パラサイト 性描写。 映画『パラサイト

今さら聞けない?映画『パラサイト 半地下の家族』伏線15連発&ネタバレあらすじ

パラサイト 性描写

カンヌ国際映画祭で、 パルムドールを受賞した 『パラサイト 半地下の家族』を観ました。 私が今までで一番衝撃を受けた映画は、 『時計じかけのオレンジ』だったのですが、 それを更新しました。 私史上、最高傑作です。 映像、脚本、音楽ともに、最高です。 また、私は『ジョーカー』について、 テーマ性は分かるが、エンタメとしていまいちで、中途半端な作品だと思っており、 いまひとつ、このトレンドを受容しきれないでいましたが、本作は別です。 最高です。 本稿は、この映画トレンドを踏まえつつ、 『パラサイト』の素晴らしさについて、 分析していきます。 めちゃくちゃ長いですが、 その分、主要論点はコンプリートしていると思います。 以下、ネタバレを含みますので、 ご注意ください。 さて、 パラサイトの素晴らしさについて、 3つに分けて説明します。 絵の素晴らしさ 2. 展開の素晴らしさ 3. ジョーカーは、前段を描ききっていないですが、パラサイトはそこまで描き切っている点で秀逸です。 それぞれ、 4人家族で下記の家族構成です。 金持ち ・父:IT企業社長。 イケメン ・母:美人。 家事が苦手 ・姉:可愛いJK。 勉強ができない。 ・弟:小学生。 芸術が好き。 貧乏 ・父:無職。 一応、車の運転が得意 ・母:無職。 一応、家事全般は得意。 ・兄:ニート。 一応、勉強は教えられる。 ・妹:ニート。 一応、デザインができる。 物語展開としては、 貧乏人の兄が金持ちのJKの家庭教師になります。 そこを切り口に、 ・貧乏人の妹が、金持ち弟の美術家庭教師に ・貧乏人の父が、金持ち父の専属運転手に ・貧乏人の母が、金持ち一家の家政婦に なっていきます。 そして、この金持ちには、 元々の家政婦がおりまして、 貧乏人一家は、この家政婦を追い出して、 母を金持ち一家の家政婦にします、 この元家政婦も、 物語のキーパーソンです。 言ってしまえば、 この映画は、2組の家族の話ではないのです。 実は、「3組」の家族の話なのです。 映画のポスターにある謎の足は、 「ほかに誰かいること」を示している訳ですが、この元家政婦の家族のことなのです。 この元家政婦には、夫がおりますが、 なんと、金持ち一家の地下室に住んでいます。 しかし、監禁されているのではなく、 借金取りから逃れるために、元家政婦がこの家に匿っているという話なのです。 この3組の家族が混ざることによって、 悲劇が生まれ、物語が加速していきます。 さて、前提整理はここまでにして、 映画の素晴らしさの分析に入りましょう。 絵の素晴らしさ この映画は、 絵として優れているのですが、 これには2つの要素がありますので、 それぞれ説明していきます。 綺麗な絵を見せる。 汚い絵を見せない。 1-A. 綺麗な絵を見せる この映画は、金持ち一家の豪邸内を中心に話が進むのですが、とにかく美しいです。 ぜひ写真や映像で見ていただきたいですが、 美術館のような豪邸です。 豪邸という映像コンテンツは、 その紹介だけで、TV番組が成り立つのが証左であるように、とにかく絵としての魅力があります。 また、 ソウルの貧民街の描き方も素晴らしく、 情景上、暗い絵になってしまう箇所で、 街灯の橙色がエモーショナルで、 ノスタルジックな絵を作り出しています。 とてもフォトジェニックで、 絵画として切り取ってもおかしくない、 非常に美しい絵面が続きます。 また、 スタンリー・キューブリックの作品のように、シンメトリーや光陰により、登場人物の関係性や心理状態をメタ的に伝えていました。 芸が細かいです。 あと、マジで地味なポイントですが、 金持ち母が超絶美人というのも効果的です。 絵持ち力が半端ないです。 1-B. 汚い絵を見せない 貧乏一家の住居は半地下にあります。 下水描写もありますが、全然汚くないです。 この描写であれば、 悲惨さを強調するために、 汚く描いてしまう場合もありますが、 本作では、必要最小限に抑えられています。 この点、同じ下水の描き方でも、 トレインスポッティングとは、 全く異なる思想を持った作品と言えます。 ほか、性行為や刺殺というシーンにおいても、絵として見るに耐えない描写は、 ほとんど描きません。 故に、不快感なく、 快適な状態で見れるのが、 この作品の魅力のひとつです。 ひとことでいうと、 重いテーマの割に見やすいのです。 下記のような、 監督の絵作りのポリシーが垣間見られる映画でした。 展開の素晴らしさ この映画は、展開も素晴らしく、 見てて飽きさせない仕組みになっています。 まず分かりやすいのは、 貧乏家族が金持ち家族に取り入っていくシーンです。 視聴者としても、 兄、妹が雇用された辺りから、 次は、父と母だなと予測できるので、 父と母をどう入れ込むか?という物語展開を予想した上で、楽しむことができます。 現代の視聴者は、 物語の主軸を早めに理解してもらわないと飽きてしまいますので、このやり方は非常に効果的です。 ただ、私が展開の作り方の中で、 特に強調したいのは、金持ち一家がキャンプから帰ってくるシーンです。 元々、金持ち一家は、 キャンプで一晩留守にするはずだったのに、電話がかかってきてしまう。 そして、 「あと、あと8分で帰ってくるから、ジャージャー麺を作って」 と金持ち母からオーダーがきます。 元家政婦夫婦と取っ組み合いをしていた、 貧乏家族は大慌て。 ここからのスピード感が面白いです。 父と兄は、 元家政婦夫婦を地下室に押し込め、 妹は、 散らかったリビングを片付け、 母は、 事件性のある家の中で、 黙々と高速でジャージャー麺を作る。 この描写を見たとき、私は感動しました。 飽きが来てしまう中盤で、 緩急の「急」の部分を作って、 視聴者を飽きさせないようにする。 しかも、 「ジャージャー麺早作り」 というコメディー感満載の描写です。 私は、「人を楽しませよう」とする、 監督のエンターテイナーとしての姿勢に感動したのです。 また、ここの視聴者体感としては、 LINEのツムツムのフィーバータイムに近いです。 キタキタキタキタ!!!という風に、 全身が興奮します。 とにかく、テンポアップが気持ち良い。 新海誠作品の「RADWIMPS早送り」より、 よっぽど効果的で、視聴者フレンドリーな演出だと思います。 この素晴らしさから、 私は下記の2点が大事かなと思いました。 テーマの素晴らしさ いよいよ最後です。 ここが本題です。 この構造について、 下記の2点を論じていきます。 幸福感の対照描写 B. 存在の対立描写 3-A. 幸福感の対照描写 金持ち一家、貧乏一家が描かれますが、 貧乏一家が不幸そうか?と言われると、 そうでもありません。 父親はユーモラスですし、 母親は元ハンマー投げ選手で明るいです。 兄は人当たりがよく、知性も高いですし、 妹は器用な性格で、賢いです。 最初の描写でピザの箱作りの内職がありますが、そこからずっと、4人は楽しそうです。 特に、金持ち一家が、 留守にしている間に、勝手にリビングで寛いでる時は、とても楽しそうでした。 生活レベルが低くとも、 幸福レベルが低いわけではありません。 そして、 頭が悪いわけでも、 家事ができない訳でもありません。 能力レベルも低くありません。 むしろ、 金持ち一家に対して、 勉強を教えたり、家事を代行しています。 金持ちに貧乏人が寄生しているのではなく、金持ちは生活を送るために貧乏人に助けられているのです。 貧困層だからといって、 富裕層と比較するために、 過度に不幸のドン底で、無能で、不幸せそう という風に描いていないのが、この映画の特徴です。 貧乏一家は、 ずっと明るく、楽しそうで、前向きです。 3-B. 存在の対立描写 はい、ここです。 この映画が素晴らしいのは、ここです。 この映画では、 3組の家族が存在します。 ・金持ち一家 ・貧乏一家 ・元家政婦貧乏夫妻 しかし、どの家族も、他の家族に対して、 「意識的な否定」は一切していません。 「意識的な否定の不在」を描いている点こそが、この映画の真髄なのです。 また、貧乏一家は、金持ち一家に対して ・あいつらは気にくわない ・金持ちが楽をしやがって という嫌悪感情は一切ありません。 むしろ、母に関しては、 「金持ち母は、金持ちだから優しいの」 とまで言っています。 そして、貧乏一家は、 地下に押し込んだ元家政婦夫婦に対し、 ・食事を持っていかなければと気遣い ・早く地下から出してあげないと と考えています。 一方で、元家政婦夫婦側も、 ・貧乏一家に対し、地下に閉じ込められている夫に食事をあげて欲しい ・金持ち一家の父に感謝と尊敬を示している ・というか、元々家政婦であり協力的 という関係性です。 つまり、 この3組の家族において、 誰も他の人に対して、 「意識的な否定」をしていないのです。 むしろ、言葉にして認めているという点で、 「意識的な肯定」という次元です。 格差社会映画であると、 「上が下を否定し、下が上を否定する」 というのが、明示的に描かれてがちです。 しかし、 否定が明示的に描かれていないのが、 この作品をまろやかに仕立てあげ、 「誰も悪くない中での悲劇」という印象を与えているのです。 悲劇は起こりましたが、 明確な悪者は存在せず、 全登場人物が 「自らの家族を守るための行動」をしている善良な人々なのです。 この家族愛が通底しているからこそ、 この作品は温かく、鑑賞後に胸にジーンとくる映画になっているのです。 悲しみがあるだけで、 怒りや憎しみはないのです。 しかし、 「意識的な否定の不在」と書きましたが、 「無意識的な否定の存在」を忘れてはいけません。 これこそが、 ジョーカーをはじめとする、 昨今の映画のトレンドです。 思いっきりネタバレですが、 貧乏一家の父は、 金持ち一家の父を刺殺します。 金持ち一家の父は、 貧乏一家の父を認めていました。 運転は上手だし、過度に介入しない。 度が過ぎているのは「匂い」だけだと。 たったこれだけ。 たったこれだけの否定が含まれるだけで、 貧乏一家の父親は、自分の存在を否定されていると感じ、金持ち一家の父親を刺殺してしまうのです。 いくら意識的に否定はしていなくても、 本質的には見下している。 そして、 無意識で否定が出てきてしまう。 そして、それが人を傷付けてしまい、 場合によっては、取り返しのつかないことになってしまう。 ジョーカーでは 「無意識の否定」が徹底的に描かれました。 誰しも、 表では肯定して口に出なくても、 本当は否定的である場合、 ぽろっと出てしまうものです。 私は、社会が成熟するにつれて、 多様性理解が進み、「意識的な否定」は徐々に緩和されていると思います。 むしろ、 口だけでは「意識的な肯定」がはびこっています。 しかし、 「無意識の否定」は未だに根強いと思っています。 それは簡単に変えられるものではない。 パラサイトは、 こうした社会の現状を、 エンターテイメント性にくるんで世の中に送り出している点で非常に素晴らしいと思いました。 私史上、最高の映画です。 下記の3つの側面から考えましたが、 改めて素晴らしい作品だと思います。 絵の素晴らしさ 2. 展開の素晴らしさ 3. テーマの素晴らしさ 私の主観に過ぎませんので、 ぜひ他の意見も聞かせてください。 終わり.

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パラサイト 性描写

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。 ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。 今週評論した映画は、(2019年12月27日公開)。 今夜扱うのはこの作品……。 『殺人の追憶』『グエムル-漢江の怪物-』『スノーピアサー』などなどのポン・ジュノ監督最新作。 全員が失業中の貧しい家族が、IT企業を経営する富裕な家族にパラサイト(寄生)を始めたことから思わぬ事態に発展していく。 主演はポン・ジュノ監督と4度目のタッグとなるソン・ガンホ。 共演は『最後まで行く』などのイ・ソンギュンなどなど。 第72回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール(最高賞)を受賞。 そして 第92回アメリカ・アカデミー賞で作品賞、監督賞を含む6部門、主要部門ですからね、ノミネートされるなど、世界中で高い評価を集めております。 アジア映画でアカデミー作品賞にノミネートされたのは初、ということでございます。 ということで、この『パラサイト 半地下の家族』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。 ありがとうございます。 メールの量は、 「とても多い」。 先週の『フォードvsフェラーリ』に続きメールの数は多め。 そして先週以上に絶賛評が多く、 全体の9割が褒めでございました。 褒めている人の主な意見は、「前半は笑いながら見ていたが、後半からどんどんすごいところに連れて行かれ、最後はズドンと重い宿題を渡された」「すさまじい脚本で、今もその要因を引きずっている」とかですね、「家、町並み、演技、小道具……画面に映るすべてが完璧。 ポン・ジュノ監督の最高傑作。 いや、韓国映画史上でも最高傑作では?」などなどございました。 一方、主な否定的な意見は、「ラストに納得がいかない」「格差社会へのメッセージとしては弱いのでは?」とか「映画の中でのフィクションラインが曖昧で乗れない」などがございました。 現代における金持ち描写の最高峰だと思います」(byリスナー) ということで、代表的なところをご紹介しましょう。 「オレンジエコー」さん。 「『パラサイト 半地下の家族』、ウォッチしてきました。 期待以上の名作かつ怪作で、ポン・ジュノ監督の新たなステージではないかと思います。 (半地下に住んでいる貧乏な家族と金持ち家族の)どちらの家族にも愛着を持てるからこそ、誰にとっても他人事ではないと感じさせる脚本やキャストはもちろんのこと、何と言っても美術や撮影が素晴らしかったです。 監督の過去作では『団地』や『列車』という箱庭を用いて社会を描いてきましたが、今度は『家』という最小単位。 多くの映画で空虚に描かれがちな豪邸や、そこでの暮らしが、スタイリッシュで温かみもありながら、どこか奇妙で滑稽。 つまり本当の意味で美しく描かれ、 あの家が登場人物みんなにとってのファム・ファタールであるという説得力が半端なく、現代における金持ち描写の最高峰だと思います。 他にも魅力を挙げればきりがありませんが、 『映画を好きでよかった。 圧倒的感謝です!』と感じさせてくれる最高の映画体験でした」という。 たしかに、金持ち描写っていうのをさ、説得力ある感じで……しかもね、その映画の中身とちゃんとリンクさせてっていうのはね、意外と難しいことかもしれませんね。 それを見事にやっている、というご意見がございました。 一方ですね、「ポコターン」さん。 この方はイマイチだったという方。 「自分にとってこの映画のリアリティラインはあまり合わない感じでした。 娯楽作品として見れば過不足なく手際のよい物語の語り口、適切な演出でポン・ジュノ作品を初めて見た自分でも実力は十分に伝わってきます。 しかしながら、下層階級の家族が上流階級の家庭に食い込んでいくというお題目のために都合の良い展開が多すぎるなと感じました」。 それでいろいろと書いていただいて……「自分にとってこの映画は全体的にフィクショナルすぎてふわふわした印象でした」というご意見でございます。 というところで皆さんね、メールありがとうございます。 今回のムービーウォッチメン用に。 TOHOシネマズ日比谷で2回、見てまいりました。 だから計4、5回はもう繰り返し見てる感じだと思いますけど。 ということで、平日昼にも関わらずですね、この日比谷も、ご年配の方々を含め、かなり埋まっていて。 実際に配給会社の方もね、 「記録的ヒットだ」というようなことをおっしゃっているようです。 もちろん、さっきから言ってるようにもう世界的に高い評価を得ているということもありますし、日本の出ている映画評なども本当に……たしか週刊文春のシネマチャートでも全員満点とか、軒並み超高評価。 僕も満点を付けましたし。 とにかくすごい圧倒的な前評判の高さに加えて、実際の作品自体がですね、確かになるほど、誰の目から見ても明らかな形で、 まずはストレートにむちゃくちゃ面白いんですよね。 映画としての語り口、まさに極上だし、途中には、見た誰もが度肝を抜かれるであろう仕掛けも用意されている。 その上、痛烈な社会批評と、最後にはそのね、皆さんがおっしゃっているように、ドスンと腹に来る余韻が残るという。 要はあらゆる意味で、ぶっちぎりでハイレベルな1本なので。 これに今、ちゃんと日本でも観客が集まっているっていうのは、とてもいいことであるという風に、私も嬉しく思います。 脚本・監督のポン・ジュノ。 長編デビュー作、2000年の『ほえる犬は噛まない』から本当に、すでに「ああ、これはすごい才能だな」という感じでしたけど。 僕がやってきた映画時評の中ではですね、2009年の『母なる証明』。 これ、ウィークエンド・シャッフル、シネマハスラー時代の2009年11月23日に扱いましたが。 その後、ポン・ジュノさんはですね、フランスのグラフィックノベル、バンド・デシネ原作で、豪華ハリウッドスターたちをキャスティングした『スノーピアサー』、2013年の作品であるとか、それに続いてやはり豪華ハリウッドスターが多数出演、Netflixでもう莫大な金額をかけて作った『オクジャ』っていう、これは2017年の作品と、要するに世界進出モードのSF大作、というのが続いたわけですが。 まあの『パラサイト』で、久々にその韓国のね、ドメスティックな社会の現実をアイロニカルに描き出す、という、言わば十八番の路線に回帰した、という風に言えると思います。 まあ今年、この番組でも1月8日にオンエアーいたしました、ポン・ジュノさんとソン・ガンホさん、今回の『パラサイト』のタイミングで私、インタビューをさせていただきました。 これ、みやーんさんの非公式書き起こしもね、読めますから。 こちらも読んでいただきたい。 で、そこでポン・ジュノさんがおっしゃっていたのは、企画自体は『オクジャ』よりも前に始まっていたというのもあって、外国か韓国かという制作環境の違いというよりは、やっぱり制作規模…… 「作品のサイズ」が、『殺人の追憶』『母なる証明』のように、自分にぴったりなサイズに今回戻ってきた、という気持ち、その部分が大きい、ということをおっしゃっていました。 そこがすごい印象的でしたね。 まあ笑いまじり、冗談まじりのムードでしたけど、「これからはずっと小さい映画を作っていきたい。 大きい映画は作りたくない!(笑)」なんてことをおっしゃってましたけどね。 実際のところ、今回の『パラサイト』はまあ、そのインタビュー中でもおっしゃっていたようにですね、実は大掛かりなところは超大掛かり、お金もしっかりかかった一作なのは間違いないのですが……という。 それが映画としての、普遍的な、誰が見てもわかる面白さとか、誰が見てもわかる深みとか凄さとして結実している、っていうことなんですね。 まあその意味で、 前からむちゃくちゃすごかったのに、はっきりさらにすごくなった、というのが今回の『パラサイト』だと言えると思います。 まず、その話の構造がですね……ああ、ちなみに今日も決定的なネタバレはもちろんしないようにします。 ポン・ジュノさんもね、いろんなところで「(ネタバレ)しないでください」っておっしゃっていますから。 決定的なネタバレはしませんけども、もちろんいろんなディテールだとか、「こういう場面がありました」なんてことは触れるので。 全く情報を入れたくない方は……まあ、ふと聞いちゃっている人もいるでしょうから。 『パラサイト 半地下の家族』が評判になっているから、全く情報を入れずに行きたいという方はね、追い追いね、タイムフリーであるとかラジオクラウドとかで追い追い聞いていただく。 まあ、その間はね、他にもいろんな楽しい局が、楽しいラジオをやっていると思いますんでね(笑)。 フフフ、なんてことを言うんだろう、私はね(笑)。 ということでまずね、今回の『パラサイト』。 話の構造がそもそも今までのポン・ジュノ作品に比べてものすごくシンプルですよね。 親子4人、定職がないまま綱渡り的な生活をしている貧しい家族がいて。 その彼らの貧しさの象徴というか、まあ韓国に実際に多くあるというその半地下の住居っていうのがあるわけです。 これ、パンフレットに載っている町山智浩さんの文章によればですね、元は北朝鮮の攻撃に備えた防空壕だったものが住居として使われるようなったということらしいんですね。 で、この「元は北朝鮮の攻撃に備えるための……」っていうのは、ご覧になった方はすでにお分かりでしょうが、後半に出てくるアレと呼応している、ということがございますよね。 ちなみにこの家族が貧しくなってしまったきっかけとして、お父さんが事業に失敗して、その事業というのが 「台湾カステラ」のお店を出したという。 これもやっぱり実際に韓国で近年流行って、それでバタバタッと潰れていったという、そういう実際の事実をベースにしているというのがあります。 で、まあとにかくその職がほしいという家族4人がですね、それぞれ身分を偽って、ある超お金持ちの家に入り込んじゃうと。 前半は、彼らが次々と策略・謀略を仕掛けていって。 まあこの策略・謀略も、主人公家族がしきりと 「計画がある」「プランがある」ということを口にするんですけども。 これがラストに行くにしたがって、その「計画」という言葉がですね、僕には計画がある、私には、俺には計画があるっていうのが、 重い意味を持ってくる……というあたりも、ご覧になった方はお分かりのあたりだと思いますね。 まあ、とにかくとある「計画」を持って策略・謀略を仕掛けていって、金持ち一家たちがまんまと、間抜けにも騙されていく、というプロセスを、デフォルメされたコメディタッチで、非常にコメディタッチで見せていくわけですね。 まあ一種のコンゲーム物的な面白さと言いましょうかね、騙して潜入していくという、コンゲーム、詐欺物ですね。 その面白みがある。 よくある話。 それこそ前述のインタビューの中でも触れたキム・ギヨン監督の、1960年のまさに韓国映画クラシック『下女』とかですね。 これ、ポン・ジュノさんも言及していましたけども、階段の使い方とかを含めて、本作に大きく影響を与えている、これは間違いないことでしょうし。 まあ『小間使の日記』とかですね、『テオレマ』とかも入れてもいいかもしれませんね。 ジャン・ルノワールの『素晴らしき放浪者』とかも入れてもいいのかな、とか、いろいろとあるわけです。 個人的には、「家族ごとパラサイトしてくる」っていうこの感じは、『魔太郎がくる!! 』にですね、そういうエピソードがあるんですよ。 それをちょっと連想したりしましたけどね。 あとは同じ藤子不二雄Aさんの作品だと、『ひっとらぁ伯父サン』とかも、家にパラサイトしてくる、乗っ取られる話ですよね。 まあ、ともあれ前半はそんな感じで、ある意味観客も、いわばジャンル的安心感の枠内で、楽しく見られるわけですよ。 「ああ、まあまあ、乗っ取ってくる感じね。 ああ、面白い、面白い」って。 その行く先が見える感じで楽しめるわけです。 ただ、それでもですね、単に主人公家族がブルジョワ一家をまんまと篭絡して痛快だ、となるだけではなさそうだな、というような、 フッとハシゴを外されるような瞬間も、実はいくつか事前に周到に仕掛けられていて。 たとえば、ソン・ガンホ演じる、この半地下の家族のお父さんがですね、先方の金持ちの家の奥様……これ、チョ・ヨジョンさんが、 黒木瞳的奥様感と言いましょうか、その奥様と2人きりになって、ある秘密を共有する、という場面。 これ、これまでのそういう入り込み物、家族入り込み物、異物入り込み物なら、ここで奥様側も「ドキッ!」っていうね。 主人にはない何かワイルドみにドキッ!みたいな、そういう展開になりがちなところを、実際にここで彼女が返してくる反応というのは……というあたり。 そして、それを受けてのソン・ガンホさんの物言わぬリアクションがまた、おかしくも哀しい、っていう感じが本当に最高なんですけども。 あるいは、やはりソン・ガンホさんのお父さんと、金持ち一家の主であるパク社長。 これ、演じてるイ・ソンギュンさんね。 『最後まで行く』という、僕はすごい好きな映画がありましたけど。 あれでも主演をされてましたが。 それがですね、まあパク社長に向けてそのソン・ガンホが、 「奥さんを愛していらっしゃいますもんね」って、まあお世辞半分に言っていることなんだけど、それに対して思いのほか、冷めた反応が返ってくる、ってあたり。 これもやっぱり、終盤と呼応していますね。 「奥さんを愛していらっしゃいますもんね」っていうこのセリフね。 というあたりで、 「あれ?」っていうね、その今までの入り込み物の温度感とはちょっと違うのか?っていう、フッとそういうハシゴを外されるような瞬間が、用意されてはいる。 まあ、とにかく一見、まんまとブルジョワ一家に取り入っていく半地下家族、というのが前半なわけです。 それをいいことに、堂々と家族団らんの酒盛りを始める一同、という。 なんですけど、その全面ガラス張りのリビングっていうところで、まずちょっと不安が募りますよね。 見てるだけでね。 なんか、「見られちゃう」感じがするし。 そして、外が激しい雷雨になる、それと共にですね、 物語全体が、想像もつかなかった方向に一気に転がりはじめていく!というのが、まさにこの映画の、キモ中のキモなわけですね。 特にやっぱり、「あっ、何かが……決定的に何かがおかしい方に行く」っていうきっかけが、 「人物の、思ってもいなかった角度の姿勢」というのが、ポン・ジュノっぽいですよね。 そんな姿勢!? っていう。 この空間でその姿勢はない!っていうことが起きてる、っていうあたりだと思います。 当然、ちょっとここから先の話は、具体的には言いませんけども。 何が起こるかは具体的に言いませんが、ただちょっと抽象的な説明の仕方を重ねますけども。 ポン・ジュノ作品、これまでも非常に印象的だった、 「闇の奥に何かがある」っていうショット。 「奥に何かがある」っていう感じはすごく今までも印象的に使われてきたんですけど、今回はさらにその闇の奥にですね、要するにその得体の知れない領域に、主人公家族も我々観客も、まさにカメラと共に、文字通り 「連れて行かれてしまう」っていう作りになってるわけです。 これまでもポン・ジュノ作品、既存のジャンル的なその予想の範囲を超えて、最終的に、 得体の知れない領域に行ってしまう、という作品ばかり撮ってきました。 見終わってみると「何だ、この感情は?」とか。 「最高の映画だし、最高に面白かったけど、 今、どんな気持ちになれと……?」っていうね。 言葉で説明できないところに連れて行かれる、っていうのは今までもありましたけど、今回の『パラサイト』は、 それがストーリー、そして映画としての語り口と、シンプルに一致しているんですね。 主人公のその家族たちと観客もですね、要は今まで「こうだ」と思っていたような物語世界が、実は全く違う本質を持ってることがはっきりしてしまう。 それによって世界の意味がひっくり返るような感覚を、主人公家族と同時に我々観客も、直接的に味わうことになるわけです。 今まで思ってたような世界じゃなかった。 そして先ほど言いました、ポン・ジュノさんとソン・ガンホさんへのインタビューでも触れた通り、ここに至って、その大邸宅のですね、すごく印象的にある階段であるとか、その上下の構造。 あるいは、あの金持ちの家に行くために、まあ坂を登ってくるわけですよね。 その、地理的な構造。 つまり、階段や坂を介した上下の構造が、 物語的なテーマと実は直結してたんだ、ってことに、我々観客はそこで気づくわけです。 「ああ、『半地下』の家族って、そういうことか!」みたいなね。 で、もちろんポン・ジュノ映画、これまでも、地形の高低差とかそういうのを、印象的に使ってきました。 たとえばそうだな、『母なる証明』だったらね、あの死体が置かれていた、あの2階の屋上の、高台のところから見晴らした街とか、そういうのは使ってましたけど。 今回の『パラサイト』は、それがストーリーやテーマと、シンプルに直結している。 まさに映画ならではのストーリーテリング、っていうのがすごくスマートにできてるとか。 またですね、やはりこれまでもポン・ジュノ作品が際だって上手かった、 非常にミニマルなシチュエーションなんだけど、それを最大限のスペクタクル、サスペンスに仕立て上げてしまう手際。 小さなシチェーションなのに、すごいでっかいサスペンス、スペクタクルがある。 ですけど今回の『パラサイト』の中盤はですね、まさにそのテクニックの、拡大・連発版ですね。 まあその、要は 「家屋内かくれんぼ」だけでですね、これだけハラハラドキドキ、しかもいろんな引出しで(ハラハラドキドキ)させられるだけでも、まあやっぱり半端な腕じゃないですし。 しかも今回の『パラサイト』では、その家屋内かくれんぼのハラハラドキドキにもですね、テーマと直結した、やっぱりそこでも上下の構造……上にいる人、下にいる人、そしてクライマックスの布石となる 「匂い」という、非常に残酷なモチーフを絡めてきてるわけで。 二重、三重にすごいわけですね。 ちなみにこの、匂いというくだり。 半地下住居のその匂いというのはですね、韓国の方は割と「ああ、あの匂いか」ってわかるような、結構具体的なものとしてあるらしいんですけどね。 でも、(そうした認識を共有していない他国の観客である)我々にとっては、やっぱり僕がインタビューの中でも言った通り、映画においては不可視な「匂い」というのを使って差別というものを表現されると、もうこっちはどうにもできない…… 「お前は臭い」と言われるとどうにもできないっていう、残酷な差別の構造として、やっぱりこれは非常に演出として生きている。 ともあれ、さっきから言ってるように、高低差によって示されたその社会の構造。 そのまさに、まさに文字通り「下流」にいる者たち同士がですね、構造全体の不条理には怒りが向かず……なんならそっち、構造全体の不条理に関して諦めちゃってるから、(劇中のセリフ通り) 「リスペクト!」までしちゃってですね。 それで、その下にいる者同士で、食い扶持を確保するために争い合うっていう、そういう悲しい、でもぶっちゃけこれが現実にはやっぱりよく噴出する構造でもある、というその展開の果てに……プラス、もちろんさっきのインタビューでも触れた、一大スペクタクルシーンが用意されています。 これはもう、 「ああ、ここがこんなスペクタクルになっちゃうのか!」という見せ方。 しかもそれがやっぱりテーマとも直結している、というその展開の果てにですね。 ここは元のシナリオ以上に、「ソン・ガンホが演じる」説得力によって、よりくっきりしたメッセージが込められたものに変わったらしいんです。 要するに、とある人物の行動が、シナリオではもっと、どういう意志でやったものかが曖昧だったのが、 ソン・ガンホが演じるならこれは説得力を持たせられるんだ、ってことで、はっきりと意志を持ってとある行動を取る、というクライマックスへと突入していく。 インタビューでポン・ジュノさんもおっしゃっていた通りですね、このシンプルな語り口と構造を、真に豊かなものにしているのはやっぱり、そのさっき言ったソン・ガンホさんとかを含めて……もちろん、見事というほかない美術や撮影、それら全てを緻密にイメージボードを書いてコントロールしているポン・ジュノ演出はもちろんなんですけど、やっぱり、ソン・ガンホさんをはじめとする俳優陣の力、というのが当然、大きいわけです。 中でも家政婦役を演じたイ・ジョンウンさんは実は監督の過去作では…… ソン・ガンホさんね、その、のほほんとした親父から、終盤にかけて特に……笑顔が完全に消えるんですね。 そのシリアスなトーンっていうところの演技はもちろん見事なものですし。 あとやっぱりソン・ガンホは、声がいい、というあたり……特にラスト周辺で、それ(声のよさ)が非常に、抜群に生かされるのは、その半地下ファミリーの息子、チェ・ウシクさん演じる息子さん。 オープニングと対になった、そのラストショット。 オープニングと同じく、その半地下で、カメラがグーッと下りてくると、その息子の顔になる。 まさにポン・ジュノ映画の幕切れにふさわしい、あの眼差しですね。 あれも見事なものでしたし。 パク・ソダムさん演じる娘もですね、非常にストリート感、ゲットー感っていうのと、転じて、演技としてのハイソな知性みたいなものを、本当に見事に演じ分けられてて、素晴らしかったですし。 あとお母さん。 チャン・ヘジンさんのね、元ハンマー投げメダリストっていう、あのなんか「太いキュートさ」って言うんですかね? 図太いキュートさという。 あれも本当に見事なもんでしたしね。 あと、今回一番実は重要なのは、追い出される家政婦役。 ムングァンという役の、イ・ジョンウンさん。 彼女は、『母なる証明』の、被害者の女子高生のお葬式のシーンで、母親に食ってかかる、一番目立っていたあの女の人。 あるいはですね、 『オクジャ』のあの生き物の、鳴き声を演じている(!)。 だからその、ポン・ジュノさんの信頼が非常に厚い女優さんなんだけども。 今回も、本作のある意味一番、要の役ですね。 「おもしろうてやがて哀しき……」っていうあたり。 そして、ネタバレできないので詳しくは言えませんが、やっぱり 「リスペクト!」なあの人。 要するにその、さっき言った社会の不条理な構造に関して、諦め切った人。 その思考の、狂気性、ピュアさも込みで、見事に体現されてますね。 あの人の佇まい……バナナの食べ方! まあもちろんね、金持ち家族も素晴らしい。 金持ちの娘・ダヘさん。 チョン・ジソさんですか。 普通にアイドル的に、なんか「坂道」にいそうだな、みたいな感じで、すごいかわいかったですけどね。 元々すごかったポン・ジュノがさらにすごい一本を撮ってしまった! そんな感じでですね、まあちょっとネタバレできない範囲も多かったんでね、このぐらいにしておきますが。 ラストに向けて、語りの位相がシフトしていくあたり。 この人のナレーションか、と思ったら、この人のナレーションになっている、という風に、語りの位相がシフトしていくことによって、現実と想像の境がどんどん淡く、曖昧になっていく……かと思いきやの、さっき言ったその、オープニングと対になった着地で。 そして音楽も、ちょうどそこで着地、っていう。 この、 ドスンと来る余韻。 結局やっぱり、現実に(作中の問題提起を)持って帰らされる。 「で、あなたたちは……?」って来るわけですね。 ということで、面白さ、そして語り口のシンプルさ、スマートさ、深さ。 驚き、サプライズもある。 そして、ユーモアと残酷さもある。 撮影とか美術とか音楽の質の高さもある。 もちろん、演技の素晴らしさもある。 とにかくすべてが、あらゆる面ですごいレベルというか。 もう、これだけ絶賛するしかないのが、本当に悔しいぐらいなんですが。 だって、褒めるところしかないんだもん!っていう。 元々すごかったポン・ジュノが、さらにさらにすごくなって帰ってきた、すごい1本を撮ってしまった。 そんな1本。 そりゃあ当然、劇場でウォッチしてください! (ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画はです) 以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。 (ガチャパートの前)ポン・ジュノ作品は、細かいところのキャスティングの 「顔チョイス」が本当にセンスいいことで知られているんですけども。 今回は特にね、 あの、終盤の刑事。 本当、あいつの顔が出てきた時に、「いやー、やっぱりポン・ジュノの顔選び、最高!」って思いましたけどね(笑)。 5MHz/AM954kHz、PCやスマートフォンはで。 聴き逃しはで一週間前まで、それより過去はで。 スマホの方はを使うとより快適にお聞き頂けます。

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今さら聞けない?映画『パラサイト 半地下の家族』伏線15連発&ネタバレあらすじ

パラサイト 性描写

2020年1月6日(現地時間1月5日)に発表される第77回ゴールデン・グローブ賞にて監督賞、脚本賞、外国語映画賞の3部門にノミネートされている。 いま、世界中を熱狂させている本作について、黒澤明監督が三船敏郎を主演にした名作『天国と地獄』にインスパイアされているとポン・ジュノ監督が明かした。 黒澤明をリスペクトするポン・ジュノ監督 かねてから、オールタイムベストを問われる度に『天国と地獄』('63)や『乱』('85)を挙げ、黒澤監督へのリスペクトを表してきたポン・ジュノ監督。 先日アメリカで取材を受けた際に、「もしあなたが映画学校の先生になったとして、まず五本の映画を生徒に観せるとしたら何を選ぶ?」との質問に対し、キム・ギヨン『下女』('60)、アルフレッド・ヒッチコック『フレンジー』('72)、アンリ=ジョルジュ・クルーゾー『恐怖の報酬』('53)、ジョン・フォード『わが谷は緑なりき』('41)と共に、黒澤監督の『天国と地獄』を挙げ、自身にとっても大きな影響を与えた作品だと語っている。 『パラサイト』の半地下と高台の家は『天国と地獄』にインスパイアされていた 『パラサイト 半地下の家族』には貧しい家族キム家と裕福な家族パク家が登場する。 「(『天国と地獄』の)構造はよりシンプルで力強い。 丘の上に金持ちがいて、底辺には犯罪者がいる、といった構造。 基本的には『パラサイト』も同じですが、『パラサイト』の方がより多層的ではあります。 物語は裕福な者と貧しい者についてなので、それを明確に意識して、音響や照明をデザインしていきました」とポン監督。 「貧しければ貧しいほど陽を浴びることができない。 それは現実でも同じです。 例えば『スノーピアサー』では、最後尾の車両には窓がなく、(本作の)半地下の家では日中浴びることのできる日の光が限られています。 おそらく日照時間は15分から30分ぐらいでしょうか。 そういった描写から、『パラサイト 半地下の家族』は始まるのです」と語り、『天国と地獄』の構造から物語を作り上げていったことに触れている。 『パラサイト 半地下の家族』は2020年1月10日(金)より全国にて公開。 12月27日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷、TOHOシネマズ 梅田にて先行公開。 《text:cinemacafe. net》.

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