ズレ 漫才。 オードリー (お笑いコンビ)

行為は漫才、恋のズレ漫才、漫才も恋も後半ケツ1分の畳み掛けの所はパチンパチン音が鳴ってますよって事(オードリーANN2013年11月16日)

ズレ 漫才

オーソドックスな漫才スタイル しゃべくり漫才 しゃべくり漫才は、漫才師の単純な対話だけで進める形式を指し、正統派漫才とも呼ばれる漫才の王様です。 M-1などの賞レースでも、この形式の漫才が評価される傾向にあります。 純粋な対話だけで観客を笑わせなければならないため、漫才師の力量が如実に表れます。 オール阪神・巨人、中川家、ブラックマヨネーズ、タカアンドトシ、銀シャリ、金属バッドといった芸人が得意としている形式です。 テーマさえ決めてしまえばそのテーマの中でボケとツッコミができるため、比較的作りやすい漫才の形式だと言えます。 コントを得意とするコンビが、コントのネタを漫才に作り替える場合、コント漫才の形式になることが多いです。 サンドウィッチマン、パンクブーブー、NONSTYLE、和牛といった芸人が得意としている形式です。 大半の漫才はしゃべくり漫才かコント漫才の2つに分類することができます。 以下の記事ではコント漫才の中を更に細かく分類した内容を紹介しています。 特殊な漫才スタイル 歌謡漫才 歌謡漫才は、歌をベースに行われる漫才です。 漫才の途中に歌を挟む形式から、ネタの全てを歌に乗せて行うものまで、様々な種類があります。 漫才を芸人同士の会話だと定義すると、厳密には漫才の枠に入らない形式なのかもしれません。 「なんでだろう」でお馴染みのテツandトモは2002年のM-1グランプリで決勝に進出していますが、歌ネタを漫才として捉えるべきかという議論になりました。 他にはきつね、メンバー、ラニーノーズといった芸人が得意としている形式です。 Wボケ漫才 通常の漫才では、コンビであれば片方がボケでもう片方がツッコミ、と明確に役割が分かれていますが、Wボケ漫才は両方がボケをするという形式です。 ボケとツッコミを交互に入れ替える形式や、両方ともボケ続けてツッコミが不在の形式などが存在します。 Wボケのスタイルは笑い飯がM-1グランプリで披露して以来、一気に広がりを見せています。 M-1で唯一「100点」を叩き出したネタである「鳥人」も、Wボケ形式の漫才です。 ちなみに、以下の記事では「鳥人」に満点をつけた島田紳助の評価基準について紹介しています。 その他にはジャルジャル、Aマッソといった芸人が得意としている形式です。 ギャグ漫才 通常の漫才の合間にギャグを挟む漫才の形式も存在します。 流れ星はボケのちゅうえいが通常の漫才のボケに交えて、自身のギャグをするという方式の漫才を得意としています。 NHKの爆笑オンエアバトルでは、観客投票で上位だったネタしか放送されないというシビアな番組ですが、流れ星は20戦行って全てのネタがオンエアされたという番組最高記録を持っています。 その他には、オジンオズボーン、コウテイ、フースーヤといった芸人が得意としている形式です。 ノリボケ漫才 ハライチが生み出した、岩井のボケ(フレーズ)に対して、澤部が突っ込まずに更にボケを重ねるという形式の漫才は「ノリボケ漫才」と呼ばれます。 岩井のフレーズに対し、澤部が全力で乗っかるという漫才は、ハライチだけが行う唯一無二のスタイルです。 以下の記事では、今やバラエティの人気者となった澤部の本質について岩井がエッセイの中で語った内容を紹介しています。 ズレ漫才 オードリーが生み出した、若林の話に対して春日が誤ったタイミングや内容のツッコミをする形式の漫才は「ズレ漫才」と呼ばれます。 登場の挨拶をする若林に対して「誰に話しかけてんだよ!」というようなズレたツッコミを春日が繰り返すことで漫才が進んでいきます。 元々ツッコミが下手だった春日の弱点を活かした新しいスタイルの漫才です。 オードリーはズレ漫才で、2008年のM-1グランプリで準優勝という結果を残します。 リターン漫才 2019年のM-1グランプリで優勝したミルクボーイのネタは「リターン漫才」と呼ばれます。 松本人志はM-1の番組内で「行ったり来たり漫才とでも言うんでしょうか。 揺さぶられました」と彼らの漫才を高く評価しています。 コーンフレークや最中といった1つのテーマに対し、ボケの駒場が様々な特徴を挙げていき、ツッコミの内海が 「〇〇やないか」「ほな〇〇ちゃうか」と強烈な偏見を持った肯定と否定を繰り返すのが特徴です。 このスタイルは上述の漫才の王道である「しゃべくり漫才」にも該当し、2019年時点のM-1グランプリ最高得点である「681点」を記録しています。 ノリ突っ込まない漫才 2019年のM-1グランプリでぺこぱが披露した「ノリ突っ込まない漫才」も新しいスタイルの漫才として注目を集めています。 基本的には通常のコント漫才の形式なのですが、ツッコミの松陰寺がボケに対して普通に突っ込むと見せかけてボケを肯定する点が特徴です。 この漫才形式は松本人志をはじめとする審査員に絶賛され、M-1グランプリ2019では、3位という好成績を残しています。 以下の記事ではぺこぱの漫才についての分析をしていますので、興味がある方はご覧ください。

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オードリーがズレ漫才を手に入れるまでの試行錯誤

ズレ 漫才

イキリ漫才はかっこつけ漫才という意味です。 コンビのいずれかがカッコつけるのが主で、かつてのノンスタはこの芸風でした。 井上の恋愛論に石田が野次を飛ばしたり余計な事を言うのが彼らのイキリ漫才でしたが、関東進出後、M1で勝ち上がる事を考えこの芸風から井上の展開する話に石田が介入するスタイルに変わりました。 他にもトレンディエンジェルやフルポンのコントみたいな、格別かっこいいわけでもない人がカッコつけたネタがイキリに当たると思います(イキルは関西の表現なので関東の芸人に例えてもピンと来にくいのですが)。 ズレ漫才は、言ってみれば会話がかみ合っていない漫才。 オードリーのネタがまさにそれで、若林の発言に対する春日のツッコミがかみ合っていない、やり取りのずれている漫才です。 最もオードリーの場合はスカシ漫才(片方の発言を一切取り上げない漫才のジャンル)の延長線上にもあるように思えるのですけどね。 イキリとは、自分がいかにも「凄いぞ」とか「カッコいいぞ」という具合に態度で主張している、自惚れたり調子に乗ってる愚か者に言う言葉です。 元々は粋だとかの「粋」から来た言葉だと思うけど、粋という言葉を使う東京を敵視する、大阪人の負け犬精神が生んだ嫌味をこめた言葉だね。 だからノンスタイルの井上みたいな勘違いなのも一応イキリなので、それを前面に出した漫才も「イキリ漫才」というみたい。 ズレ漫才は既に既出のある通り、オードリーのようなツッコミに対して的外れなツッコミで返すこと。 たまにタカアンドトシもやってるね。

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カズレーザー

ズレ 漫才

オードリーの発見 「28歳で風呂なし(アパート)で。 芸人として「売れる」ということが想像すらできない日々。 もちろん、売れるための実力も技術もなかった。 にもかかわらず、いつも隣にいる春日は現状に満足しているかのように楽しげだった。 若林は苛立っていた。 そのやりとりの2日後、春日から若林に電話があった。 「ごめんなさい……」電話の主は涙声だった。 「どうしても今、幸せなんですけど……不幸せじゃないと努力って人間はできないんですかね?」 (同前) その2日間を「人生で一番考えた瞬間」 (同前)だったと春日は述懐する。 ブームが始まる2000年に結成され、ちょうどブームをなぞるように約10年かけてブレイクを果たしたオードリー。 オードリーにとって幸福とは何か? 漫才とは何か?彼らの軌跡をたどれば、現在の芸人のひとつの肖像が透けて見えてくるのではないか。 だがブレイクまでには長い下積み時代があった。 若林は小学生時代から深夜のテレビ番組でビートたけしらが好き放題暴れたりする姿を見て芸人に憧れ、中学・高校時代の同級生だった春日を誘い、お笑い芸人の道に進むことになる。 まず若林は、元々はテレビ番組を企画し、制作するようなプロデューサー志望だった春日に漫才の楽しさを教えることから始めた。 意外なことに、発想力は乏しいが抜群に華がある春日が裏方志望だったのだ。 後に「ズレ漫才」で漫才に新機軸を打ち立てることになるオードリーだが、思えばもう最初から「ズレ」ていたのだ。 大丈夫 オードリーは結成してから約8年もの間、くすぶり続けていた。 元々、初期のオードリー(当時・ナイスミドル)は現在と逆で若林がボケ、春日がツッコミで時事ネタをやっていた。 若林が政治家の悪口を言って春日が「言い過ぎだよ!」とツッコむ。 若林はダリのようなひげを生やしていた時期もあった。 まったくウケないと見ると漫才コントを始めた。 春日は髪を逆立てたり、若林は金髪にしたり、キャラを模索した。 それでもウケず、今度はコントをやり始めた。 迷走は続く。 「自分たちにしかできないことを」と考えたのが、高校時代の部活経験を生かしてアメフトの防具を舞台衣装にすることだった。 仕事がなく暇を持て余しているとき、決まって若林の元にネガティブ・モンスターが現れた。 「こんなことしていていいのか?」「この先どうなっていくんだろう?」などと穴の底に向かってネガティブに考えこんでしまうのだ。 車道に寝転んで車に轢かれようとしたこともあった。 そうやって死んだらテレビのニュースに出れるかもしれないと思ったからだ。 もちろん、電気代が払えなくて電気を止められたこともあった。 彼女は若林が電気を止められてしまうほどお金に困っていることを聞きつけて家を訪ねてきてくれた。 「あんたは大丈夫よ。 若林はそのエクレアを握りつぶして壁に投げつけた。 そしてぐちゃぐちゃになったエクレアを泣きながら食べた。 「深夜、部屋の隅で悩んでいる過去の自分に言ってやりたい」と現在の若林は言う。 何かに没頭すればネガティブ・モンスターが襲ってくる隙はなくなる。 「ネガティブを潰すのはポジティブではない。 何かに没頭すればとりあえず大丈夫だ。 本当に大丈夫かなんて根拠なんて誰も持っているわけじゃない。 ライブ会場を借りる金もないオードリーは、いまや有名になった「むつみ荘」で、六畳一間の春日の部屋に客を招いてこのタイトルでトークライブを開催していた。 10人も入ればいっぱいになってしまう「会場」。 ときには10人すら集まらず「空席」があることもあった。 そんな客と演者の距離が文字どおり限りなく近いライブでも、「客いじり」はしないストイックなルールを設定した。 目的は明確だった。 当時、ボケ=若林、ツッコミ=春日だった漫才のスタイルを見直さなければならない、と思っていたのだ。 だから、トークの模様をビデオにすべて録画し、徹底して見返す。 すると春日のツッコミがほとんど間違ったツッコミであることに気付いた。 最もウケていたのが、春日の間違ったツッコミに若林がツッコミ返すときだった。 そして若林は「思いついた瞬間気持ち悪くなった」というほどの天啓を得る。 ツッコミの場所が違う、ニュアンスが違うという、ツッコミができてないことをそのまま漫才でやればいいのではないか、と。 その瞬間、「ズレ漫才」が誕生した。 まだ二人に光は見えていなかった。 12回続いた「小声トーク」最終回は最後の挨拶で、雰囲気を高めようと照明代わりにつけたハロゲンヒーターのせいでブレーカーが落ちて幕を閉じた。 若林は「小声トーク」の内容を書き起こし、書籍化した『オードリーの小声トーク』の「あとがき」で、最終回を迎えたあの日を振り返っている。 最後の「小声トーク」ライブ終了後、芸人仲間7、8人が春日の部屋に集まって打ち上げをした。 酔っ払った彼らはその場のノリで「ケツチャン」というゲームに興じる。 お尻の穴に割り箸を入れ落とし合う下らないにもほどがあるゲームだ。 やがて深夜になって彼らは公園に向かう。 全員が上半身裸になって、相手の背中に極太マッキーで女性の局部を象徴するマークを描ききったら勝ちというバカバカしい即席の競技が行われた。 「28歳にもなってこんなくだらないことをしているオレって芸人らしくない? という激安の自意識と、芸人っぽいことをわざわざするということがもうとっくにめんどくさいんだ。 若林は「どこがだよ」と吐き捨てながら虚しさを抱え、自問自答していた。 「目次」 序章 有吉弘行と猿岩石の地獄 第一章 オードリーのズレ漫才と幸福論 第二章 オリエンタルラジオの証明 第三章 なぜダウンタウンはそんなにも客の出来を気にするのか? 第四章 なぜナイナイ・矢部浩之はいつもニヤニヤ笑っているのか?

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