄せていった2作品とは異なるアプローチが行われた。 『帰ってきたウルトラマン』 DAICON FILM版 の総監督を務めた庵野秀明氏は1980年に大阪芸術大学映像計画学科に入り、そこで8㎜の短編映画を作ることになった際、かねてから温めていた「誰かが眼鏡をかけると、目から変身して別な誰かに……」というアイデアを活かして『ウルトラマン』という作品を製作した。 ウルトラマンといっても特撮セットやウルトラマンのスーツなどは作らず、近くの広場でウインドブレーカーを着た長身で眼鏡の若者=ウルトラマン 庵野氏 がジャージを着た若者 宇宙人 と格闘するといったシンプルな作品だが、本家円谷プロの『ウルトラマン』を徹底研究し、猛烈な愛を捧げている庵野氏だけあって、本家を模したカメラアングルや高速度撮影 スローモーション 、独特の効果音というテクニックにより、庵野氏がなりきった"ウルトラマン"がいかにもそれっぽく見えるものだったという。 さらに翌年、庵野氏は同じコンセプト 庵野氏自身が"変身後"のウルトラマンを演じる で、科学特捜隊基地やジェットビートル、怪獣のぬいぐるみなどを即興で作り上げ、前回よりもデラックスな作品ということで『ウルトラマンDX』と題した作品を作り上げた。 時期的にはちょうど『DAICON3オープニングアニメ』の製作とバッティングしていたころだという。 これら、庵野氏が学生時代に作っていた短編『ウルトラマン』『ウルトラマンDX』を、とてつもなくパワーアップさせてリメイクした作品こそが、DAICON FILM製作の8㎜映画『帰ってきたウルトラマン』だったのだ。 帰ってきたぞ『ウルトラマン』! 設定は、1971年に円谷プロが製作した『帰ってきたウルトラマン』のものを踏襲しつつ、メカニック描写やMAT隊員コスチュームの部分に『ウルトラセブン』風味を注入し、極めてシリアスで重々しいムードを盛り込もうとしている。 意識的に照明を落としてコントラストを強め、作戦本部の受話器のスキマ越しに隊員の顔を入れ込むなど、『ウルトラマン』『ウルトラセブン』『怪奇大作戦』 1968年 で特撮ファンをうならせた名匠・実相寺昭雄監督からの影響が強く受け取れる画面作りを多用している。 1979年8月発売のLPレコード「テレビ・オリジナルBGMコレクション/冬木透作品集」 日本コロムビア に初収録された『帰ってきたウルトラマン』のNG主題歌「戦え! ウルトラマン」 1コーラスバージョン/作詞:東京一/作曲:すぎやまこういち/歌:団次郎 をオープニング主題歌にしたことも、観る者に強いインパクトを与えていた。 ストーリーは、隕石の中から出現した増殖怪獣バグジュエルとMATチームの戦闘が描かれた後、バグジュエルを殲滅するため核兵器の使用を決断するイブキ隊長と、これに反対するハヤカワ隊員 実はウルトラマン の苦悩……という非常にシリアスな内容。 アマチュア映画であるため役者の演技やセリフ回しに少々難はあるものの、作戦本部のリアリティや発進するマットアロー1号をはじめとするメカニック群の緻密さ メカがすべてペーパークラフトで作られているというのも凄い などは、うるさ型の特撮ファンたちを黙らせるのに十分な空気を築き上げていた。 "東京に核兵器を落とす"という最終局面に対し、主人公がなんとしてでもこれを阻止するべく奔走する……というのは、オリジナル『帰ってきたウルトラマン』第6話「決戦! 怪獣対マット」および『シン・ゴジラ』にも通じる内容であるし、外敵からの攻撃を強靭なバリヤーによって防ぐバグジュエルの戦法は『エヴァンゲリオン』における"ATフィールド"を連想させる。 このようなガチガチのリアルでシリアスな世界で進められていた『帰ってきたウルトラマン』に、いきなりとんでもない"異物感"がもたらされる瞬間、それこそが「ハヤカワ隊員がウルトラ・アイ 黒ブチ眼鏡 をかけてウルトラマンに変身、巨大化」するシーンであった。 あの有名な「右手を大きくあげてグングン巨大化していくウルトラマン」のカットから、両手を前に出して空を飛行する姿、ウルトラブレスレット 腕時計 を投げる動作、怪獣を見つめる朴訥そうなまなざしに至るまで、すべてが"庵野ウルトラマン"によって演じられているのだ。 元ネタの8㎜短編を知っている人なら「ああなるほど」と納得し、笑いが起こるかもしれないが、SF大会や他の上映会などでいきなりこの作品を観た人は「なんでこのウルトラマンは素面なんだろう」と驚き、激しく戸惑ってしまうかもしれない。 しかし、前半でのリアルかつシリアスなムードをまったくゆるめるつもりがないスタッフによって描き出される庵野ウルトラマンの巨大感、重厚かつダイナミックなアクションを見ていくうちに、観客はみな「彼もまた立派な"ウルトラマン"である」と認識していくようになる。 こだわりにこだわりぬいた"ウルトラマンごっこ"の行きついた先は、アマチュア8㎜映画の限界に挑んだかのような大特撮作品だった。 DAICON FILM版『帰ってきたウルトラマン』には、総監督・庵野秀明氏、特技監督・赤井孝美氏をはじめとする1982年当時の"若き映像クリエイター"たちの情熱と才能が焼き付けられている。 ウルトラマンにいまだ熱烈なる愛情をそそぐ庵野氏が企画・脚本を手がけ、盟友・樋口真嗣氏が監督を務めるこんどの『シン・ウルトラマン』は、果たしてどのような内容になるのだろうか。 公開予定とされている2021年には、きっと多くの特撮ファンの期待に十分応えられるような作品が観られるに違いない。 予めご了承ください。 関連記事•

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庵野 秀明 ウルトラマン

大人の世界を垣間見させてくれるような感覚が好きだったんです。 難しい専門用語も普通に使っていましたし、子供におもねっていない作り方をしていたからこそ、今になっても残る作品になっているのではないでしょうか。 また、庵野さんの地球防衛軍的な組織への関心は彼の創作意欲にも強く訴えかけている模様です。 この動画の49分あたりからの内容が『シン・ウルトラマン』を予想する上でとても興味深い内容となっています。 「なぜウルトラ作品では核兵器を使用しないのか? 超兵器R1号等の核兵器っぽい兵器は除く 」という疑問を抱いた岡田さんは、「核兵器が登場する話にしよう!」と提案したそうです。 このアイデアを聞いた庵野さんは大興奮。 ストーリーについての要求も「とにかく核兵器が登場する話をお願いします!」とかなり大雑把に済ませてしまったそうです。 これらのことから『シン・ウルトラマン』では『シン・ゴジラ』同様、人類が巨大生物に対して核兵器を使おうとする展開があるかもしれません。 そしてウルトラマンは人類に核兵器を使用せないために怪獣と死闘を繰り広げることに・・・なるのかも。 かなりきな臭い感じになりそうだな・・・ さらに動画内では興味深いことが語られています。 「あくまでウルトラマンという正義のヒーローを描いているのにそんなアホな・・・」と耳を疑いたかったのですが、この発言・・・全くのデタラメという訳ではないのです。 というのも、アマチュア時代の庵野秀明さん本人がこのような発言をしていたからですッッ! オモシロい過去記事を拾った。 注目すべきは最後の質問「ウルトラマン役はいかがでしたか」という部分です ちなみにウルトラマンは庵野さん本人が演じています。 この質問に対して庵野さんは「物を壊す、MAT基地を壊すのは特に気持ちよかった。 」と答えています。 『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』では基地に軟禁されていたハヤカワ・ケン隊員 正体はウルトラマン がその場でウルトラマンとなり基地を滅茶苦茶に破壊してしまいます。 さらに庵野さんはウルトラマンが戦闘中に街を破壊してしまうことについて「ウルトラマンとしてもどうせ怪獣が 街を 壊してしまうんだから先に壊してヤーイ!っていう気分でしょう。 3分しかないから破壊行為でストレスを解消するという 笑 」、「大義名分のもとに破壊するという代償行為もウルトラシリーズの魅力の一つかも知れませんね。 」と語っています。 よくウルトラマンが戦闘で街を破壊しまくることについて「ウルトラマン来た方が被害大きくなってんじゃねーのwww」といじられることがあり、そのことを自虐的なギャグとして扱った作品 ウルトラマンメビウス も一部存在しますが、「ウルトラマンは大義名分のもとに街を破壊し、ストレス発散している」という解釈はかなり独特ですよね。 実際、『帰ってきたウルトラマン マットアロー1号発進命令』ではウルトラマンが怪獣バグジュエルとの戦闘の中で街を滅茶苦茶に破壊していきます 笑。 『シン・ゴジラ』では国際問題や国内政治、防衛問題などの現代社会を舞台とした社会的なテーマが盛り込まれていました。 『シン・ウルトラマン』は公式に現代社会を舞台とする事が発表されているため、『シン・ゴジラ』同様、重い社会問題をテーマとしてストーリーが展開される可能性が大きいでしょう。 確かにウルトラシリーズでは宇宙人 もしくは地底人等 がらみの移民問題を取り扱ったエピソードが多いです。 初代ウルトラマンでいえばバルタン星人、メフィラス星人のエピソード、ウルトラセブンでいえばノンマルトのエピソード等々・・・挙げだすとキリがありません。 『シン・ウルトラマン』に登場するウルトラマンの設定・デザインはどうなる? デザインは初代ウルトラマンをモチーフにする可能性大! 庵野秀明さんは過去のインタビューやトークで初代ウルトラマンへの熱い思い入れを語っています。 セブンよりは初代ウルトラマンが好きです。 」と語っています。 1分20秒あたりでは桜井浩子さんの「一番好きな怪獣は?」という問いに対して、「ウルトラマンそのものに魅力を感じます。 怪獣には興味ないんですよ」と答えています。 その後、「 ウルトラマンの 宇宙人である部分に魅力を感じる。 Aタイプのウルトラマンは独特の怖さがあって印象的だった。 」とも語っていますね。 また、初代ウルトラマンのデザインについても思い入れが強いらしく、過去のインタビュー記事で庵野さんの初代ウルトラマンへの強いこだわりが伺える記述があります。 体表に描かれた赤い線は人の筋肉に沿っているように見えますし、着ぐるみの必要上存在する背中のラインも脊髄を象徴しているかのように見えます。 また、カラータイマーが胸の中心にあることで完成したデザインになっていると思うんです。 デザイナーの成田亨さんがカラータイマーを付けることを嫌がったのも理解できますが、ビジュアルで危機感を表現するという効果もあげています。 いろんな事情でできているものがすべてプラスに働いているという点でも奇跡のような存在だと思うんです。 オモシロい過去記事を拾った。 庵野:一番インパクトが大きかったのは「ウルトラマン」です。 中略 初代ウルトラマンの デザインも斬新で秀逸でしょ。 一刀彫りのような口があって鼻を簡素化し、顔を面構成にしておいて、目を強調するという。 色にしても全体を銀で統一して、その上にハイセンスな赤を曲線であしらい、それが全て交差している。 このアレンジは誰にでもできるけど、最初に考え付くというのは並みの感性では不可能ですね。 以上の通り、庵野さんは初代ウルトラマンに対し尋常ではない思い入れがあることが伺えますね。 『シン・ウルトラマン』に登場するウルトラマンの設定やデザインは、初代ウルトラマンを強く意識したものになると予想できます。 また庵野さんはこの項目の最初に貼ってある動画 2分15秒あたり で「初代ウルトラマンではBタイプが好き」と発言しているので、全体的にシュッとしていて、足の先が尖ったデザインとなるかもしれません。 公式サイトでは庵野秀明のコメントが掲載されています。 初代マンのbタイプとcタイプ比べてみるとかなり違うなぁ bタイプの方がシュッとしてて好きかも — シネマ隊長の映画・特撮情報局 cinemajouhou 庵野秀明は過去のインタビュー記事で初代ウルトラマンをデザインした成田亨氏の天才的なセンスに対して幾度となく敬意を表しているので、今回のシンウルトラマンのデザインは成田氏が望んでいた初期デザイン案を強く意識している様です。 公式サイトで庵野氏が語っていたシンウルトラマンのデザインポイントは以下の通り。 庵野秀明さんはウルトラマンの世界観の魅力について以下の様に語っています。 ウルトラマンはハヤタ隊員と一体化することによって、ヒトと宇宙人のはざまの存在になったと思っています。 そもそも単独で恒星間を往来できるような異星人が、不注意の事故で巻き添えにしてしまった地球人、しかもたった一人を救うために彼と合体してしまうんですよ。 さらに最後に地球を去らなければならなくなった時には、自分が死ぬことも厭わずにハヤタに命を与えようとまでする。 命に関する感覚がわれわれとはまったく違うんですよね。 『シン・ウルトラマン』でウルトラマンに変身する人間は俳優の斎藤工さんが演じる事が決定しているので、斎藤工さんとウルトラマンの邂逅、そして融合シーンは必ずあると言えるでしょう。 この瞬間に感覚が飛んでいくというか、現実からの跳躍感があるんです。 ここが実写の特撮作品とアニメとの大きな違いで、特撮では現実の中に非現実を入れ込むことができますが、アニメは絵に描かれた時点でそもそも非現実ですからね。 そんな感覚を抱かせる世界観を、当時の技術で作り上げていたのですからすごいと思います。 引用元: 変身シーンについて独特の魅力を感じているようですね。 その代わり、動画のはじめあたり 8秒あたり でザラブ星人が好きだと語っています。 ザラブ星人は侵略目的で地球にやってきた宇宙人で、偽ウルトラマンとなって暴れまわったことで有名です。 庵野さんはザラブ星人の「地球を侵略するという目的を持った宇宙人」という部分と「偽ウルトラマンに化ける」という設定に魅力を感じているよう。 また『シン・ウルトラマン』で監督を務める樋口真嗣さんも上の動画 4分20秒あたり で「自分がウルトラシリーズを作るとしたら」という問いに対し「侵略者を登場させたい」と語っています。 動画内 1分30秒あたり で庵野さんは「夜のビルの中に銀色の巨人が立つというのがカッコイイ」と興奮気味に発言しているので、ウルトラマンと ザラブ星人が変身した 偽ウルトラマンが夜のビル街の中で激闘を繰り広げるという展開も期待できます ザラブ星人は夜の街でウルトラマンと戦ったので。 『シン・ウルトラマン』予想まとめ 『シン・ウルトラマン』予想のおおまかなまとめです。

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庵野秀明企画・脚本「シン・ウルトラマン」勇姿が初公開!斎藤工「美しさがある」 : 映画ニュース

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参考文献:「DAICON FILMの世界」スタジオT&M/1983年発行 著者私物 円谷プロダクション、東宝、カラーによる劇場映画『シン・ウルトラマン』の製作が1日、公式に発表され、その直後から特撮ファン、映画ファンから大きな反響が巻き起こった。 2016年に公開され、空前の大ヒットとなった『シン・ゴジラ』で脚本・編集・総監督を務めた庵野秀明氏と、監督・特技監督の樋口真嗣氏がふたたびタッグを組んだ『シン・ウルトラマン』では、企画・脚本を庵野氏が、監督を樋口氏が手がけることが明らかとなっている。 怪獣ブームを巻き起こしたウルトラマン 庵野氏は1960年5月22日生まれ。 1966年7月17日に第1話を放送した『ウルトラマン』を6歳のときに観たことになる。 『ウルトラマン』およびその前身となった『ウルトラQ』 1966年 は、『ゴジラ』 1954年 『モスラ』 1961年 『三大怪獣 地球最大の決戦』 1964年 などの東宝怪獣映画で手腕をふるった世界に誇る特技監督・円谷英二氏が、来たるべき"テレビ時代"を見越して1963年に設立した「円谷特技プロダクション」とTBSで共同製作した"連続テレビ映画"である。 『ウルトラQ』が始まるまで、怪獣が大好きな子どもたちの興味は毎年夏と冬に公開される東宝の怪獣映画に集中していたそうだが、毎週テレビ放送され、しかも毎回異なるユニークな怪獣たちが登場する『ウルトラQ』が放送されてからは、怪獣がより子どもたちにとって身近な存在となり、これがきっかけとなって全国的な"怪獣ブーム"が巻き起こったという。 そして『ウルトラQ』の大好評を受けて始まった『ウルトラマン』は、前作以上に「怪獣の魅力」を強く打ち出す方針が定められ、バルタン星人、レッドキング、ゴモラ、ゼットンなど、50年以上もの歳月を経た現在においても子どもたちから愛され続ける驚異的な人気 怪獣 キャラクターが生まれている。 『ウルトラマン』および『ウルトラセブン』 1967年 、『帰ってきたウルトラマン』 1971年 といった「ウルトラマンシリーズ」と呼ばれる作品群は、70年代全般にわたって平日夕方、あるいは早朝に再放送が行われ、しかも人気作品ゆえにヘビーローテーションで放送されることが多く、オンエアで観た世代だけでなく、再放送でウルトラマンを初体験した幼い世代からの支持をも集めていった。 ウルトラマンに憧れて 雑誌やWEBでのインタビューで、庵野氏は少年時代に強い影響を受けた作品として『ウルトラマン』と後続の「ウルトラマンシリーズ」のタイトルを挙げることが多く、実際にも『新世紀エヴァンゲリオン』 1995年 をはじめとするいくつかの監督作品で、ウルトラマンとウルトラマンシリーズを連想させるかのような描写が見え隠れしていた。 もっとさかのぼれば、庵野氏のアマチュア時代の代表作のひとつとして『帰ってきたウルトラマン』 DAICON FILM製作/8mm映画 という、そのものズバリの作品が存在している。 1981年に大阪で開催された「第20回日本SF大会」=通称「DAICON 3」で、今なお伝説的に語り継がれている「オープニングアニメ」を作った青年たちが、SF大会から離れて独自の映像製作チームとして立ち上げたのがDAICON FILMであり、『帰ってきたウルトラマン』は1982年の東京開催「第21回日本SF大会」=「TOKON 8」での上映作品として『愛国戦隊大日本』『快傑のうてんき』と共に製作が行われた。 東映の特撮アクションドラマ『快傑ズバット』 1977年 のパロディである『のうてんき』、そして『太陽戦隊サンバルカン』 1981年 をはじめとする「スーパー戦隊シリーズ」全般のパロディ 撮影当時は『大戦隊ゴーグルファイブ』 1982年 が最新作だった の『大日本』と同様に、『帰ってきたウルトラマン』も8㎜フィルム撮影による"パロディ"作品として製作されたのだが、ストレートにパロディ元の作品を"笑い"の方向へ寄せていった2作品とは異なるアプローチが行われた。 『帰ってきたウルトラマン』 DAICON FILM版 の総監督を務めた庵野秀明氏は1980年に大阪芸術大学映像計画学科に入り、そこで8㎜の短編映画を作ることになった際、かねてから温めていた「誰かが眼鏡をかけると、目から変身して別な誰かに……」というアイデアを活かして『ウルトラマン』という作品を製作した。 ウルトラマンといっても特撮セットやウルトラマンのスーツなどは作らず、近くの広場でウインドブレーカーを着た長身で眼鏡の若者=ウルトラマン 庵野氏 がジャージを着た若者 宇宙人 と格闘するといったシンプルな作品だが、本家円谷プロの『ウルトラマン』を徹底研究し、猛烈な愛を捧げている庵野氏だけあって、本家を模したカメラアングルや高速度撮影 スローモーション 、独特の効果音というテクニックにより、庵野氏がなりきった"ウルトラマン"がいかにもそれっぽく見えるものだったという。 さらに翌年、庵野氏は同じコンセプト 庵野氏自身が"変身後"のウルトラマンを演じる で、科学特捜隊基地やジェットビートル、怪獣のぬいぐるみなどを即興で作り上げ、前回よりもデラックスな作品ということで『ウルトラマンDX』と題した作品を作り上げた。 時期的にはちょうど『DAICON3オープニングアニメ』の製作とバッティングしていたころだという。 これら、庵野氏が学生時代に作っていた短編『ウルトラマン』『ウルトラマンDX』を、とてつもなくパワーアップさせてリメイクした作品こそが、DAICON FILM製作の8㎜映画『帰ってきたウルトラマン』だったのだ。 帰ってきたぞ『ウルトラマン』! 設定は、1971年に円谷プロが製作した『帰ってきたウルトラマン』のものを踏襲しつつ、メカニック描写やMAT隊員コスチュームの部分に『ウルトラセブン』風味を注入し、極めてシリアスで重々しいムードを盛り込もうとしている。 意識的に照明を落としてコントラストを強め、作戦本部の受話器のスキマ越しに隊員の顔を入れ込むなど、『ウルトラマン』『ウルトラセブン』『怪奇大作戦』 1968年 で特撮ファンをうならせた名匠・実相寺昭雄監督からの影響が強く受け取れる画面作りを多用している。 1979年8月発売のLPレコード「テレビ・オリジナルBGMコレクション/冬木透作品集」 日本コロムビア に初収録された『帰ってきたウルトラマン』のNG主題歌「戦え! ウルトラマン」 1コーラスバージョン/作詞:東京一/作曲:すぎやまこういち/歌:団次郎 をオープニング主題歌にしたことも、観る者に強いインパクトを与えていた。 ストーリーは、隕石の中から出現した増殖怪獣バグジュエルとMATチームの戦闘が描かれた後、バグジュエルを殲滅するため核兵器の使用を決断するイブキ隊長と、これに反対するハヤカワ隊員 実はウルトラマン の苦悩……という非常にシリアスな内容。 アマチュア映画であるため役者の演技やセリフ回しに少々難はあるものの、作戦本部のリアリティや発進するマットアロー1号をはじめとするメカニック群の緻密さ メカがすべてペーパークラフトで作られているというのも凄い などは、うるさ型の特撮ファンたちを黙らせるのに十分な空気を築き上げていた。 "東京に核兵器を落とす"という最終局面に対し、主人公がなんとしてでもこれを阻止するべく奔走する……というのは、オリジナル『帰ってきたウルトラマン』第6話「決戦! 怪獣対マット」および『シン・ゴジラ』にも通じる内容であるし、外敵からの攻撃を強靭なバリヤーによって防ぐバグジュエルの戦法は『エヴァンゲリオン』における"ATフィールド"を連想させる。 このようなガチガチのリアルでシリアスな世界で進められていた『帰ってきたウルトラマン』に、いきなりとんでもない"異物感"がもたらされる瞬間、それこそが「ハヤカワ隊員がウルトラ・アイ 黒ブチ眼鏡 をかけてウルトラマンに変身、巨大化」するシーンであった。 あの有名な「右手を大きくあげてグングン巨大化していくウルトラマン」のカットから、両手を前に出して空を飛行する姿、ウルトラブレスレット 腕時計 を投げる動作、怪獣を見つめる朴訥そうなまなざしに至るまで、すべてが"庵野ウルトラマン"によって演じられているのだ。 元ネタの8㎜短編を知っている人なら「ああなるほど」と納得し、笑いが起こるかもしれないが、SF大会や他の上映会などでいきなりこの作品を観た人は「なんでこのウルトラマンは素面なんだろう」と驚き、激しく戸惑ってしまうかもしれない。 しかし、前半でのリアルかつシリアスなムードをまったくゆるめるつもりがないスタッフによって描き出される庵野ウルトラマンの巨大感、重厚かつダイナミックなアクションを見ていくうちに、観客はみな「彼もまた立派な"ウルトラマン"である」と認識していくようになる。 こだわりにこだわりぬいた"ウルトラマンごっこ"の行きついた先は、アマチュア8㎜映画の限界に挑んだかのような大特撮作品だった。 DAICON FILM版『帰ってきたウルトラマン』には、総監督・庵野秀明氏、特技監督・赤井孝美氏をはじめとする1982年当時の"若き映像クリエイター"たちの情熱と才能が焼き付けられている。 ウルトラマンにいまだ熱烈なる愛情をそそぐ庵野氏が企画・脚本を手がけ、盟友・樋口真嗣氏が監督を務めるこんどの『シン・ウルトラマン』は、果たしてどのような内容になるのだろうか。 公開予定とされている2021年には、きっと多くの特撮ファンの期待に十分応えられるような作品が観られるに違いない。 予めご了承ください。 関連記事•

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