つかはしける人。 藤袴(ふじばかま) 和歌歳時記

後撰和歌集/巻第十三

つかはしける人

藤袴はキク科の多年草。 名に「袴」が付くのは、筒状の花弁が袴に似ていることから。 万葉集由来の「秋の七草」の一つであるが、万葉集では当の憶良の歌以外、全く詠まれておらず、当時はまだ余り広まっていなかったのだろうか。 唐より渡来し帰化したのは、憶良の生きた奈良朝の頃と言われている(在来種とする説もあり)。 古今集では秋の巻に藤原敏行・紀貫之・素性法師という著名歌人の藤袴を詠んだ歌が並び、以後、この三首から多くの作が派生することになる。 是貞のみこの家の歌合によめる なに人かきてぬぎかけし藤袴くる秋ごとに野べをにほはす (通釈:どんな人がやって来て、着ていたのを脱いで掛けたのか。 藤袴は、秋が来るたび野辺を美しく彩り、良い香りを漂わせるよ。 ) 藤袴をよみて人につかはしける やどりせし人のかたみか藤袴わすられがたき香ににほひつつ (通釈:我が家に泊って行った人の残した形見か、藤袴よ。 忘れがたい香にしきりと匂って…。 ) 藤袴をよめる ぬししらぬ香こそにほへれ秋の野にたがぬぎかけし藤袴ぞも (通釈:持ち主は知らないけれども、すばらしい香が匂うことよ。 秋の野に誰が脱いで掛けた藤袴なのか。 ) いずれも「藤袴」という名を文字通り「藤色の袴」の意に取って言葉遊びを楽しみ、かつその芳香に着目している。 実際のところ花に香りはないそうなのだが、葉と茎は乾燥すると清香を発するので、「香蘭」「王者香」の異称もある程。 そもそも我が国には香料として持ち込まれたとも言われている。 他の「秋の七草」同様、薬草としても有用な植物だ。 以前は河原などに自生しているのが普通に見られたとのことであるが、現在は外来植物に駆逐されるなどして、滅多に見られなくなってしまった。 写真は鎌倉長谷寺にて。 秋の花が咲き乱れる庭園では、よく注意していないと見逃してしまいそうな程地味な植物だ。 しかし茎を伸ばした先に品のよい色の小さな花をたくさんつけ、風に揺れる均斉の取れた立ち姿には香気が感じられ、やはり秋の野を彩る花として欠かせない風情がある。 ************** 『万葉集』 秋野の花を詠む歌 萩の花尾花葛花なでしこの花をみなへしまた藤袴朝顔の花 『源氏物語』 「藤袴」 おなじ野の露にやつるる藤袴あはれはかけよかごとばかりも 『夫木和歌抄』 長寛二年白河殿歌合、草花 藤袴ねざめの床にかをりけり夢路ばかりと思ひつれども 『千載集』(暮尋草花といへる心をよませ給うける 秋ふかみたそがれ時の藤袴にほふは名のる心ちこそすれ 『藤原頼輔集』 右大臣家百首なかに、草花を なつかしき移り香ぞする藤袴われよりさきに妹やきて見し 『続拾遺集』 述懐百首歌の中に 藤ばかま嵐たちぬる色よりもくだけて物は我ぞかなしき 『実材母集』 詞書略 西園寺実材母 たれかみし夢の枕のふぢばかまにほひもふかき夜半のなごりを 公開日:平成17年12月31日 最終更新日:平成20年9月9日 ||.

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【2002年7月20日配信】[No. 夏といえば海に山に、というのは一昔前の話で、今ではアスファ ルトだらけで熱帯並みの暑気を放つ外を避けて、冷房の効いた部 屋の中でお籠もりしてデスクワーク、というのがトレンドかもし れません。 しかし短い夏休みくらいは、ぱーっと羽根を伸ばしてどこかへ 行きたーい! というのが正直な気持ち。 テロの影響で冷え切っていた海外旅行も夏には人気復活しそう ですし、さてみなさんはどこへ行く? ところで、夏の魅力のひとつは、早朝の爽やかさでしょう。 朝、目が覚めると庭や通りの並木の木の葉が風に吹かれて、さ らさらっと音を立てたり、小鳥がさえずるのを聴くと、何ともい えない涼を感じます。 さて、今回は少しそんな涼も感じさせる歌を見てみましょう。 どうしてあの人のことが恋しいのだろう。 【小野の】 「小」は接頭語で、言葉の調子を整えるために入れます。 「小野」 は「野原」のことです。 【篠原】 細くて背の低い竹「篠竹」の生えている原っぱのことです。 こ こまでが序詞で「忍ぶれど…」に掛かります。 【忍ぶれど】 「忍(しの)ぶれ」は、上二段活用動詞「忍ぶ」の已然形で「し のぶ」とか「がまんする」という意味です。 「ど」は逆接の接続 助詞です。 【あまりてなどか】 「忍ぶ心をがまんできないで」という意味です。 「などか」は疑問の意の副詞「など」にやはり疑問の係助詞「か」 がついて「どうしてなのか」という意味になります。 【人の恋しき】 「の」は「人」が主語であることを表す格助詞で、「恋しき」は 形容詞「恋し」の連体形です。 「などか」の「か」を受けた係り 結びになっています。 880〜951) 源等(みなもとのひとし)。 嵯峨(さが)天皇のひ孫で、中納言 源希(みなもとののぞむ)の子です。 近江権少掾(おうみのごん のしょうじょう)から左中弁、右大弁などを歴任し、947年に参議 になりました。 風が吹くと、竹の葉がこすれてさらさらと音を立てる。 篠竹の「しの」ではないけれど、ひとり忍んでがまんしてきたけ れど、想いがあふれてしまいそう。 どうしてあの人のことがこん なにも恋しいのだろう。 特定の人に詠みかけた歌のよ うです。 また、古今集には 浅茅生の 小野の篠原 しのぶとも 人知るらめや 言ふ人なしに (心の中に思いをしのばせていても、あの人は知ってくれるだろ うか? いや、だめだろう。 伝えてくれる人がいなければ) という歌があり、そこから本歌取りしたのがこの歌のようです。 しかしこの歌のポイントは、何といってもあふれそうな恋心を 「浅茅生の 小野の篠原」と組み合わせた、イメージの豊かさに あるでしょう。 野原一面に生えている篠竹、さらにところどころに茅(ちがや) が生えている情景。 風が吹くと、衣擦れのようにさらさらと一面 波打つように篠竹がゆれて音をたてそうです。 そういう美しいイメージをバックに、秘めた恋のことが歌われ ています。 恋はやはりロマンチックさがないと興味も半減しそう ですが、こういう美しさを秘めた恋に読み込めば、相手の女性も 陶酔してしまうのではないでしょうか。 序詞は、一見ただの言葉遊びのようにも思えますが、こういう 美しい情景を読み込むことで、後の句に彩りを添える効果もあり ます。 平安時代の典雅さにちょっと酔いしれそうですね。 東京都世田谷区用賀、東急田園都市線用賀駅から砧公園にいた る通りは、1986年に完成し、「用賀プロムナード」と呼ばれてい ます。 この道は瓦を敷きつめ、並木や石像などのモニュメントが いっぱいある楽しい小道ですが、地面を見るとなんと百人一首が 道の両端に彫り込まれているのです。 通りの先の砧公園は、緑の芝生と森のある美しい公園です。 タイルが美しい世田谷美術館が公園内にあり、世田谷ゆかりの芸 術家やアンリ・ルソーなどの絵画が数多く収められています。 天気のいい日曜日、一度お子様連れで遊びに行かれてはいかが でしょうか。

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