西遊 記 tvk。 『◆晩秋の西の郷遊歩道/紅葉&滝めぐり』西白河・岩瀬(福島県)の旅行記・ブログ by j

ありがとうtvk! 堺正章主演「西遊記」再放送開始にネット沸く 「夏目雅子様の美しさは圧巻」「ナイスな局だ」

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藤 原 知 行 著 作 集 歴史家 藤原知行 大河ドラマ「平清盛」第1回〜第4回、とくに第4回「殿上の闇討ち」について重要情報 1.「殿上の闇討ち」事件の主会場(殿上)に、19歳の藤原俊成が居合わしていた。 2.闇討ち事件の40年前、平清盛の祖父の平正盛が、加賀国国府に検非違使として在庁していた。 永長2年(1097年)に平家が日本史の表舞台に突如として登場するわずか5年前。 1月29日放送の大河ドラマ「平清盛」の第4回「殿上の闇討ち」で描かれていましたが、その闇討ち事件(長承元年1132年11月23日)が起こった表舞台の宮中で「豊明節会(とよあかりのせちえ 新嘗祭)」と4人の舞姫による「五節の舞」が行われていました。 今まで、『平家物語』でも、その解説でもまったく語られたことがないのですが(もちろん歴史学者や歴史小説家も知りません)、その宮中行事の中心に、平安末期から鎌倉時代初頭にかけて、和歌の第一人者となる藤原俊成(藤原定家の父、当時19歳で藤原顕広という氏名だったのでほとんど気づかない)がいました。 これは某(それがし)の日本史上での大きな発見だと自負しております。 この時、俊成が加賀守(今の石川県知事のことで、6年間今の小松市古府町付近にあった加賀国国府に赴任していた)として、能登守(もちろんこれも今の石川県知事)とともに、このドラマの主題となった「殿上の闇討ち」事件が起こっていた表舞台の殿上で行われている「豊明節会(新嘗祭)」の最重要な幹事役(4人で構成)をつとめており、能登守ともに節会のハイライトである「五節の舞」の4人の舞姫のうち2人を提供しておりました。 これは、『中右記』(長承元年11月20日〜23日条)その他で確認できます。 また、この事件の40年前の寛治6年ごろまで、平正盛が 、加賀国国府に在庁官人の検非違使(今日の石川県警本部長・金沢地方裁判所長・金沢地方検察庁長官にあたる)として実際に赴任していました。 永長2年(1097年)年に平家が所領を六条院に寄進し、日本史の表舞台に登場するわずか5年前です。 これは、『平家物語』「南都牒状」や『為房卿記』(寛治4年〜5年条)その他で確認できます。 正盛が、「加賀国府の在庁官人として何をしていたか」については、某(それがし)の歴史小説『幻の湖』(【「平家物語」集のページ】】に掲載予定) をお読み下さい。 内容紹介 浄土真宗では、他の宗派で普通に見られる仏塔や石仏(地蔵菩薩など)をたてない。 むしろ徹底的に破壊してきたほどである。 浄土真宗寺院跡に築城された城の跡地から石塔類が発掘されるということは、真宗以外の寺院が以前そこに存在したと考えるべきである。 金沢城内心礎 芦城公園内水輪 本文 石川県金沢市の金沢城址内にある一つの大石、そして石川県小松市の小松城址内にあるもう一つの大石についてお話ししたい。 手水鉢として使われていたという。 両石とも調査は行われていなく、今は正体不明とされている。 石造物の専門学者に鑑定を依頼すればよいのであるが、専門家でなくても石塔類に興味をもつ方は、ある程度は直感的に察しがつくであろう。 以下は、筆者の乏しい知能や知識を動員し、歴史をふまえて試みた考証である。 金沢城址のそれは「心礎」つまり、木造五重塔の床下から最上階の屋根をつらぬく心柱の礎石に違いない。 心礎は塔の最も重要な部分で、火事や戦乱などにより塔が喪失した後は地面から掘り出され、手水鉢などに転用されて寺社の境内に置かれていることが多い。 小松城址のそれは五輪塔の水輪とよばれる部分である。 五輪塔特有の梵字は風化によりはっきり確認できないが、大きさや形からみて典型的な鎌倉時代の貴重な遺物である。 どちらの石も何度か移動された形跡があるが、当初は今ある場所から遠く離れないあたりにあったと考えざるをえない。 そうだとすれば、現在の定説となっている金沢城と小松城の来歴に大きな齟齬を来すことになる。 五重塔の心礎や五輪塔の水輪があるということは、両城の歴史から見て道理にあわないことなのである。 何かの用があって城外から運び込んだ、という確実な記録や、後世の附会ではない伝承があればそれまでであるが。 「金沢城の歴史」の定説は、「文明年間に浄土真宗の信徒により建造された金沢御堂という寺院の跡地に天正八年佐久間盛政が築城したもので、天正十一年に前田利家が城主とになった。 以後、江戸時代を通じて加賀前田本家の居城であった」というものである。 考古学的な発掘調査で、金沢城の本丸跡地から石塔類の残欠が出土している。 キリスト教プロテスタントではマリア像をたてないのと同様に、蓮如上人以降の浄土真宗では、他の宗派で普通に見られる仏塔や石仏(地蔵菩薩など)をたてない。 むしろ徹底的に破壊してきたほどである。 真宗寺院跡に築城された城の跡地から石塔が発掘されたり、心礎が残っているということは、真宗以外の寺院が以前そこに存在したと考えるべきである。 一次史料優先の文献史学によって立つ歴史学者は取り上げないが、江戸期の地誌や寺伝など二次的な史料から、金沢城のあたりに真言宗「金沢寺」があったことがうかがえる。 その法灯を受け継ぐという真言宗「永久寺」が金沢市東山の寺院群の中に今もある。 金沢市中心部の歴史は金沢御堂以降の五百年足らずとされているが、「金沢寺」が確かに存在していたなら、金沢中心部の歴史はさらに数百年以上さかのぼることになる。 「小松城の歴史」の定説は、「天正年間のはじめに一向一揆の部将若林長門守によって築かれたとされる。 一揆と越前朝倉氏さらに信長軍との長期攻防の末、村上頼勝ついで丹羽長重が小松城主になった。 関ヶ原の戦いを期に加賀前田本家の支城となり、一国一城令のもとでも存続が許されたが、明治維新になりすべて取り壊された」というものである。 小松城の前身は一向一揆の城というより、戦国時代前期までの典型的な城砦であって、今日でいう高い石垣と水堀に幾重にも囲われた見上げるような天守閣を持つ立派な建造物ではなく、館のまわりに空堀と土塁をめぐらした小さなものである。 一向一揆の以前、小松の地は人の住まない芦原だったというのも定説である。 なにも無かった所に浄土真宗の一向一揆がはじめて城砦を築をいた、というのなら、小松城の跡地から石塔類が出土するはずがないのに、その石塔の一部が近年にも発掘されている。 能美市の八幡神社にある七重石塔は、明治の初めに解体された小松城から運ばれ再生されたものであり、かつて城内三の丸だった公園内に、寺院境内の石塔であった痕跡のある石造物が点在する。 そのうちの一つが凝灰岩製の太鼓状の大石すなわち水輪である。 一次史料は失われており、寺伝などいくつかの二次的史料から検討するほかないが、それでも城地がもともとは寺地(寺院領)であったことがわかる。 大寺院が存在したのは確実で、それは平安時代末期に平重盛(小松内大臣)により建立された「小松寺」を核とする寺院群である。 その法灯を受け継ぐという浄土宗「法界寺」が今も市内に存在する。 小松城の地が「小松寺」の寺地であったとすると、金沢の中心部と同じように、小松の中心部の歴史は五百年どころか八百年以上前の平安時代までさかのぼることになる。 (了) 内容紹介 神社とか寺院だけでなく、庭やその他いたる所で見られる石灯籠。 その火袋という部分に対になって彫られている〈日月文〉という円型と月型の窓は「何を意味するのか」を考察してきた。 伊勢信仰(神明宮)や民間信仰などいろいろ検討してみたが、筆者は石灯籠のそれは特定の信仰にもとづくものでなく、日本人の永遠の願いである〈日月清明〉〈天下太平〉を象徴化したものと結論づけるにいたった。 はじめに 〈日月文〉とよばれる文様がある。 日本に住んでいれば、日常ごく普通に目にしているはずである。 すぐに思い付かない人に、「神社や寺院、墓地、日本式庭園あるいは庭先などにある石灯籠によく彫られているあの模様」と話せば、「ああ、あれか」と思い出されるであろう。 石灯籠の火袋という部分の四角形をした火口の左右にそれぞれ対になって彫られている。 日・月の文はすべてのものにあるわけではないが、それ以外のものが彫られている石灯籠に比べて圧倒的に大きな比率をしめているといえる。 ためしに、明暦三年(1657)に当時の小松城主前田利常公によって建立された小松天満宮の境内にある石灯籠を調査してみた。 総数五十四基のうち全体の三分の一強が日月文の施されたものであった。 この三分の一強という割合はほぼ全国的に共通するものと考えられる。 ところが不思議なことに、「なぜこの文様が石灯籠に、しかも定番のように刻されているのか」ということについて、石灯籠について解説した書籍にいくつかあたってみたが、どれにもまったく触れられていなかった。 石灯籠を造っている地元の石材店にも問い合わせてみたが、「知らない」あるいは、「同業者に話して調べてもらったが、わからなかった」というのが答えであった。 逆に「わかったら教えてほしい」という石材店もあった。 しかし、その大部分の由来は不明で、地元民から忘れられた存在として境内の片隅などにおかれている。 所によっては、堂を建立し、その中に〈日・月の石の祠〉を安置して、〈神明宮〉あるいは〈神明さん〉として祀っているのが少数ながらある。 国内の他所ではどうであろうか。 天照大御神と豊受大神 日本の歴史にもっとも大きな影響を残した神仏習合を代表する両部神道では、伊勢神宮は天照大御神を祀る内宮と豊受大神を祀る外宮から成り立っており、それぞれを金剛、胎蔵両界の象徴とした。 天照大御神は胎蔵界の大日如来であり、日天子(日天)であるとする。 豊受大神は金剛界の大日如来であり、月天子(月天)であるとする。 仏教では日天子は観音菩薩、月天子は勢至菩薩とすることもある。 (親鸞『唯信鈔文意』) 全国各地に鎮座する〈神明宮〉〈神明神社〉は伊勢神宮の内宮および外宮の、天照大神と豊受大神を祀ったものである。 察するに、〈日・月の石の祠〉を神明宮あるいは神明さんとして祀ってあるのがいくつかあることから、〈日・月の石の祠〉の大部分は、もとは神明宮として建立されたものと判断してもよいであろう。 天照大御神が日天子、豊受大神が月天子なら、その象徴として日月が刻されていることに合点がいく。 江戸時代以来、一生に一度は伊勢参りをするものとされ、数人の仲間と近畿を巡り、また京都見物をかねた参宮旅行にでかけることが、日本の各地にひろまった。 そのために伊勢講あるいは神明講というものが組織され、講金をつみたてて代表者により参詣(代参)がおこなわれた。 〈日・月の石の祠〉はその折りに結成した講の記念として氏神社に寄進したものである可能性が強い。 民間信仰 民間信仰には、たとえば道祖神、産土神、庚申待信仰、日待、月待、大師詣、北斗信仰、地神信仰などがある。 いずれも、多くは講の形をとっている。 しかし、〈日月信仰〉という民間信仰はなかったようである。 日待信仰と月待信仰および庚申待信仰は、当日は特定の場所に前夜から仲間が集まって、日の出を待ち(日待信仰)、月の出を待つ(月待信仰)などをして一夜を眠らずに過ごす。 何もせずにいるのではなく、念仏をとなえたり、飲食したりしながら語りあうのである。 江戸時代には、徹夜で連歌・音曲・囲碁などをする酒宴遊興的なものとなって非常に盛んであったが、現代では多くがすたれてしまっている。 日待信仰も月待信仰も講の記念として供養塔をたてたが、それらは今も全国いたる所に残っている。 特に青面金剛や猿田彦を祀った庚申待信仰はかつてはたいへん興隆し、今も多数の庚申供養塔(庚申塔、庚申塚)が各地に存在する。 庚申供養塔は文字だけのものもあるが、典型的なものは青面金剛像を彫り、下部に〈見ざる、言わざる、聞かざる〉の三猿、そして上部の左右には瑞雲をともなった日・月が彫られている。 この供養塔にある日・月は日待と月待の信仰からきている、と一般に考えられているが、筆者はこの見解に疑問を持っている。 他に、「日月清明を表わし、五穀豊穣の願いを表わしている」と説く人もいる。 後述するが筆者はこの後者の説に賛同する。 六十六部廻国塔 民間信仰には入らないようだが、庚申供養塔と同じような〈六十六部廻国塔〉といわれる石塔が全国各地に多数残っている。 日本の六十六か国すべてを巡拝し、国ごとに自ら写経した法華経を一部ずつ納める廻国修行で、略して六十六部あるいは六部といった。 塔は修行の満願成就を記念して立てられたものである。 江戸時代に大流行し、明治四年に太政官より六十六部廻国修行の禁止の布達がでたほどである。 この供養塔に日・月が彫られているものもあるが、ほとんどは〈天下泰平〉〈日月清明〉といった文字が刻まれている。 日月灯明仏と日光・月光菩薩 仏教に〈日月灯明仏〉という仏様がある。 『無量寿経優婆提舎願生偈註』というのに《日月灯明仏、『法華経』を説きしに六十小劫なり》とある。 〈三十日秘仏〉という行事では、一ヶ月三十日に三十の仏を配して礼拝する。 一日目は定光仏、二日目灯明仏、三日目多宝仏と続き、十日目が日月灯明仏である。 十五日目は阿弥陀如来、十八日目観世音菩薩、二十四日目地蔵菩薩、そして三十日目が釈迦如来である。 〈縁日〉の源流はこの三十日秘仏であるという。 太陽と月を灯明としているという意味で日月燈明仏なのであるが、観音信仰や地蔵尊信仰のように、日本ではお堂や祠を建ててまで、この日月燈明仏のみを特別に信仰した例はない。 また、『薬師如来本願経』に〈日光菩薩〉と〈月光菩薩〉が薬師如来の脇侍として説かれているが、この両菩薩を特に信仰した例もない。 日・月と陰陽と家紋 「陰陽思想や陰陽五行説では太陽が陽で月が陰(太陰)だから、日・月の文はそれにちなむもの」というもっともらしい見解がよく出るが、〈陰陽〉では日月をあえて文様にすることはない。 〈陰陽〉を象徴するものとして〈太極図〉があるが、わが国では韓国の国旗として以外にほとんどみかけることはない。 似たもので日本の家紋に〈陰陽二つ巴〉〈陰陽まが玉巴〉がある。 日本人の一族一家で使用する家紋は極めて多数あり、その種類は一万をはるかに超えるという。 それほど多くの家紋が存在するわりには〈日月紋〉というのが使われることはない。 じつは、〈日月紋〉は皇室の御紋である。 大嘗祭に立てられる錦の御旗に日・月がついている。 それが家紋として日月紋が一般に使われていない大きな理由と想像される。 皇室の御紋としては、菊紋(正確には十六弁八重表菊紋)が定着している。 後鳥羽上皇が特に菊を好まれ、お印として使用されたことにはじまるという。 その後の天皇も菊紋を使用され、明治二年の太政官布告により公式に皇室の御紋とされた。 祈念語と祝聖文 石灯籠の日月文をはじめ、この文様は宗教施設以外でもいたるところで目にすることができるが、はたしてこれはあまり意味のない単なる文様にすぎないのであろうか。 先にあげた各地の六十六部廻国塔に、〈天下太平〉〈天下泰平〉〈日月清明〉〈五穀成就〉〈萬民快楽〉〈國家安全〉といった祈念の語が刻まれていることが多い。 庚申塔にも上部に日月の文や三猿の像が刻まれ、文字として〈天下泰平・五穀成熟・日月清明・風雨順時〉の文字が刻まれている例が多い。 六十六部廻国塔ではとくに〈天下泰平〉〈日月清明〉の二句のみのものが多い。 この佳句ともいわれる二句は、六十六部廻国塔にかぎらず、他にも仏教寺院の梵鐘などに銘文として刻まれている。 木喰上人は、日本廻国という大願をたて、千体を越える仏像神像(木喰仏)を彫刻したが、いずれもこの〈天下和順〉〈日月清明〉の願意を込めたものだったという。 「歌舞伎十八番 勧進帳」において、武蔵坊弁慶は安宅の関で関守富樫の求めに応じ、東大寺と大仏の建立のためとして〈勧進帳〉を即席で読み上げる。 ひき続いて、山伏の由来を次のように口上する。 《おお、その由来いと易し。 それ修験の法と云っぱ、胎蔵金剛の両部を旨とし、険山悪所を踏みひらき、世に害をなす悪獣毒蛇を退治して、現世愛民の慈愍を垂れ、或いは難行苦行の功を積み、悪霊亡魂を成仏得脱させ、日月清明、天下太平の祈祷を修す。 かかるがゆえに云々…》 このように日月清と天下太平というのは、昔日のわが国において、王法と仏法(政治と宗教界)および神仏宗派をこえて日頃よく唱えられた願文であり金言であったに違いない。 日月清明・天下太平は、今なら人類平等・世界平和であろうか。 筆者はその出典は『無量寿経』という日本仏教、特に浄土系仏教においてもっとも重要な教典にあると考える。 人々、徳を崇め仁を興し、務めて礼譲を修む。 【現代語訳】仏が遊歴されるところは、国も町も村も、その教えに導かれないところはない。 そして世の中は平和に治まり、太陽も月も明るく輝き、風もほどよく吹き、雨もよい時に降り、災害や疫病などもおこらず、国は豊かになり、民衆は平穏に暮し、武器をとって争うこともなくなる。 人々は徳を尊び、思いやりの心を持ち、あつく礼儀を重んじ、互いに譲りあうのである。 岩波文庫『浄土三部経(上)』にある注釈が参考になる。 (傍線は筆者) 仏の遊履するところ……以下、「礼譲を修むまで」の八句は古来、しばしば、引用される句として有名である。 徳川時代、真言宗でも鎮護国家や除災の祈祷に、この八句をかきつけて唱えたという。 (中略)また以下の一節は日本の神道にもとり入れられている。 中世における伊勢大神宮の神学を完成した神道五部書の一つである『宝基本記』においては、人間のうちに至誠正直の至徳を完成したならば、〈天下和順、日月清明にして、風雨は時を以てし、国富み民安し」という状態になり、さらに進んでは兵戈も無用となる、とさえもいう。 「漢訳」・「呉訳」は「天下太平」と訳している。 (*筆者注 今日広く普及している『無量寿経』は〈曹魏の康僧鎧訳〉のものである) 日本の仏教寺院では、年のはじめに修正会という法要が勤められる。 この一節は『大無量寿教』の〈五善五悪〉といわれる段にあり、もっともよく称えられる経文で、人間社会の究極の理想を示す。 宗教宗派をこえて、神仏の恩恵を蒙ったところにはすべて、このような理想郷が現出するということである。 〈東洋の君子国〉といわれた、わが国ではこれまで、天皇をはじめ、各時代の為政者から庶民にいたるまで、この理想を目指して努力したのである。 その精神は「聖徳太子十七条憲法」に結実しているが、日本の各時代をあらためてながめてみると、それぞれの前中期にあたる期間は多くの人々にとって比較的平和で良い時代であったようだ。 江戸時代のいわゆる〈元和偃武〉(偃武とは、中国古典『老子』の中の語に由来し、武器を偃せて武器庫に収めること)は兵戈無用(兵戈用いることなし)のことである。 さらに遠くさかのぼれば、平安中期宇多・醍醐天皇のころもその名のごとく平安な時期であったであろう。 大戦後の昭和後半期はというと、異論はあろうが、国内平和と経済発展で安寧の時代であったように見える。 が、皇族をはじめごく少数の方々をのぞいて、いわゆる〈戦後民主主義〉のせいであろか、多くの人々は肝心の〈礼譲を修む〉ことを止めてしまった。 その結果、国会論戦のあり様をみるまでもなく、東洋の君子国とはとうていえない喧々囂々としておぞましく、礼節をすっかり忘れた普通の国になってしまった。 日月清明と軍配 〈日月清明〉すなわち「太陽が燦々と照り、清らかな月が朗々と輝き渡る」というのは、古来から日本人の理想であり願いであった。 もちろん「季節ごとの天候が安定していて、異変が起きないこと」も意味する。 弘法大師〈空海〉はその著『三教指帰』の冒頭で、《文の起り必ず由あり。 天朗かなるときは則ち象を垂れ、人感ずるときは則ち筆を含む。 云々》と記す。 「天朗かなるときは則ち象を垂れ」は、「天気が晴朗で日月が清明なときは神仏が加護や恵みをあらわし示される」ということである。 「本日天気晴朗なれど浪高し」という有名な美文がある。 日露戦争の重大な局面で、秋山直之海軍参謀が付加し打電させた通信文の結語である。 単なる報告文でなく、連合艦隊出撃時の非常な決意にあわせ、この〈神仏の加護〉を言外にもたせたものであろう。 石灯籠にある日月文は意味のない単なる飾り穴ではない。 それは鳳凰や鶴亀、雷文などの吉祥文のようでもあるが、それ以上に日本人としての永遠の理想や願望が込められているにちがいない。 吉祥文の種類は多数あるのに石灯籠にはあまり使われていないのである。 石灯籠以外に日月文が使われている例として軍配がある。 相撲行司の軍配には〈天下泰平〉〈国家安全〉〈一味清風〉〈知進知退〉などいろいろ書かれているが、中でも日月文が描かれ、天下太平(天下泰平)の文字が記されたものが多い。 この日月文は日月清明を文字でなく意匠として表現したもので、石灯籠にある日月文と共通するものである。 石灯籠に刻されて国中に遍満する日月文 石灯籠の日月文に関しては、先に述べたように天照大神と豊受大神の二神を祀ったもの、とか、日待や月待あるいは庚申待といった民間信仰、あるいは日月燈明仏では説明できない。 また陰陽道にちなむものでもない。 明治初期まで神仏習合であったという事情はあるにせよ、神仏や宗派や信仰というものをこえている。 筆者はそれは〈日月清明〉を意味しており、天子(天皇)から臣民(庶民)にいたるまで、神仏の加護への感謝や願いを込めて象徴化したものであると判断する。 祝聖文の八句や〈五穀成就〉〈萬民快楽〉〈國家安全〉などの祈念語を簡潔に記号化すれば、畢竟するところ日・月に落ち着くであろう。 六十六部廻国塔などのように文字で〈天下泰平〉〈日月清明〉と記すのでなく文様にして彫り込んだのである。 日月清明は、「花鳥風月・雪月花が日本の文化である」というのと似ている。 もっとも、文化(風俗習慣という意味での)というのは芸術と同様に、気づく気づかないにかかわらず、広義の意味での宗教(精神的行為)が根底に横たわっているのだが。 日月紋が皇室のご紋章であるのに表だっていわれることがなく、また国民(臣下、臣民)は、その一族一家の家紋として使用してこなかった。 考えてみるに、日本を象徴する〈日の丸〉とは別に、現憲法第一条に明記される「日本国の象徴たる天皇」のご紋章と同じ日月文が、石灯籠などにさりげなく刻されて国中に遍満し、美しい風景に同化しているのは、実にすばらしくまた誇るべきことである。 (了) 参考文献 『「日・月」の石の祠の分布と謎を考える』(谷本慎吾)・『密教の本』(学習研究社)・『浄土三部経(上)無量寿教』(岩波文庫)・『浄土宗新聞(平成十一年一月一日)』.

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幻想魔伝 最遊記 『幻想魔伝 最遊記』 各話サブタイトル• 04 GO TO THE WEST はるかなる西へ• 11 FIRST GAME 黄泉への案内人• 18 HIS GOD MY GOD 神のいる場所• 25 CRIMSON 茜色の涙• 02 Pure assassin 美しき暗殺者• 09 Rancorous exchange 呪符の怪僧• 16 Good night 黄昏の別れ• 23 Confront 死を占う男• 30 Lethal trap 戦いの宴• 06 Fake the Face 偽りの救世主• 13 Tragic revenge 笑う死神• 20 Wandering Destiny 闇との攻防• 27 Crude Counterfeit 死を呼ぶ果実• 04 Sweet Client ふたりの約束• 11 Fated Guys 紅の呪縛• 18 Be There 生者への讃歌• 25 Eden 終わりなき楽園• 01 Vice or Justice 正義の真実• 08 Don't Go Alone 嘆きの乙女たち• 15 Sandstorm 流砂の罠• 22 Selfish 破滅への暴走• 29 Devastation 闘いの果て• 05 Scapegoat 服従の代価• 12 Mother 紅の絆• 26 Tomfool! Tornboy! 戦慄の刺客! 03 Calling 届かざる叫び• 10 Advent 降臨・闘神太子• 17 Lonely War 反逆の狼煙• 24 Unexpected Defeat 吠登城・陥落• 31 Undertaker 地獄への招待状• 07 Ambition 神々の驕り• 14 Fake Star Strike Back 道化師の誇り• 21 Faraway Dream 枯れた泪• 28 Second Contact 闘神再び• 05 Solitude 孤独の魂• 12 Brotherhood 紅い花• 19 Taciturnity 閉ざされた微笑[ほほえみ]• 26 Fleeting Vision はたせぬ約束• 09 Misty Rain 雨• 16 Twilight 不機嫌な太陽• 23 Collage 静かなる波紋• 30 Festival 忘れえぬ風景• 06 Tears 虚像の街• 13 Plunderer 経文強奪• 20 Glorious Days 夜明け前• 27 Chaos 揺らぐ大地• 06 Guilty or Not Guilty 戒罪• 13 Absolutely Heaven 自由への扉• 20 Missing Desire 輝く楽園• 27 Alone 西へ 01. 21 劇場公開記念 幻想魔伝最遊記のすべて 放映データ 放映キー局:テレビ東京 放映期間:00. 04〜01. 27 放映時間:火曜日18:30〜19:00 放映話数:全50話 放映形態:ステレオ放送 最高視聴率:7. 8% 最低視聴率:4. 1% 平均視聴率:5.

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《西遊記(套裝共2冊)西游记(套装共2册) 港台原版》(吳承恩)【摘要 书评 试读】

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