天狗倶楽部 キャスト。 いだてん押川春浪|武井壮が大河ドラマで演じる天狗倶楽部のリーダーは冒険小説の先駆者

【天狗倶楽部×嘉納治五郎】やわらの系譜 大河ドラマ「いだてん」 スピンオフ!

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戦国時代や幕末の作品が多い大河ドラマの中でも『いだてん~東京オリムピック噺~』は近現代にフォーカスを当てた、めずらしいといえばめずらしい作品です。 ちなみになんですが『いだてん~東京オリムピック噺~』は 史実を基にしたフィクションなんだそうで、 事実に基づくノンフィクションではないようです。 ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』のキャストやネットの反応などのくわしい情報はこちらです。 見たい場所にジャンプ• ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~ 第1話』のあらすじ! 1959年、五輪招致目前の東京。 大渋滞の日本橋を通りかかった落語家の古今亭志ん生(ビートたけし)は寄席に向かっていた。 その日、高座で志ん生が語り出したのは、50年前の日本のオリンピック初参加にまつわる噺(はなし)。 1909年、柔道の創始者、嘉納治五郎(役所広司)はストックホルム大会を目指して悪戦苦闘していた。 スポーツという言葉すら知られていない時代。 初めての派遣選手をどう選ぶか。 日本オリンピック史の1ページ目を飾る物語。 落語家・古今亭志ん生(ビートたけし)は 娘・美津子(小泉今日子)と一緒に乗る タクシーの中でうとうとしています。 高速道路建設で渋滞している中、 そのタクシーのそばを足袋で走る 若者を見た志ん生は、 「富久(とみきゅう)みたいだな」 と落語の演目を思い出しています。 そして、実際に志ん生は落語・富久 (火事が起きて、浅草から芝を走り回る、たいこ持ちの噺)を お客さんの前で披露するのです。 東京都庁では田畑政治(阿部サダオ)と 東京都知事・東龍太郎(松重豊)、 JOC常任委員・岩田幸彰(松坂桃李)が集まっています。 オリンピック開催地選考会最終スピーチまで 残り2週間という大事な時に、 スピーチをするはずだった外務省の職員が 運動会でケガをしてしまったため 田畑は焦りいらだっているのです。 代役として平沢和重(星野源)が ミュンヘンで行われている オリンピック開催地選考会の 舞台に立つことになりました。 「オリンピックをアジアに 導くべきではないでしょうか」 と素晴らしいスピーチを行い、 見事1964年の 東京オリンピック招致が決定しました。 時は昭和35年(1960年)、 志ん生が落語をしています。 「日本人が初めてオリンピックに出たのは…」 と話す志ん生の声をさえぎり、 1人のお客さんが手をあげ 「マラソン」と答えました。 「私もオリンピックを少しかじっている」 と話す志ん生は、若かりし頃の話を始めます。 時は明治42年(1909年)に さかのぼります。 嘉納治五郎(役所広司)は 車夫・清さん(峯田和伸)の人力車に乗り フランス大使館へ向かいます。 柔道創始者で、 日本スポーツの父である嘉納は フランス駐日大使・ジェラールに 日本のオリンピック参加への 協力をお願いします。 嘉納はオリンピックは 平和の祭典であるという説明を聞きます。 そして、 日本を動かす人=ライトマン(適任者)として 嘉納が選ばれたのでした。 ライトマンと言われ上機嫌の嘉納は 清さんに「君、オリンピックに出るか?」と 声をかけるのでした。 東京高等師範学校の校長でもある嘉納は、 助教授の可児徳(古館寛治)に楽しそうに オリンピックの話をしていますが、 オリンピック参加のためには 費用の問題がありました。 各国は自費で 参加しなくてはならないからです。 教授・永井道明(杉本哲太)が文部省の派遣で ちょうど第5回オリンピックの開催地である スウェーデンに滞在していました。 そこで嘉納は永井にオリンピック参加について 意見を求めましたが、 日本人は欧米人に比べ 身体ができていないと反対されます。 永井は肋木にぶら下がり、 肋木を使ったスウェーデン体操について語ります。 また第4回ロンドンオリンピックでの マラソン競技で フラフラになりながらも走らされる 選手の姿を目の当たりにした永井は 「愉快な話ではない」 と悲観的に話します。 身体の小さな日本人が走れば 死人が出るとも…。 そこで、嘉納は小笠原文部大臣(晴海四方)や 日本体育会会長・加納久宜(辻萬長)に 掛け合ってみるも 「スポーツはくだらない」 と取りあってもらえません。 嘉納は、三島弥太郎(小澤征悦)邸に 来ています。 早稲田大学学長・大隈重信(平泉成)にも 「嘉納の意見に賛同する者は少ないだろう」 と言われてしまします。 嘉納は平和の祭典であるオリンピック精神に 共鳴する者がいないことを残念がります。 また、嘉納は銀行の副頭取である 弥太郎とも話をするが 「スポーツが嫌いだ」と言われてしまいます。 そこへ、弥太郎の弟・三島弥彦(生田斗真)が 野球をしながら乱入しました。 その後も天狗倶楽部(TNG)のメンバーが、 ぞくぞくと登場しビールを飲みながら 騒ぎ始めたのです。 スポーツを愛する若者で作られたという 天狗倶楽部にオリンピックの話をすると好意的でした。 また弥彦は100mを12秒で走るという逸材です。 テンションの上がった天狗倶楽部の若者たちは 一緒に盛り上がろうとお酒が飲めない嘉納に 胴上げを始めるのでした。 後日、弥太郎から 融資を断るという連絡がきました。 可児が嘉納に運動会の覇王という 弥彦の話をするも スポーツの楽しみ方を はき違えているとお怒りのようでした。 時期尚早だったと考えた嘉納は 正式にオリンピック参加の辞退を告げようと フランス大使館を訪れました。 そこでフランス駐日大使は 今朝ストックホルムから届いたという、 2万2千人が収容できる 競技場の設計図を嘉納に見せました。 それから、オリンピックのポスターには 日の丸が描かれていました。 それらを見た嘉納は再び奮起し、 「お受けいたします」と オリンピック参加の表明をするのでした。 昭和35年(1960年)、東京日暮里。 志ん生の自宅に五りん(神木隆之介)と その彼女・知恵(川栄李奈)が訪ねてきます。 五りんは以前、 寄席で「マラソン」と答えたあの若者で、 弟子の志願をしに来たのでした。 五りんは死んだ母の遺品整理で 父が母に宛てたハガキを見つけたと言うのです。 そのハガキには 「志ん生の「富久」は絶品」 と書かれていたのでした。 場面は明治43年10月。 校長の嘉納は、校長室に勝手に 「大日本体育協会」を設立したのでした。 反対する加納、永井でしたが 嘉納はお構いなしです。 弥彦を呼んでいた嘉納は 「やってみないか」と声をかけると、 弥彦は乗り気です。 まだ反対する加納、永井に対し 「世界に通用する韋駄天はいる」 と嘉納は強く言います。 嘉納は天狗倶楽部のメンバーと ビールを飲みながら 「予選会をしよう」 と提案したのに対し、弥彦が 「東京のオリンピックを目指しましょう」 と意気込んだのです。 そして、嘉納はオリンピック選考のための 大運動会を開催すると記者会見をしました。 競技には陸上短距離走、 そしてマラソンもあります。 25マイルを走るのは無理だと 反対する永井ですが、 嘉納は救護や伝令といった 準備をきちんとすること、 世界記録を更新する選手が現れなかった場合は オリンピック出場を辞退ことを伝えました。 嘉納は日本初の400mトラックを 有するスタジアムの建設予定地である 羽田を視察します。 なんと建設費用は弥彦が兄の弥太郎に 掛け合ってくれるというのです。 そして、無事に大運動会当日を迎え、 マラソン競技には19名が参加しました。 そこには車夫の清さんの姿もありました。 持病のある嘉納はお酒の飲みすぎで 無理がたたって寝込んでおりましたが、 この運動会は見に来たのです。 雨が降り続ける中でのマラソンで、 伝令が次々に落伍者の情報を伝えに来ました。 「羽田の悲劇だ」と怒る永井の姿を見て、 嘉納はロンドンオリンピックを見た 永井の言葉を思い出すのでした…。 誰もが諦めていたその時、 頭が血まみれで走ってくる 金栗四三(中村勘九郎)の姿がありました。 血まみれだと思っていたのは頭は 雨で塗料が溶けていただけでした。 「彼こそが韋駄天だ」 と嘉納は喜びます。 そして、金栗は歓声の中、 世界記録でゴールをし、 嘉納の胸に倒れ込みました。 「嘉納はきっと言ったであろう」 と志ん生が話します。 「金栗くんこそ世界に通用する韋駄天だ。 いや、不可能を可能(嘉納)にする男だ」 と落ちをつけ志ん生の落語が終わります…。 ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~ 第1話』は髭と肋木と天狗倶楽部!? いやー、第1話にして展開の早いコト早いコト! あまりの展開の早さに追い付いていくのがやっと 汗 登場人物も多くて 「今のダレだった!?」なんてことも。 しかし、登場人物の 髭率の高さには驚きました 笑 明治時代ってやっぱり髭を生やすのが ファッションの一部だったんでしょうか? 肋木(ろくぼく)とか出てきて 「懐かしい!小学校にあったなー」 なんてコトを思い出したりしていました で、第1話で一番の問題(?)なのが、 三島家のパーティーに突然現れた 筋骨隆々の天狗倶楽部。 三島弥彦(生田斗真)、吉岡信敬(満島真之介)、 押川春浪(武井壮)らが演じる 天狗倶楽部のメンバーが 突然パーティーに乱入してきて、 大隈重信、嘉納治五郎を 目の前にしてバカ騒ぎ。 ノリが良すぎるというか 無礼が過ぎるというか・・ 普通の人の感覚だったら 絶対にできないですよね。 ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~ 第1話』髭と肋木と天狗倶楽部!あらすじやネタバレ、感想も! まとめ ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~ 第1話』では W主人公であるはずの中村勘九郎と 阿部サダヲがちょこっとしか登場しませんでした。 第1話は 「嘉納治五郎(役所広司)さんが主人公?」 と勘違いしてしまいそうになるぐらい 嘉納治五郎さんにフォーカスされていました。 第2話では主人公 金栗四三(中村勘九郎)さんに フォーカスを当てて、 生い立ちなどに触れられるようです。 W主人公の一人の生い立ちなので、 全話を通してもとても重要な話数となりそうです^^.

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【天狗倶楽部×嘉納治五郎】やわらの系譜 大河ドラマ「いだてん」 スピンオフ!

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2019年注目の 「いだてん」は、NHK大河ドラマ58作目。 なんと明治以降の日本の近現代のみを舞台としたNHK大河ドラマは、「いのち」以来33年ぶり! 宮藤官九郎がオリジナル脚本、 話題となった連続テレビ小説「あまちゃん」のスタッフ陣が製作しています。 「いだてん」、とにかくキャストが豪華!!注目のキャストを言いだしたらキリがありません。 なんたって出だしから、 ビートたけし演じる「落語の神様・古今亭志ん生」の語り がきけるんですよ。 今回の大河ドラマは前半と後半で、2人が主役リレーする形で務めます。 「この2人がいなければ日本のオリンピックはなかった」 という、金栗四三と田畑政治の2人の主人公…クドカンワールド、どんなキャストでどんなお話になるか楽しみですね。 そんな大注目の NHK大河ドラマ「いだてん」のキャストと相関図を紹介していきます! — 2019年 1月月5日午後6時58分PST 訓覇氏は「田畑政治さんはものすごく情熱のある方で、執念でオリンピックを東京に持ってきた熱すぎる男。 熱い男を暑苦しくなく、笑えるように演じてくれるのは阿部さんしかいない」と主役キャストにオファー。 テレビドラマでは10年以上、阿部サダヲと宮藤官九郎のコンビでは出演していないといいます。 久しぶりのこのコンビでのテレビドラマ楽しみですよね。 「日本にオリンピックを呼んだ男」 田畑 政治(たばた・まさじ) 熱い男でロマンチストだが早とちりで落ち着きがないため、時にトラブルメイカー。 水泳を愛し、世界と戦える選手の育成に尽力した熱血指導者。 1964年東京オリンピックの組織委員会事務総長として成功に導く。 綾瀬はるか 「金栗四三の妻」 春野 スヤ(はるの・すや) 金栗四三の幼馴染で幼いころから四三に恋心を抱いていた。 波乱万丈の結婚生活を送りながらも、オリンピックへまい進する夫を支え続けた。 生田斗真 「金栗四三の盟友」 三島 弥彦(みしま・やひこ) 子爵の名家に生まれ、東京帝国大学の学生というトップエリート。 運動も秀でており、四三とともに日本初のオリンピック選手に選ばれる。 杉咲 花 「三島家の女中」 シマ 三島弥彦のよき理解者。 後に日本における女子スポーツの先駆けとなっていく。 永山絢斗 「東京高等師範学校の後輩」 野口源三郎(のぐち・げんざぶろう) 後のアントワープオリンピックには主将として出場。 現役引退後は、大日本体育協会理事となる。 勝地 涼 「東京高等師範学校の同級生」 美川秀信(みかわ・ひでのぶ) 金栗四三と玉名中学の同級生。 東京高等師範学校を一緒に合格し、ふたりで上京。 次第に落ちこぼれていく。 憎めない人柄。 竹野内豊 「ストックホルムオリンピック 日本選手団監督」 大森兵蔵(おおもり・ひょうぞう) アメリカ留学し、日本にバレーボールとバスケットボールを持ち込んだパイオニア。 ストックホルムオリンピックの日本選手団の監督を務める。 中村獅童 「金栗四三の兄」 金栗実次(かなくり・さねつぐ) 病弱な父の代わりに金栗家を支えてきた大黒柱。 四三にとって兄ではあるが父親のような存在。 シャーロット・ケイト・フォックス 「大森兵蔵の妻」 大森安仁子(おおもり・あにこ) アメリカ人の令嬢で画家。 ストックホルムに同行し、金栗と三島にテーブルマナーや英語などを指導する。 古館寛治 「東京高等師範学校 助教授」 可児徳(かに・いさお) 嘉納治五郎の下で大日本体育協会の立ち上げに右往左往、オリンピックの初参加の準備に奔走。 金栗の所属する「徒歩部」の部長。 ピエール瀧 「足袋のハリマヤ 店主」 黒坂辛作(くろさか・しんさく) 東京・大塚の足袋屋の店主。 金栗とマラソン用の足袋開発に二人三脚で取り組む。 金栗の年齢の離れた盟友。 杉本哲太 「東京高等師範学校 教授」 永井道明(ながい・どうめい) ヨーロッパから日本に体操を持ち込んだ日本スポーツ界のパイオニアの一人。 大竹しのぶ 「金栗四三の養母」 池部幾江(いけべ・いくえ) 金栗家とは遠縁の親戚で、隣村一番の名家の妻。 金栗のストックホルムオリンピック参加の金策に一役買い、四三を養子に迎える。 役所広司 「金栗四三の恩師」 嘉納治五郎(かのう・じごろう) 金栗の進学した東京高等師範学校の校長。 講道館柔道の創始者。 日本スポーツの父と呼ばれる。 熊本の人びと 物語の中では「ほっこり」する場面の多い、金栗四三の実家・熊本。 熊本の人びとは、癒しのキャスティングです。 特に、金栗四三の妻となる「春野スヤ」は注目人物。 健気に金栗を支えるすがたは、明治の女性の鏡です!波乱万丈の結婚生活、今から待ち遠しいですね。 nhk. 物語の中では、かなり笑えるところで登場します。 まさか、落語を絡ませてくるとは…粋ですよね!知っているひとも、知らないひとも楽しめる落語の世界をクドカンが魅せてくれます。 nhk.

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いだてん|本庄(山本美月)がカワイイ!「天狗倶楽部」に興味を示す男勝りの女性記者

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「テング、テング、テンテング~!テテンノグ~! 奮え~~~~!奮え~~~!!」テ・ン・グ~!」 と叫びながら踊り回り、上半身裸でビールをラッパ飲み! 大河ドラマ「いだてん」に登場する 天狗倶楽部です。 "あの明治時代に、本当にこんなハチャメチャな若者がいたのか?"とお思いでしょうが、 いたんです! どの時代にも、大人には理解され難い、時代を先行く若者はいるものです。 とはいえ、彼らは単なる愚連隊ではありません。 天狗倶楽部のメンバーは文武両道を地で行く個性派エリート集団でした。 そして中心メンバーは皆、この時代のいわゆる 「スーパースター」! 「いだてん」の主人公・金栗四三(中村勘九郎)と共に、日本初のオリンピック選手となった三島弥彦(生田斗真)や早稲田大学の初代応援団長・吉岡信敬(満島真之介)が所属していた天狗倶楽部とは、どんな集団だったのか? この記事では、天狗倶楽部とは何か? メンバーと驚きの豪快エピソードをまとめています。 【関連記事】 再放送&動画配信情報はこちら。 スポンサーリンク 天狗倶楽部とは? 結成時期は諸説あるものの、明治の終わり頃、当時まだ一般的でなかった野球などを行うスポーツ愛好者たちのサークルです。 SP動画をお届けします📽 振り付けは、コンドルズ さん と 振付師の さんです。 とはいえ、入会手続きや会員名簿があるわけではなく、部員かそうでないかの境目は実に曖昧。 それでも春浪を慕って集まったメンバーは、最盛期には 100人を越えていたと言います。 当初の名前は「天童チーム」。 さまざまな野球チームと試合を来ない、時には1日に4試合したといいます。 その後、試合の様子を報じた萬朝報が「天狗チーム」と呼んだことから 「天狗倶楽部」となりました。 野球・テニス・相撲・柔道など幅広い活動 押川春浪が大の 野球好きがきっかけで結成された天狗倶楽部。 メンバーには早稲田大学野球部の関係者も多かったため、野球は最も親しまれたスポーツでした。 1日に3~4試合も珍しいことではなく、 結成から3か月の間で25試合を行ったといいます。 また、野球だけではなく 相撲・テニス・柔道・陸上・ボートといった幅広い活動を行っています。 バラエティーに富んだメンバー 天狗倶楽部のメンバーは スポーツ選手だけではありませんでした。 小説家・画家・演出家・随筆家・新聞記者といったさまざまな職業のメンバーがいました。 その中では、のちに名を残す人物も。 押川春浪本人も、作家として次々作品を発表し人気を博していました。 新渡戸稲造に勝利!? 今では五千円札でおなじみの教育家・ 新渡戸稲造。 あるとき、この新渡戸稲造らの野球に対する 批判(野球害毒論)が新聞に掲載されました。 それは、人気の高まる学生野球への苦言でした。 これまで日本のスポーツと言えば、剣術・馬術・弓術といった武家の鍛錬が主流でした。 野球やテニスといった西洋由来のスポーツは、江戸時代から武士教育を受けた人たちからすると単なる「娯楽」だったんです。 この苦言に、春浪は新渡戸らを痛烈に批判、真っ向から反論します。 春浪は精神的にも疲弊しながらも、この 論争に勝利します。 このような剛直な春浪だったからこそ、多くの若者から支持されたのですね。 アマチュアスポーツの礎に 様々なエピソードを残した天狗倶楽部でしたが、押川春浪は38歳の若さで病死してしまいます。 その後も主要メンバーが亡くなると、自然な流れで消滅していきました。 それでも、天狗倶楽部が 日本のスポーツ界の躍進に大きく貢献したのは紛れもない事実であります。 スポンサーリンク 天狗倶楽部の主要メンバー 天狗倶楽部(引用:Wikipedia) 天狗倶楽部のメンバーは、全盛期には100人を越えていたと言われています。 その中の主だったメンバーがこちら・・・ 押川春浪(冒険小説家) 中沢臨川(文芸評論家) 水谷竹紫(劇作家、演出家) 弓館小鰐(新聞記者、随筆家) 吉岡信敬(早稲田大学応援団初代団長) 鷲沢与四二(新聞記者) 太田茂(ジャーナリスト) 平塚断水(新聞記者) 押川清(春浪の弟。 早稲田大学野球部三代目主将) 飛田穂洲(早大野球部五代目主将) 三神吾朗(早大野球部) 西尾守一(早大野球部) 野々村納(早大野球部) 伊勢田剛(早大野球部) 三島弥彦(陸上選手) ほか さらにこの中から、「いだてん」に登場する人物を紹介しますね。 天狗倶楽部のリーダー:押川春浪(武井壮) 今夜はいだてん!! 天狗倶楽部にも注目してくれい👺 今夜のタイトルは『冒険世界』 押川色の強い名前だねえ! — 武井壮 sosotakei 天狗倶楽部の主宰者・押川春浪(武井壮)は、当代きっての 人気小説家です。 人気雑誌『冒険世界』で執筆。 日本のSFの祖とも言われ、『海底軍艦』シリーズは大ベストセラーとなりました。 若者からの人気は、夏目漱石に並ぶほどだったそうです。 スポーツをこよなく愛し、特に大の野球好き。 1909年(明治42年)ごろ、「天狗倶楽部」を創設しました。 各種競技に精通し、ストックホルムオリンピック予選会では運営委員会として活躍します。 金栗四三の盟友:三島弥彦(生田斗真) 三島弥彦(引用:Wikipedia) 父は警視総監、兄は日銀総裁を務めた名家に生まれ育ったお坊ちゃんです。 学習院から東京帝国大学に進んだトップエリートでスポーツも万能。 学習院では野球部のエース。 柔道有段。 学生相撲では天狗倶楽部代表として大活躍。 ボートの扱いも一級品。 学生時代 「運動会の覇王」の異名も! そして、マラソンの金栗とともに短距離代表としてストックホルム五輪に出場します。 短距離の 「クラウチングスタート」を日本に持ち帰ったのは、この三島弥彦です。 それだけではなく、三島は甘いマスクで今でいうアイドル並の人気だったようです。 【関連記事】 早稲田大学初代応援団長:吉岡信敬(満島真之介) 吉岡信敬(引用:Wikipedia) スポーツ応援の先駆者・吉岡信敬は、早稲田大学で応援隊を結成し 初代応援団長です。 いつも汚い学生服と下駄で走り回り、中学生時代からヒゲを生やしていたことから『虎鬚ヤジ将軍』と呼ばれていました。 彼の応援を見るために、野球の早慶戦を観戦したファンも多かったといます。 当時は乃木希典(軍人)、葦原金次郎(皇位僭称者)と並んで「三大将軍」と呼ばれ、東京の学生では知らない者がいないほどの人気者でした。 ちなみに・・ 現在でも人気の早慶戦ですが、1906年(明治39年)から19年間中止になっています。 その原因が、この吉岡率いる応援団が慶応相手にエキサイトしすぎたためとも伝えられています。 天狗倶楽部の頭脳派:中沢臨川(近藤公園) 中沢臨川(引用:Wikipedia) 天狗倶楽部の頭脳派でありナンバー2的な存在だったのが中沢臨川です。 臨川は東京帝国大学工科大学(現・東京大学工学部)を卒業すると、東京電気鉄道会社(都電の前身の一つ)や京浜電気鉄道会社(現・ 京浜急行電鉄)など鉄道会社の技師になります。 1905年(明治38年)には初の作品集である『鬢華集』を出版。 文芸評論家・翻訳家としても活動しました。 勤め先の京浜電鉄が開発を進める羽田の土地に、日本初の本格的な陸上競技用グランドを建設するプランを企画・牽引。 ストックホルムオリンピックの予選会に貢献しました。 (「いだてん」第1話) スポンサーリンク まさに伝説!天狗倶楽部豪快エピソード みなさん! 第1回ご覧いただきありがとうございました。 スポーツを愛する豪快な男たち。 彼らのユニフォームのワッペン、 は本当にあったデザイン。 嘘のようなホントの話も・・・ 野球殿堂入りを果たした5人の天狗 天狗倶楽部には、野球創成期を支え、のちに野球殿堂入りを果たした5人がいます。 瀬戸信・・・「瀬戸賞」(社会人都市対抗野球のMVPに与えられる)に名を残した• 河野安通志・・・日本初のプロ野球チームを結成• 飛田忠順・・・学生野球の発展に力を尽くす• 押川清・・・プロ・アマ野球の発展を陰で支えた• 太田茂・・・神宮球場の建設に携わった 押川清は、天狗倶楽部の創始者・押川春浪の弟です。 学生相撲のルーツとなる 天狗倶楽部は、学生相撲の発展にも大きな功績を残しました。 彼らが最初に相撲大会を開催したのは、1909年(明治42年)のこと。 相撲好きで知られた小説家・ 江見水蔭率いる「江見部屋」と「天狗倶楽部」との対抗試合が行われました。 これがアマチュア相撲・学生相撲の始まりだといわれています。 翌年には、東京高等師範学校(現・筑波大学)からの挑戦状が来たことがきっかけとなり、「国技館学生角力大会」の開催につながります。 以後毎年、「武侠世界」との共催で学生相撲大会が行われるようになりました。 また、1914年(大正3年)には関取の 玉椿憲太郎(最高位は関脇)も天狗倶楽部のメンバーとなっています。 押川春浪の半端ないバンカラぶり! 学生時代に野球を知ってからというもの、熱中するあまり2年続けて落第。 父が院長を務める東北学院へ編入します。 春浪はここでもなかなかのバンカラぶり! なんと気に入らない同級生の髪に火をつける 「頭髪焼き討ち事件」を引き起こしたんだとか。 頭を抱えた父は、春浪を札幌農学校(現在の北海道大学)に追いやります。 しかしこの後、水産伝習所(現・東京海洋大学)、東京専門学校(現・早稲田大学)を転校を重ね、行く先々で逸話を残しています。 飛び入り参加でオリンピック出場を決めた!? 「いだてん」の主人公である金栗四三と共に、日本で初めてオリンピックい出場した三島弥彦。 実はこの三島弥彦、予選会には審判員として参加する予定だったんですよね。 「いだてん」の第1話でもそんな雰囲気でした。 ところがです! 他の選手が走っているのを見て、アスリート魂に火が付きます。 弥彦は予選会に 飛び入りで参加。 すると、100、400、800mで1位、200mで2位の好成績を修め、見事オリンピック代表選手となったのです。 これには天狗倶楽部のメンバーも大喜びで、記念のマラソン大会を開催。 派手に送り出したと言います。 威嚇で早慶戦が19年も中止に!? 学生野球ファンの間でも人気の高い早慶戦。 この早慶戦が、1906年から19年間中止になってたんです。 その驚くべき理由が 「ヤジ将軍」吉岡信敬にありました。 1勝1敗で迎えた3戦目、応援席の配分をめぐりもめてしまいます。 すると早稲田の応援団長である吉岡は、 「指揮官を6頭の馬に乗せ、。 剣を携え、1万人の応援隊でグランドに乗り込む」と威嚇したのです。 これがきっかけとなり両校の関係はこじれ、その後19年間早慶戦は中止となりました。 青少年の相田で爆発的人気を誇る雑誌でした。 押川春浪も執筆していたというこの「冒険世界」で、人気投票「痛快男子十傑」というのが行われます。 そこに堂々1位に輝いたのが、 「一般学生部門」に 吉岡信敬、 「運動家部門」では 三島弥彦でした。 二人とも、東京では誰もが知ってるヒーローだったわけです。 ワイルドすぎる!中沢臨川 酒豪ぞろいで有名だった「天狗倶楽部」。 ある晩、かなり酒を飲んで臨川の家に泊まった春浪は、夜中に尿意を催すと、近くにあったビール瓶に放尿! 嫌な予感は的中します。 翌朝目を覚ました臨川が、そのビールを飲んでしまいます。 「味が変だ」と言い出した臨川に、さすがの春浪も慌てて正体を白状。 どれほど怒るかと思いきや臨川、 「腹の中を素通しにしてきたんだ。 いくらも真物と変わらない」と平然と答えたのだそう。 「ワイルドだろ~」と付け加えたくなりますね^^; まとめ 「T・N・G! T・N・G!」 派手に踊り出すわ、すぐ服脱ぐわ、豪快に昼間からビールをラッパ飲みするわ・・・ なんてハチャメチャな集団なんだ! ドラマだからかなり大袈裟に台本作られているのね・・・ と、 思ったら大間違いです! これはすべて史実に基づいているそう。 それどころか、痛快なエピソードを知ると実際の方がもっと強烈なのでは!? とにかく、いろんなことが想定外の天狗倶楽部はかなり魅力的。 この時代を描く上で、「いだてん」でも天狗倶楽部はかなり注目ポイントです。 ドラマでも伝説的豪快エピソードが出てくるのでしょうか・・・。 【関連記事】 再放送&動画配信情報はこちら。

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