般若 心 経 現代 語 訳。 般若心経とは|全文の意味が分かると面白い!般若心経の現代語訳と意味解説

般若心経とは?わかりやすい般若心経全文訳!写経体験や意味、宗派の違いなど

般若 心 経 現代 語 訳

仏説・摩訶般若波羅蜜多心経 ぶっせつまかはんにゃはらみったしんぎょう 観自在菩薩行深般若波羅蜜多時 かんじざいぼさつぎょうじんはんにゃはらみったじ 照見五蘊皆空 しょうけんごうんかいくう 度一切苦厄 どいっさいくやく 舎利子。 しゃりし 色不異空、空不異色、色即是空、空即是色。 しきふいくう くうふいしき しきそくぜくう くうそくぜしき 受・想・行・識・亦復如是。 じゅそうぎょうしきやくぶにょぜ 舎利子。 しゃりし 是諸法空相、不生不滅、不垢不浄、不増不減。 ぜしょほうくうそう、ふしょうふめつ、ふくふじょう、ふぞうふげん 是故空中、無色、無受・想・行・識、 ぜこくうちゅう、むしき、むじゅそうぎょうしき 無眼・耳・鼻・舌・身・意、 むげんにびぜっしんに 無色・声・香・味・触・法。 むしきしょうこうみそくほう 無眼界、乃至、無意識界。 むげんかい、ないし、むいしきかい 無無明・亦無無明尽、乃至、無老死、亦無老死尽。 むむみょう、やくむむみょうじん、ないし、むろうし、やくむろうしじん 無苦・集・滅・道。 無智、亦無得。 むくしゅうめつどう、むちやくむとく 以無所得故、菩提薩埵、依般若波羅蜜多故、 いむしょとっこ、ぼだいさった、えはんにゃはらみったこ 心無罣礙、無罣礙故、無有恐怖 しんむけげ、むけげこ、むうくふ、 遠離・一切・顛倒夢想、究竟涅槃。 おんりいっさい、てんどうむそう、くきょうねはん 三世諸仏、依般若波羅蜜多故、得阿耨多羅三藐三菩提。 さんぜしょうぶつ、えはんにゃはらみったこ、とくあのくたらさんみゃくさんぼだい 故知、般若波羅蜜多、是大神呪、是大明呪、是無上呪、 こち、はんにゃはらみった、ぜだいじんしゅ、ぜだいみょうしゅ、ぜむじょうしゅ 是無等等呪、能除一切苦、真実不虚。 ぜむとうどうしゅ、のうじょいっさいく、しんじつふこ 故説、般若波羅蜜多呪。 こせつ、はんにゃはらみったしゅ 即説呪曰、 そくせつしゅわつ 羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶。 ぎゃていぎゃてい、はらぎゃてい、はらそうぎゃてい、ぼじそわか 般若心経 はんにゃしんぎょう 1300年前に生まれた般若心経ですが、その賞味期限はなく、いつの世でも新しい刺激と安らぎを人々に与え続けています。 現在の日本でも、本屋さんで般若心経の解説本をいくつも見かけますし、流行りの朝活でチョイスされることも多いお写経でも、お題となるお経は般若心経です。 また、般若心経をロックテイストな歌詞にして歌った動画が注目されたこともあります。 生活から仏教が遠退いた今でも、般若心経の魅力は衰えていないのです。 また、深みのある内容が故に読んだ人が受け取る印象も千差万別です。 誰にとっても人生の芯について問いかけてくる般若心経は、たとえ時代が移り変わっても頼られる存在なのかもしれません。 悟れましたか? そうかな……人生も、般若心経も、そんな単純じゃないでしょ…… というお声が聞こえてきそうです。。。 ですよね。。。 その通りです。。。 10秒ではなくちゃんと訳したバージョンもあるよ!を見てね 般若心経は、「悟り」について語っておきながら、肝心の「 HOW」については具体的には教えてくれません。 教えてくれるのは、「悟り」の仕組みとその根拠です。 そして、「 HOW」については、「教えた仕組みを踏まえて各自の方法で頑張ってね!」ということなんだと思います。 そこが一番難しいのに。。。 ということは、10秒の中では端折られてしまった「悟り」の仕組みと根拠について、丁寧に読んでいく必要がありますね。 そして、どんな環境下で、どんな時代背景で、般若心経が生まれ、必要とされてきたのかについて考えてみることで、もう少し深めて理解できるのではないかとも思います。 ですから、まずは般若心経が生まれたときのことについて少しお話して、それから中身を丁寧に読み解いていきたいと思います。 般若心経の歴史・誕生の経緯 般若心経とはいったい誰が生み出した言葉なのでしょうか。 昔々、唐の国(7~10世紀の中国)に陳褘というお坊さんがいました。 今では戒名の「 玄奘 げんしょう 」と呼ばれていますが、「 三蔵法師 さんぞうほうし 」という名前の方がより親しまれています。 『 西遊記』の主人公ですね。 三蔵法師は、西遊記ではインドまで個性的なお供と一緒に旅をする冒険記のように描かれますが、彼の実際のお仕事は「訳経僧」、つまり仏教のオリジナルのお経をインドの昔の言葉であるサンスクリット語から漢訳するというものでした。 三蔵法師は非常に優れた訳経僧として名を馳せ、「訳聖」と称されるほど敬われるお坊さんです。 彼はお経の翻訳のみならず、西遊記のモデルにもなったように自らインドに出向いて仏教を学ぶ素晴らしい研究家でもありました。 そのようなストイックに突き詰めた姿勢が実を結び、それまでの翻訳されたお経の誤りを訂正し、正しい仏教思想を唐に持ち帰ることができたのです。 そして、彼が唐に持ち帰った 657部のお経の中にあり、中心的な位置を占めた 「 般若経」を 漢訳し、さらにそのエッセンスを取り出して300字足らずに凝縮したものが、般若心経なのです。 般若心経の素となった般若経とは、「般若波羅蜜」について説かれた膨大なお経の総称です。 「 般若」とは、仏教において迷い多きこの世界(此岸)から、悟りの世界(彼岸)に到達するため、つまり悟りに至るための「智慧」を意味します。 また、「般若波羅蜜」とは、その智慧を得るためにすべきこと。 そして、心経の「心」には、般若波羅蜜の「 核心」を意味するという説と、仏様を奉るための言葉である「心真言」を意味するという説があります。 ですから、般若心経とは、 「 悟りの世界に赴くために必要なことの核心を説くお経」 または、 「 悟りの世界に赴くために必要なことを教えてくださる仏様を奉る言葉の書かれたお経」 ということになるでしょう。 ちなみに、「般若」と聞くと、角の生えた怖い能面を思い出す方もいらっしゃるでしょう。 しかし、あのお面やあの表情を「般若」というわけではありません。 とある説では、般若坊というお坊さんが作ったお面だから、とか、物語の中で般若のお面のモデルになった女性の生霊がお坊さんの読む般若経によって退治されたから、とか…… いずれにしても「悟りに至るための智慧」と般若のお面は、意味の上ではあまり関係はないようです。 皆さんは仏教の考え方は、どのような時代背景から生まれたと思いますか? 死や病、人間関係の不和や階級制度……昔、インドで、お釈迦様は人々が直面する数多くの「苦しみ」をご覧になられました。 科学技術や社会制度が発達した現在では対処の方法がある問題でも、当時はただ指を咥えて苦しみに耐える他はありませんでした。 そんな時に、お釈迦様は数多くの苦しみから「解き放たれる方法」、それも誰もがその気になれば「実践できる方法」を発明するのです。 仏教における空 くう とは その一つが「 空(くう)」という捉え方。 仏教では、「 この世に存在している物事はすべて人が認識しているから存在しているのであって、自分自身の心で思っていること以外に存在するものは何もない」と、衝撃的なことを言うのです。 私たちが生きる今では科学技術や社会制度が発達し、当時の苦しみのうちのいくつかは解消させることができるようになりました。 なぜ天災が起こるのか。 なぜ病気になるのか。 なぜ争いが起きるのか。 そのメカニズムを知ることができます。 しかし、生きることの「苦しみ」が無くなったわけではありません。 「苦しみ」から解き放たれる術を昔の人々より知っている私たちだからこそ、持てる術を駆使しても逃れ難い「苦しみ」にはより臆病になりがちかもしれません。 現代でも般若心経や仏教の思想が人々の琴線に触れるのは、お釈迦様が発明し優秀なお弟子さんたちがまとめ上げた数々の「発明品」がいかにオールマイティーであるかということを示しているのかもしれません。 宗派による般若心経の違いはある? オールマイティーがゆえ、どんな宗派にも愛された般若心経。 今の日本には様々な仏教宗派があります。 皆さんのお家の宗派では、般若心経はお読みになりますか?各宗派の般若心経をざっくりと見渡していきましょう。 こちらにざっくりとまとめてみました。 般若心経の意味を現代語でわかりやすく解説してみる(部分解説編) それでは、般若心経の中身を見ていくことにしましょう。 ただここに書いてしまうととってーーも長くなってしまうので、別のエントリーで分けてご紹介しています。 繰り返しにはなってしまいますが、超ざっくり言うと この世の物事は全部一人ひとりの頭の中であれこれ思うことで存在するので、あれこれ思わなければ全てのものは存在しない。 ということは、いくら生きることが苦しくても、その苦しみも存在しないし、気持ちは平穏そのものなんだ。 それが悟りってもんだよ。 みんな悟ろうぜ。 …です。 しつこい! 完璧に般若心経を理解したい!深いところまで般若心経を理解したい!という人はこちらのエントリーを読んでくださいね。 写経を実践することで 心がすっきりする効果があると老若男女幅広い年代で手軽に写経を行う人が増えています。 般若心経を書き写す写経はもともとインドでお釈迦様のありがたい教えを多くの人に広めようとお釈迦様のお経を書き写していたことから発展していき、日本には奈良時代の頃から仏教の布教とともに盛んに写経が始まってきました。 最初はお寺や仏教の専門家だけによって親しまれてきましたが、次第に貴族や豪族そして江戸時代になると一般大衆にも写経を行う文化が広がっていきました。 現代においては写経セットが市販されたり、日本全国の多く寺院でも写経体験が開催されていたり、身近な存在になってきました。 筆先に全身全霊を注いで、般若心経の文字を一文字一文字丁寧に書いていくことで般若心経を書き写すことで精神修行をすることができます。 で詳しく書いていますのでご参考ください。 般若心経を読む時はできるだけ声を整えて読もう! 般若心経はお経を唱えることこそが大事なことであって読み上げる声はなんでも大丈夫!ただそれはその通りなのですが、どんな声でもいいかといえば、そうでもありません。 お経を読むのに、嘆き悲しむような声や、調子はずれの声、弱々しくか細い声、怒ったり叫んだりするような声は、ふさわしくないとされています。 もっともなことです。 背筋を伸ばし、首や肩の力を抜いて、喉を開くようにして声を整え、適度な大きさで読んでみましょう。 そして、できればお腹に力を入れてください。 お経を唱える時になぜ木魚を叩く? 般若心経に限らず、お坊さんがお経を唱えているときには、木魚を叩いている姿をイメージする人も多いと思います。 なぜ木魚や鐘、太鼓などをたたいてお唱えするのでしょうか? お坊さんもはじめは師匠の後について少しずつ唱えながら、全文を覚えるということをしています。 その際に弟子となる僧侶は大勢で唱えますから、リズムをとる打ち物の音が入ると、そろいやすいということがあります。 打ち物とは、今でいう打楽器のことです。 とくに般若心経は、祈祷のための読経や修験道では、大太鼓などをドンドンと叩きながら唱えるということがよく行われます。 修験道とは山にこもって修行し、霊験(ご利益)を得る日本独特の宗教のこと。 現代の祈祷では、たとえばスポーツ選手の滝修行や護摩行などがわかりやすい例かもしれませんね。 護摩行の火を前に祈祷師、煩悩を焼き払おうとつとめる行などのことです。 現代の般若心経カルチャー You Tube動画ライブラリ 現在では様々な解釈で般若心経が描かれています。 般若心経をひとつの歌詞として捉え、様々なクリエイターたちが般若心経を楽しんでいます。 youtubeにアップされた動画から厳選して面白いなと思ったものをご紹介したいと思います。 【MV】般若心経 cho ver. 動画も京都・天龍寺で撮影され、静寂の中に響き渡る般若心経の唱えるお坊さんであるボーカルと、それにあわせてコンテンポラリーダンスを踊るダンサーさんがまたすばらしく、般若心経っていいなぁと思わせてくれる映像です。 万人におすすめ。 さいごに とても長くなってしまいましたが、般若心経の現代日本語訳を試みてきました。 たった300字足らずの原文ですが、そこには仏教が積み上げてきた数多くの知識が盛りだくさんで、読み解こうとこんなに紙幅を要してしまうのですね。 私自身も改めてしっかりと読み直してみて、三蔵法師が心の底から、人々のために仏教の良い所を余すことなく伝えたかったんだなと実感することができました。 般若心経は、読む人によって、その読み解き方や感じ取るもの、そして活かし方が十人十色であることが、良いところなんじゃないかなと、勝手ながら思います。 みんな、それぞれ置かれている時間や場所や状況が異なります。 学んできたことも、糧にしてきたこともそれぞれ異なります。 でも、みんな大なり小なり悩み、不安に陥り、立ち止まります。 そんな時に般若心経に触れてみて、いつでも自由な学びが得られること、それが、このお経が1300年に渡って人々に寄り添い続けてこられた所以なのかもしれません。 あなたは、どんな「般若心経」を読みましたか。

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現代語訳『般若心経』③

般若 心 経 現代 語 訳

般若心経の現代語訳 觀自在菩薩が、奥深い般若波羅蜜多、つまり悟りに至るために必要な智慧を得るためにすべきことを実践なさっている時、あることを自覚されました。 それは、人の心身を形作る全ての要素には実体がなく、またそれはひと所に留まらず移りゆくということでした。 そして觀自在菩薩は、それを自覚されると、一切の苦しみや厄災が消え、仏様によって悟りの境地に導かれました。 シャーリプトラさん(呼びかけ)。 人の身体を含めた全ての物質は、常に実体なく絶え間なく変化しています。 つまり実体がなく変化するからこそ、物質なのだということです。 したがって、全ての物質は実体がなく変化が絶えないものなのであり、同時に、実体がなく変化が絶えないからこそ物質なのです。 物質とモノではない頭や心の働きも、同じように実体がなく変化の絶えないものです。 物事を受け止める感覚、物事についての具体的なイメージ、物事に対する意志や欲求、そしてそれらの頭や心の働きを取りまとめて理解することも、全てが実体なく変化の絶えないものなのです。 シャーリプトラさん。 このように、万物の有り様は、実体なく移りゆくものなのですよ。 また物事は、何も無いところから生まれることはありません。 そして滅してしまい何も無くなってしまうということもないのです。 汚いものとか清らかなものなど、人の価値観も存在しません。 また、この世のどこかで増えれば、どこかで減るものです(不足することもなく、満たされることもないのです)。 よって、物事は、実体がなく、留まらず、絶えず移りゆくもので、しかもどんな極端な立場にも立たないものなのです。 同じように、感覚も、イメージも、意志や欲求も、それらをまとめて理解することも存在しません。 人の心を動かすために必要な感覚器官とそれに対応する対象物も存在しないのです。 視覚という感覚器官も、その対象物である物質も存在しません。 聴覚もそれが聴き取る声や音も、嗅覚もそれが嗅ぎ取る香りも、味覚もそれが感じ取る味も、触覚もそれが察するモノの触り心地や重さや温度も存在しません。 そして感覚器官を取りまとめる思考や人の認識する全ての物事が、存在しないのです。 したがって、眼で物質を見て心が動くという働きもない。 人が認識する全ての物事を思考することで心が動くということは、全くないのです。 このように、人の感覚器官も、その対象物も、そしてそれらが引き起こす心の働きも存在しないならば、そもそも悟りについて無知であるということすらなくなります。 ということは、悟りについて無知である状態から脱しようと頑張ることもないのです。 老いや死のように、この世の全ての苦しみは悟りについて無知であるところから始まっていると説かれていますが、そもそも悟りについて無知であるということすらないのであれば、そこから発生している老いや死のような苦しみも存在しないし、苦しみから逃れようと頑張ることもまたないのです。 つまり、この世の苦しみも、苦の原因も、苦しみが滅することも、そのために修行することも存在しないのです。 そして、悟りに至るための具体的な智慧も存在しません。 その智慧を得ることもないのです。 このようなことですから、悟りに至るために必要な智慧を得ようと拠り所にするが故に、悟りを求めて修行をしている者の心には、こだわりや固定観念がないのです。 このような修行者には、こだわりや固定観念がないので、恐怖もありません。 気持ちや思いがひっくり返ってしまうような不安定な心からは遠く離れているし、その結果、悟りの智慧が完成し、極まった境地に達するのです。 過去にも現在にも未来にも、いつの世も、悟りを得た者たちは、悟りに至るために必要な智慧を得るためにすべきことを拠り所にしているので、一切の真理を隅々まで正しく知ることのできる最高の悟りを得るのです。 これが、般若波羅蜜多、つまり悟りに至るために必要な智慧を得るためにすべきことを学ぶということなのです。 この偉大な真言。 この偉大な悟りの真言。 この上ない真言。 この上なく肩を並べるものの無い真言。 一切の苦しみを除く働きは、真実であり、虚妄ではないのです。 ですから、般若波羅蜜多の真言を説きましょう。 それは次の真言です。 「 道のりよ。 道のりよ。 悟りの世界への道のりよ。 悟りの世界への完全な道のりよ。 悟りに達したぞ!めでたし!」 以上、悟りに至るために必要な智慧を得るための核心となる真言でした。 無理やり現代語訳してしまっている部分もあるので、ちょっと怒られてしまう部分があるかもしれませんが、ざっくりと般若心経の世界観を理解してもらえたらうれしいです。

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般若心経の現代語訳

般若 心 経 現代 語 訳

雑学 作成日:2014年11月21日 更新日:2020年02月20日 般若心経にはどんな意味があるの?現代語訳で流れと構成を理解しよう• この記事は小さなお葬式が書いています 般若心経は世界的にも有名なお経です。 日本だけではなく、世界各地で大乗仏教の経典としてたくさんの方に唱えられています。 般若心経は聞いたことがあっても、どのような意味があるのかは知らないという方もいるのではないでしょうか。 般若心経の意味を知ることで、これまで以上に気持ちを込めてお経を唱えられるでしょう。 そこでこの記事では般若心経を深く知りたい方に向けて、般若心経にはどのような意味があるのか、教えや歴史を踏まえながら解説します。 【もくじ】 ・ ・ ・ ・ ・ 般若心経とはどのようなお経? 300文字ほどしかない般若心経には、 仏教の教えの中でも大切な部分がまとめられています。 しかし般若心境は漢文で書かれているため、見ただけで意味を理解するのは難しいかもしれません。 ここからは、般若心経を唱えるにあたり知っておくとよい意味や教えだけではなく、般若心境にはどのような歴史があるのかもご紹介します。 般若心経を唱える意味 般若心経を含め、お経を唱えることは先祖供養につながります。 般若心経を葬儀や法要の際に聞いたことがある方もいるでしょう。 仏教では、 亡くなった方は輪廻転生すると考えられており、輪廻転生をした亡くなった方は幼い子供と同じ存在です。 そのため、亡くなった方にお経を唱え栄養を与えるという考え方をします。 また、僧侶がお釈迦様の説いた教えを葬儀の場で伝えるということも意味のひとつです。 ほかにも、生きている方を力づけるという意味もあります。 般若心経の教え 般若心経の教えは、自分だけではなくすべての生き物を救いたいという考えの大乗仏教に影響を受けています。 般若波羅蜜多経から大乗仏教の神髄をピックアップしているのが般若心経です。 この経典は2つの思想について説かれています。 存在には実体がないという 「空」、悟りとしての 「般若」の思想です。 般若心経は300文字ほどと短いため、お経に普段から触れていない方でも読みやすいといえます。 人々がさまざまなものにとらわれて苦しまないようにという内容です。 1,500年以上前から今もなお、般若心経はたくさんの方に親しまれています。 般若心経の歴史 般若心経は中国の唐の時代までさかのぼります。 玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)という僧侶がインドへ行き、さまざまな教えが記されている経典を仏像などと一緒に中国へ持ち帰りました。 持ち帰った経典は彼の手によって生涯をかけて翻訳されることになります。 翻訳した経典の数は600巻にも及びました。 その中のひとつに般若心経が記されている経典の 「般若波羅蜜多心経」があります。 般若波羅蜜多心経は、古代インドのサンスクリット語から漢文へ翻訳されたものです。 般若心経の全文と書き出し文 般若心経は300文字程度の短いお経です。 しかし、「漢字ばかりの漢文を読む自信がない」という方もいるでしょう。 書き出し文(訓読文)を読めば、初めて般若心経の全文を見る方でも理解がしやすくなります。 般若心経の意味を知るために、全文とあわせて読んでおきましょう。 般若心経の書き出し文 観自在菩薩、深般若波羅蜜多を行じし時、五蘊皆空なりと照見して、一切の苦厄を度したまえり。 舎利子、色は空に異ならず、空は色に異ならず。 色はすなわちこれ空なり、空はこれすなわち色なり。 受想行識もまたまたかくのごとし。 舎利子、この諸法の空相は、不生にして不滅、不垢にして不浄、不増にして不減なり。 この故に、空の中には、色もなく、受想行識もなし。 眼耳鼻舌身意もなく、色声香味触法もなし。 眼界もなく、乃至、意識界もなし。 無明もなく、また無明の尽くることもなし。 乃至、老死もなく、また老死の尽くることもなし。 苦集滅道もなし。 智もなく、また得もなし。 無所得を以ての故に。 菩提薩埵の、般若波羅蜜多に依るが故に、心に罣礙なし。 罣礙なきが故に、恐怖あることなし。 一切の顚倒夢想を遠離し究竟涅槃す。 三世諸佛も般若波羅蜜多に依るが故に、阿耨多羅三藐三菩提を得たまえり。 故に知るべし、般若波羅蜜多のこの大神呪、この大明呪、この無上呪、この無等等呪を。 よく一切の苦を除き、真実にして虚しからず。 故に般若波羅蜜多の呪を説く。 すなわち呪を説いて曰く、 羯諦羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶 般若心経 般若心経の全文を順に解説 般若心経は300字程度で構成されているため、それほど長いものではありません。 そのため、僧侶などでなくとも比較的覚えるのは簡単なものです。 しかし、ただ唱えるだけでなく、その意味を理解しなければ経典を唱える意味は薄れてしまいます。 それぞれの文節毎に意味を確認してみましょう。 (1)誰がどのように般若を得たか 第1のブロックでは、誰がどのようにしてこの思想を得たのか、ということが説明されています。 観音菩薩が悟りを得る修行の中で、この世の 五蘊(ごうん)には実体がないことを明らかにし、苦しみから解き放たれる方法を見つけたことが書かれています。 五蘊とは、人間の意識を構成する5つの要素のことです。 ・色蘊(しきうん):肉体などの物質 ・受蘊(じゅうん):人間が感じるもの ・想蘊(そううん):人間が想うもの ・行蘊(ぎょううん):人間が行うこと ・識蘊(しきうん):人間が認識するもの (2)弟子への呼びかけ 第2ブロックでは、古い弟子である舎利子(シャーリプトラ)に呼びかけています。 1行目には、「この世の形あるもの全てに実体がなく、実体がないからこそあらゆる形を得ることができる。 これは人間の感覚についても同じである」と書かれています。 2行目には、「実体がないのであれば、生まれることもなく、消えることもなく、汚れることもなく、清らかでもなく、増えもせず、減りもしない」と書かれています。 (3)空の思想の説明 第3ブロックでは、第2ブロックでの呼びかけに続く形で、空の思想についての解説がされています。 真実の世界では、目に見えるもの、それによって感じたこと、思ったことなどは全て存在せず、それらの無知からくる悩みもありません。 しかし、その悩み自体は尽きることがありません。 苦しみはなく、それを解決する方法も、それを知る方法もありません。 だからこそ、苦しみを知る観音菩薩はこだわりを持たず、全ての夢想・欲から離れることで涅槃(ニルヴァーナ)へと至ることができたのです。 (4)般若心経の真言について 第4ブロックでは、その悟りの境地に至るための真言について説明しています。 この真言は並ぶことのない言葉であり、これにより苦しみは解き放たれるとされていて、それこそが般若心経なのです。 真言は「 羯諦 羯諦 波羅羯諦 波羅僧羯諦 菩提薩婆訶」の部分で、これには「 往ける者よ、往ける者よ、彼岸に往ける者よ、彼岸に全く往ける者よ、さとりよ、幸あれ」という意味があります。 現代語によって内容が変わる場合がある 般若心経には、サンスクリット語から漢文に訳された背景があります。 現代語訳する場合、翻訳する人によって内容が多少変わる場合もあることを知っておきましょう。 さまざまな言葉や表現方法がある中から、現代語に訳す人の解釈によって表現するためです。 人によっては読み終えた後の感覚に違和感がある場合もありますが、それも現代語訳のよさとしてとらえるのがよいでしょう。 いくつもある般若心経の 現代語訳の違いを楽しむ姿勢が求められます。 般若心経をよく知るために 般若心経はよく耳にしますが、その内容を知るのは難しいと思っている人もいるでしょう。 しかし、現在は書籍やインターネットなどでわかりやすい現代語訳を確認することもできますし、読経の動画などもあります。 こういったものを活用すれば、般若心経を理解しやすくなるでしょう。 掲載サイト: ここで紹介されている現代語訳はある動画に寄せられたコメントで、般若心経の現代語訳をロック調にアレンジしたものです。 動画自体は2010年のものですが、この現代語訳は今でもさまざまなサイトで紹介されています。 掲載サイト: 真言宗のお寺である密蔵院のサイトで公開されている現代語訳です。 柔らかい言葉で書かれているので、比較的わかりやすいと思います。 まとめ 般若心経は、唱えることで先祖を供養したり周りの方に教えを示したりする意味があります。 短いお経ではありますが、その中には大乗仏教の神髄が含まれていることも理解しておきましょう。 お経を見ても何が書いてあるか分かりづらいかもしれませんが、書き下し文を読むことで、意味を理解しやすくなります。 物事にとらわれて人々が苦しまないようにという般若心経の教えを心に留めておくと、救われることもあるでしょう。 葬儀に関するお問い合わせは「小さなお葬式」へ 葬儀に関するご準備は事前に行うことが大切です。 いざという時困らないように、葬儀全般に関する疑問は、「小さなお葬式」へお問い合わせください。 24時間365日専門スタッフがお客様のサポートをさせていただきます。

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